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第八十九話 コボルド・チーフ

コボルドの職場兼住居の銀山に到着する。コボルドは犬に似た人型種族であり、人間より小柄である。だが暗い場所でも、換気が不十分な場所でも、問題なく活動できる。コボルド族は山間に穴を掘って暮らしていた。


銀山の入口には家が建っている。古い家なので、以前人間が住んでいた家を修理したものだ。コボルドの守衛に家に案内された。

「族長のワワンが来ますので、少々お待ちください」


 木製のカップに入った飲み物が出てくる。ワインの匂いがした。コボルドたちは醸造しないので、街から運ばれた品だ。そっと口を付けるが、温かいホット・ワインだった。酸っぱくなっていないので、保存はきちんとされている。


 部屋を見渡せば古いのだが、汚れてはいない。コボルドは鉱山で土に塗れて働く。部屋が綺麗な理由は、人間との応接用にきちんと手入れしている証拠だ。


今の族長は人間とうまくやっていく態度が見てとれた。

「人間とコボルドはうまくやれるかな?」


ユウトの問いにアメイが答える。

「どうでしょうね。コボルドは人間に礼を尽くしますが、信用はしていないでしょう」

「でも、コボルドは山では行き場を失ったのですよ」


 ホット・ワインを飲みながらオオバも意見する。

「人間でも異種族でも生まれた土地は特別なものさ。そう簡単に捨てたりはできないものだよ」


 黒い毛並みのコボルドがやって来た。チェックの柄のゆったりとした衣装に小さな帽子を被っている。コボルド族の礼装だった。鉱山に招き入れ、仕事を与えてくれたユウトに礼を尽くしている。悪い気はしない。


「コボルドをまとめている族長のワワンです。大庄屋様が自らお越しくださるとは光栄です」

「コボルド族と私の間に上下はありませんよ。ユウトとお呼びください。今日はお願いがあってきました」


 ワワンがユウトの正面に座る。コボルドの年齢はわからないが、穏やかな顔だ。ワワンは優しい目をしていた。


「私の街は密かにゴブリンと貿易をしたいと考えています。そこで、コボルド族には間に入って、商品の受渡しと受け取りをお願いしたい」


 ワワンが思案する。

「私たちを受け入れてくれたのは、マオ帝国ではなくユウト様であると理解しております。ですが山の民が、人間と組んだコボルド族を味方と思っているかはわかりません」


「山の民の全体と取引するわけではありません。ゴブリン族とだけ、密かに取引をしたいのです」

 ワワンの感触は良くなかった。ワワンは穏やかな口調だったが、明言した。

「ゴブリンたちはあまり信用が置けない種族です。ゴブリンは隙あらばズルをする」


「我々もゴブリンを全面的に信用したわけではありません。ですが、上手く行けば大儲けできる話なんですよ」


「ゴブリンと取引ねえ」

と、口にしてワワンは渋い顔をする。


 気になったので質問する。

「過去にゴブリンに騙された経験があるのですか?」


「ありますよ。私たちだけじゃないですよ。山に暮らしている者で、ゴブリンに騙されなかった者などいませんよ。ダーク・エルフとて、警戒するのがゴブリン族です」


 山の民の中でゴブリンの評判が悪い。だが、それでも孤立していない状況を考えるに、ゴブリンの交渉力は高いのかもしれない。狡い上に馬鹿なら、とっくにダーク・エルフの奴隷だ。


 でもわかった。やはり、ここはコボルドを間に入れたほうが賢明だ。コボルドは騙された経験があり、用心している。ならば、易々と取引を誤魔化されない。ゴブリンについて知るコボルドを入れたほうが、手間賃はかかるが結局は安くつく。


「タダとは言いませんよ。取引が上手く行ったら、銀山で製造している粗銀を今より高く買います」

「魅力的な申し出ですが、私はあまり気が進みません」


 ユウトはワワンが取引に後ろ向きな理由が気になった。ワワンにしてみれば、ユウトがマオ帝国の目を盗んで密貿易をしても不利益はない。マオ帝国はコボルドを人間と同格に見ていない。ユウトが失脚すれば、銀山を追われる可能性もある。


だが、マオ帝国にユウトを売っても信用は得られない。むしろ、ユウトの後から来た人間が銀山の利権に目が眩めば、コボルドは追い出される。かといって、コボルド族のためにユウトを支える気はないと思う。


コボルドはユウトに頼り切ってはいない。ワワンはゴブリンを警戒しているが、同じくらい人間を警戒している。


コボルドの利益は何か? 山に戻ること、か。山に戻るには、山の民にお土産がいる。お土産は物資でもいいし、人間側の情報でもいい。ならば密貿易を介して、山の情報と人間の情報を得るのは渡りに船のはず。


密貿易が進んで、金が入れば人間側から物を買い付けて、山の民にも流せる。渋る態度は演技か?

「そうですか? では、別の方法を考えますか」


交渉で引きに出てみた。相手が山に未練があるなら引き留めるはず。人間側でうまくやっていきたいなら、引き留めないはず。


「協力しないとは言っていませんよ。ただ、密貿易が上手く行かなかった時の責任は持てないのです」


 食いついてきたか。密貿易を勧めないのは駆け引きだな。渋って見せて、できるだけ良い条件を引き出す。同時に責任を最小限に納めたいのか、理解はできる。


密貿易で金が貯まるとコボルドは早くに銀山を去るな。そうすれば、銀山からの収益がなくなるが、これはもっと先の未来なので後で考えよう。


領主が転封になったり、マオ帝国が山の民を従えたりすればおのずと状況は変わる。コボルドの長も、街の庄屋も、あまり変わりがないのかもしれない。大きな流れの中で精一杯足掻くだけか。


「仲介をしてくださる、と考えていいですか? 詳しい条件はあとでお知らせします」

 やや強引だが、話を決めに出る。本当に密貿易の間に入りたくなければ断ってくる。


 ワワンは演技なのか、厳しい顔で決断した。

「ユウト様の頼みとあれば断れませんな。交渉の仲介はお引き受けしましょう」


 コボルドはユウトの頼みを聞いたが、完全な味方ではない。状況によっては、山に戻るために裏切るかもしれない。だが、それはユウトとて同じ。状況次第ではコボルド一族を捨てなければいけない。両者の暗黙の了解だ。


 もっとも、コボルドは利益があるならユウトを裏切らない。ユウトにしても銀山の運営をコボルドに任せているので簡単には切れない。利益がお互いにある間は関係が固い。ならば、密貿易をやろう。


 合意ができたので、ユウトは街に帰った。密貿易の計画書をサイメイに作らせて、銀山に送る手筈をしておく。交渉を有利に進めるために、ゴブリン・ロードの書も一緒に送ると決めた。ゴブリン・ロードの書はゴブリンたちも欲しいはず。きっと、コボルド族の役に立つ。

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