第九十二話 オーガ・ロード
解読された密書には『パヤの前で密書を焼け。テルマより』と書いてあった。答え合わせをするために、ママルとサジを伴って、パヤを捕えてある牢屋に行く。パヤは牢屋でじっとしていた。
牢番は気味悪がって語る。
「妙な男ですよ。騒ぎはしないのですが、ずっと座っています。いつ眠っているかもわからず、食事も摂らない。水だけは飲んでいますがねえ」
一日しか経っていないので、食事をしていなくても衰弱はしない。だが、これは密書が解読できなければ、パヤはどうなったのかと不思議に思う。まさか、死にはしないだろうが、かなり苦しい思いをしただろう。そこまでテルマにする義理がわからない。
ユウトは牢屋の格子を隔てて、パヤを見る。パヤの目は半開きで感情がまるで籠っていなかった。ユウトはパヤに見えるように密書を蝋燭の火で焼いた。密書はゆっくりと燃える。手を離すと石畳の上で燃え尽きた。
おもむろにパヤが口を開く。
「近々、テルマ様がここを訪れる。テルマ様は面会を希望している」
テルマの問題は解けた。合格は嬉しいのだが、テルマは俺に何をさせる気か気になる。
パヤの役目は終わったと思い、牢番に頼む。
「パヤを出してあげてください」
牢番が鍵を開けるとパヤが立ち上がった。一日中、座っていたのだが足腰はしっかりしていた。サジにお願いする。
「パヤさんは大事な使者です。温かいものを食べさせてください」
サジは納得がいかない顔をする。
「何人もの武僧が怪我をさせられ、僧正様は命まで狙われたのですよ」
ママルがサジを叱った。
「僧正様が良いと判断されれば良いのだ、黙って従え」
サジはやれやれとばかりに肩をすくめ、パヤを不機嫌に見つめる。
「わかったよ。飯を御馳走してやるよ。慈悲深き僧正様に感謝しろ」
パヤはユウトに一礼をすると、サジと牢を出ていった。
帝国三軍師となれば『近々、訪れる』と伝えてきてもすぐには来られないだろう。だが、いつでも会えるようにしておいたほうがいい。
「ママルさん、お客様の接待に必要な菓子や茶の準備をお願いします」
ママルがかしこまって承諾した。館に帰ると、焦った顔のハルヒが待っていた。
「大変です、庄屋様。北の銀山より早馬で救援要請が来ました。銀山にオーガ・ロードが現れたそうです。急ぎ腕の立つ者を送ってほしい、との伝令です」
嫌な知らせだ。銀山から近くの街まで馬を飛ばして乗り継いできたのなら、オーガ・ロードが現れてから日数が経っている。
コボルド族に戦闘能力は期待できない。下手をすれば既に銀山が落ちているかもしれないが、こればかりは行ってみないとわからない。今ここで銀山を失うわけにはいかない。
「オーガ・ロードが率いる敵の規模は?」
「二人ですが、滅法強いそうです」
本来なら冒険者を雇って救援に行ってもらいたいが、冒険者では時間がかかる。急ぎなら一工夫が必要だ。コジロウの氷竜はまだ成長途中だが、二人は連れていける。キリンで先導すれば、半日も飛ばせば銀山まで着くか。
テルマが今日に来るとは思わないが、あまり街を空けられない。滅法強いオーガ・ロード。二人しか連れて行けないなら、誰にしよう。
武力重視ならダナムとチョモ爺。魔術で押すなら、オオバとムン導師。奇襲ならアメイとママル。オーガは力に優れた種族、武力押しは良くないかもしれない。
ユウトが編成を考えていると、使用人がやってくる。
「庄屋様、銀山救援の件でチャドさんとチョモ爺さんがお見えになりました」
「まだ依頼を出していないのに何でだ?」
ハルヒが口を出す。
「火急の件で、庄屋様が不在だったのでサイメイさんに相談しました」
サイメイの人選か。なら問題ない。だが、チョモ爺はわかるが、ダナムではなくチョモ爺の息子のチャドで大丈夫なんだろうか?
いや、でも、サイメイの推薦なら間違いはない。連携が必要になるなら、チョモ爺とチャド以上の組み合わせはない。
「今日中に片を付けて帰ってこよう」
ユウトはキリンに乗る。チョモ爺とチャドを乗せた氷竜を先導して空を駆けた。夕暮れには銀山に着いた。銀山の入口では、赤いオーガ・ロードと青いオーガ・ロードが酒を飲んでいた。オーガ・ロードは鎧を脱ぎ、簡素な衣服で寛ぎ飲んでいる。
酒を振舞っていたのはコボルドたちだった。
ユウトたちが降り立つと、コボルドたちは安堵していた。脅されていたのかと疑ったが、脅されていたにしては空気がピリピリしていない。また、虐待もされた様子もなかった。
あれ、なんか変だぞ? と疑うとワワンがやってきた。
「来ていただいてありがとうございます。早速ですがオーガ・ロードのヤマンとカワンと手合わせしてください」
「襲われていたのではないですか?」
「最初は強盗に入られたのですが、話を付けました。オーガ・ロードの兄弟は用心棒になってくれるそうです」
びっくりした使者の早合点か。慌てて来て損をした。でも、交渉で強盗を用心棒にする政治力と胆力は見事な者だな。ワワンが真剣な顔で言葉を続ける。
「私は賭けをしました。庄屋様が連れて来た人間に勝てたら言い値で雇うと。もし、人間が勝ったら私の言い値で報酬は二十分の一で済みます。勝負の期限は今日までなので冷や冷やしました」
報酬を値切るために急いだのか。だが、ここでオーガ・ロードの実力を見ておくのも悪くない。元はと言えば銀山の警備が手薄だったために起きた問題でもある。
ここは警備を強化するためにオーガ・ロードを雇いたい。安く雇えたのなら、コボルド族にも恩を売れる。ユウトはチャドとチョモ爺に頭を下げた。
「話が少し違うのですが、オーガ・ロードたちと勝負してもらえますか?」
チョモ爺は全く気にした様子がなかった。
「別にいいぞ。命の遣り取りにならんのなら、そのほうがいいだろう」
チャドも同じように気にしない。
「要は用心棒の押し売りの撃退だろう? 金を貰えればこっちはいいぞ」
了承が取れたので、ユウトはヤマンとカワンの元に行く。
二人は慌てることなく悠々と酒を飲んでいた。
「庄屋のユウトです。強い人間を連れてきました。勝負しましょう。お二人は酒をたいそう飲まれているので、勝負は明日がいいですか?」
青いオーガ・ロードが機嫌よく答える。
「俺はカワンだ。向こうの赤いのが兄貴のヤマンだ。別に今でいいぞ。こんなの飲んだうちに入らん。なあ、兄者」
ヤマンも杯を飲み干し答える。
「こっちはいつでもいいぞ。もっとも、弟が二人とも片付けてしまうだろうから、俺の出番はないだろうがな」
やけに自信がある。完全にこっちを舐めているな。侮ってくれたほうがいいんだが、果たしてこのオーガ・ロードの実力はいかがなものか。




