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第九十四話 テルマの挨拶

 応接室には三人の人間がいた。三人の内、二人はパヤとサイメイだった。残る一人は初めて見る顔なので、テルマで間違いない。


 テルマはユウトより背の低い男性だった。白い髪を肩まで伸ばしている。短い顎鬚が印象的で目は切れ長だった。年齢は三十くらい、思ったよりも若い。恰好はお忍びのためか、旅の商人がよく着る服を着ている。


 パヤも特徴のない男なので二人なら、若き旅商人と小間使いに見える。とてもではないが凄腕の間者を護衛に付けた帝国の軍師には見えない。

 ユウトを見たサイメイが立ち上がると、パヤとテルマも立ち上がった。


 サイメイがテルマを紹介する。

「こちらがマオ帝国の軍師。テルマ・ラジャ・マオ様です」


 皇帝と同じ姓だな。皇帝の縁戚に当たるのであれば、地位も高く権力もある。そのうえ、頭まで良いのなら、宮廷での発言権も強い。失礼な真似はできない。


 ユウトは跪き臣下の礼を取ろうとすると、テルマが止めた。

「そのままで結構です。お気になさらずに。ユウト殿は庄屋であるが、天哲教の僧正でもあらせられる。聖職者であれば臣下の礼は無用です。また、ここは堅苦しい宮廷ではありません」


 普段、僧正の肩書はあまり気にしていない。公式な場ではマオ帝国の皇族と聖職者との儀礼的な関係は、とんとわからないから有難い。正式に宮廷に呼ばれたら、僧衣を着てきちんと挨拶しなければならないが、そんな機会があるとは思えない。


「お言葉に甘えて、お互い礼は簡略化しましょう。それで、今日のご用件は?」

 サイメイが気を利かせて座ったので、ユウトも座る。パヤとテルマも座った。


 穏やかな微笑みを浮かべてテルマが語る。

「山の戦況を直に知るために、内密に視察に来ました」


 いささか不用心な気もするが、それほどパヤを信用しているのか。ママルより強い人間は稀だから、たいていはパヤがいれば足りる。もっとも、会談の場にいないだけで、外には数人、手練れの者がいるとは思う。


「私はこの一帯を治める庄屋でもあるので、協力できるお役目があればなんなりとお申し付けください。微力ながら尽力いたします」


 テルマはにこにこしていたが、心の中が読めないので本当のところはわからない。

「では、まず初めに銀山のコボルドの処遇を話しましょう」


 やはり来たか。密貿易の動きはパヤが何かを掴んでいるかもしれない。さて、どう出る?

テルマは優雅に語る。


「マオ帝国ではコボルドに対して人間と同等の権利を認めておりません。ですが、今後は山を従えるとなると慣例は変えなければいけないでしょう」


 話はわかるが、人間は習慣をそうは変えない。テルマは変革ができるだけの力を宮廷で築いているのかな? もし、そうならばマオ帝国勝利後の東の地の混乱は少なくできる。山を制圧できれば、の話だが。


「徳を持って治めれば皇帝陛下の威光もこの地に充分に届きましょう」

 当たり障りのない社交辞令で持ち上げておく。東の地が発展できればこちらはそれでいい。


 テルマは言葉を穏やかに続ける。

「銀山については経済を活性化させるのに重要な施設。銀山は領主殿に任せたい。今も今後もです」


 重要事項がさらりと出たので確認しておく。

「銀山のコボルドが自治を主張してきたならどうします?」


 にこりとテルマは笑う。

「臣下の騎士として取り立てるのがよろしいでしょう。コボルドも独自に交易もしたいでしょう」


 パヤの顔を窺うとパヤは澄ましている。自慢もなければ、主張もしない。主にお任せの態度だ。テルマは領主が密貿易に手を出しても大規模にならねば認めてよいと言っているようなもの。だが、なんでもタダで利権をくれる奴はいない。代わりに何が欲しい?


「私は浅学菲才の身にして、また要領の悪い粗忽ものです。遠回しに言われてもわからないことが多い。大事な内容ははっきりとお伝えください。ご協力は惜しみません」


「でははっきり言いましょう。私が密貿易の後ろ立てになりましょう。その代わり山の攻略に協力してください」


 はっきりと言いやがったな。中央の強力な権力者と手を組めば、単なる領主の使い走りから卒業できる。下手に権力に近付くと危ういが、テルマが失脚した場合でも、領主にとって俺が重宝するのなら庇ってもらえるか。


 地方に根を張り経済を牛耳る。領主に可愛がられる。帝国の中枢にパイプを持つ。どれか一つでは、不安定な立場だが、三枚の強力なカードを持てれば基盤は盤石になる。


 ユウトは即断しないでサイメイに視線を送る。

「この話どう思いますか?」


「好きにされたら良いと思いますよ。人は老い、栄華は衰えるもの。テルマ様とて例外ではない。でも、頭の良いテルマ様なれば他人に足を掬われての転落はないでしょう」


 サイメイは止めないか。テルマの前でテルマの悪口を言わないだろうが、危険な取引なら止めてくれるはず。


 サイメイは言葉を続ける。

「テルマ様は皇帝の縁戚。権力闘争とは無縁とはいきませんが、野心に駆られて身を亡ぼすとは思えません。適度な距離を保っておられる」


 ユウトの心が傾き掛けたところで、サイメイがチクリと評価する。

「ただ、少々意地の悪いところがあり、よく人を試すご趣味があります。安易に利用しようと良からぬ考えを持つと、大怪我いたします」


 テルマはサイメイの言葉をふふふと笑う。

「これは手厳しい。生前の我が師の言葉を聞いているようだ」


 試練があるのか。でも簡単に手に入るものは簡単に失う。サイメイも助けてくれるのなら、どうにかなるか。幸い街には切れ者のお年寄りがいる。助けてもらいつつ、この地の安定に努めよう。

「テルマ様のご期待に沿えるように尽力します」


 街が大きくなり発展するか、このまま寂れたあげく、俺も失脚するか。こればかりはわからんが、俺は乱世の波にのり東の地で生きなければならない。思い描いた冒険とは違うが、こういう人生もまた面白い。


 テルマはユウトを見つめて質問する。

「一つユウト殿に尋ねたい。貴方が山を攻略する総司令官だとします。皇帝より二十万の兵を与えられれば山を落とせますか?」


 山の民の総兵力は不明だが、行きかう兵士や物資をチェックしていればわかる。山の民はマオ帝国ほど多くの兵力を抱えていない。だが、山が天然の大要塞ゆえ守り切れている。この大要塞を二十万人で落とせるかどうかはわからない。


 困った時はプロに聞けだ、サイメイを見ると、サイメイが答えてくれた。

「二十万では多すぎるでしょう。山の道は細く険しい。また山は広いので包囲も不可能です。後方にある街の経済規模から考えても六万程度の兵で落とせねば、落ちないでしょう」


 テルマはユウトの対応とサイメイの答えに満足していた。

「ユウト殿は庄屋。軍の采配を振るえとはいいません。ですが、陣営の実力は知っておきたい。もうじき東の村が竜により襲われます。これを守ってください」


 火竜はそろそろ繁殖期なので、来ないと思っていた。氷竜で襲って来るのかな? 夏に弱い氷竜だが、まだ暑くないので動員はできる。


 東の村は山の中の砦に物資を運ぶ倉庫も兼ねている。襲われる可能性が充分にあった。春なので竜種が動き出す季節でもあり、空からの奇襲は有り得た。


 東の村はユウトが担当する村でもあるので落ちれば困る。だが、村の防衛となると金も兵もいる。とてもではないが、傭兵を大量に雇う金は街にはない。


 テルマは手紙を差し出す。

「軍の指令書です。これを駐屯軍のレルフ中将に見せなさい。協力してくれるでしょう」


 駐屯軍を全部動かせばこの地の守りが薄くなる。となると、東の村に動員できるのは千名ぐらいか。奇襲で麓を襲ってくるのなら相手は少ないが、相手が竜となると不安だった。だが、この試練を断る態度はもう取れない。平和な村を守り、俺の立場を強化するため、知恵を絞らねば。

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