第八十八話 寄り道
コボルドのいる銀山まで距離がある。暗殺や誘拐を用心する。武人のダナム、呪術師のオオバ、間者のアメイを連れて行けば大方の事態に対応できる。ユウトはキリンの旗を庄屋の家に掲げ、キリンに乗って街を出た。
雪はすっかり融けたが、まだ外は寒い。夏が待ち遠しいと思った。北の村で一泊をする。北の村はユウトが管理する村だが、始めて来る。報告書は読んでいたが、見るとまた様子が違う。
村は想像より大きかった。村の外れには市が立っており、近場で取れた野菜や肉が売り買いされている。鮮魚はさすがに売っていないが、街との交易路が確立されているので、塩や香辛料が売られている。商人の姿もあり活気に満ちていた。
「戦争により人、物、金が動いているとはいえ、ここも随分と開けて来たな」
オオバがぶつぶつと文句を言う。
「人が増えればいいってもんじゃないよ。騒音や悪臭などにより環境は悪うなる。物価も上がる。犯罪だって増えるだろうね」
指摘はもっともだが、活発になる経済を止めたくない。住環境の悪化は問題だが、これは金で解決できる。庄屋になってわかったが、町民や村民に気持ちよく住んでもらおうと思えば、金、金、金だ。
ダナムが店先のミカンを買って、皆に配る。ミカンはデコポンに似ている種類であり、東の地では見ない品種だった。物流が延びたおかげで、東のこの地でも売られるようになった果実だ。
ダナムがミカンの皮を剥きながら答える。
「悪いことばかりではないぞ。庄屋殿ががんばってくれるおかげで、冷涼なこの地でもミカンが食える。故郷の酒も飲めるってもんだ」
オオバが、分けてもらったミカンを食べながらぶつくさと言い返す。
「どちらも、高いけどね。おかげで良い暮らしがしたければ、こんな婆になっても銀山まで連れていかれる」
ユウトは気になったのでオオバに尋ねる。
「旅はおいやでしたか?」
「気の利かない庄屋だね。感謝しているなら、気持ちはいらないから金をもっと持っておいで」
三人には充分と思った報酬を渡しているのだが、オオバは不満らしかった。もっとも、毎回オオバの望む額を出せば、街の財政に影響する。
アメイがミカンを食べながら教えてくれた。
「どうやら、一雨きそうですね」
「そうだな」
「そうだね」
と、ダナムとオオバが答える。
空を見上げるが晴天である。雨は降りそうにはない。とすると、降るのは血の雨か。アメイなりのジョークかもしれないが、笑えない。心配はしていない。三人が察知できているなら防ぎきれる。
街を出て街道を歩いて行く。後ろは振り返らない。正面から牧草を積んだ荷馬車がやってきた。突如、ユウトが乗るキリンがいなないた。キリンから青い稲妻が出て、荷馬車を撃った。
何事かと思うと、燃えた荷馬車から武器を持った四人の男が転がり落ちる。敵は正面からやってきた。どれほどの実力かわからないが、キリンに不意打ちを受けて気絶した。
荷馬車の御者だけが間一髪で馬車から飛び降りたので、キリンの電を回避できていた。御者だった暗殺者が短剣を構える。短剣には毒が塗られているのか黒く光っていた。
ダナムが剣を抜いて前に出る。
「相手は一人。なら、俺だけで充分だ」
ダナムは強いが相手はキリンの不意打ちを避けるほどの反応速度の持ち主。しかも、毒が塗られた武器を持っているので、油断はできない。ダナムは相手を斬らなければ倒せないが、暗殺者は掠らせるだけでダナムを殺せる。
油断なく構える暗殺者に対して、ダナムは自然体のまま歩いて行く。ダナムが暗殺者を剣の間合いに入れ、斬りつける。暗殺者は身を引いてダナムの一撃をかわした。剣が通り過ぎた隙を縫って、暗殺者はダナムの懐に入った。
まずい、ダナムがやられる。ユウトはひやっとした。暗殺者が一撃を繰り出そうとした時には、ダナムの空振りした剣はダナムの手にはなかった。ダナムは剣を捨てていた。
ダナムは拳を振りかぶった。暗殺者が短剣を突きだした。ダナムは拳を振り下ろす。お互いの攻撃が当たる。骨の砕ける音がした。暗殺者が沈んだ。ダナムは立っていたが、手当をしなければまずい。
ユウトはアメイに急ぎ頼んだ。
「早くダナムさんの手当てをしてください。毒が回ったら心配です」
澄ました顔でアメイはユウトを宥める。
「落ち着いてください、庄屋様。ダナム殿には怪我がありませんよ」
短剣で刺されて怪我がない? 不思議に思った。
しれっとした顔をしてダナムが戻ってきた。
「息のある奴を尋問するか?」
「それより怪我の手当をしないと」
ダナムは上着をめくって見せた。
「心配無用だ。こんなこともあろうかと、俺は服の下に金属繊維で編んだシャツを着ている。これは鎖帷子より薄いが、短剣程度では穴は開かない」
アメイが当然だと言うように教えてくれた。
「マオ帝国が開発した特殊繊維のシャツです。極東の国やこの辺りでは流通していませんが、マオ帝国領内なら、金を積めば買えます」
ダナムは中央からやってきた軍人だ、。買ってあっても理解できる。
「そんな凄い繊維があるんですね。欠点とかないんですかね?」
ダナムが笑って答える。
「もちろんある。通気性と吸湿性が最悪な上に、馬鹿に高いと来たもんだ。こんな季節でもないと着ていたくない代物だ」
三人で話している間にオオバが呪文を唱えていた。オオバが気絶した暗殺者の額に手を当てる。
「おやまあ、こいつらのアジトは以外に近いぞ。道を少し戻ることになるがどうする?」
ダナムが軽い調子で応じる。
「警告がてらに潰しておこう。ついでだ、ついで」
アジトを強襲すると決めると、暗殺者に用はなくなった。縛って衛兵に渡すには時間がかかる。どうしたものか、とユウトは思案した。
アメイが当然のように暗殺者の短剣を取り上げる。気絶した暗殺者たちにアメイはとどめを刺していく。躇いはない。
暗殺しにやってきたのだから、殺されても当然だが、容赦はないなと思う。オオバに連れられて十五分ほど歩くと、一軒の農家があった。
ダナムは剣を担ぐと、指示する。
「ちょっと行ってアジトを潰してくる。俺だけで釣りがくるから待っていてくれ」
不安だが、大勢で狭い家に押し入る決断は賢いとは言えない。
「お気を付けて」
と、ダナムを送り出す。ダナムが歩いて行く。農家の扉を蹴り開ける。
そのままダナムが中に入ると、農家が爆発し、燃えた。
トラップだ。さすがにダナムは死んだかもしれない、とユウトは青ざめた。
オオバがふんと笑って意見する。
「今どきの若者にしては根性が据わっているね」
「全くですね」
と、アメイが相槌を打つ。二人はダナムのことを欠片も心配している様子がなかった。
少しすると、煙の中からダナムが現れた。ダナムはむっとしていた。
「これじゃあ、何もわからんな。とんだくたびれ儲けだ」
ダナムが無事でほっとした。どうやら、この三人にとっては踏み込んだ敵のアジトが自爆するなんて珍しい光景ではないのかもしれない。頼もしいやら、恐ろしいやらだ




