第八十七話 苦しい立場
チドリが街を出て行って三日後、マオ帝国の使節団も帰って行った。講和会議の接待の仕事が完全に終了する。朝食を終えて庄屋の仕事をしていると、ハルヒがやってくる。
「庄屋様、コジロウさんが氷竜に乗って竜士の里から帰還しました」
一つ肩の荷が下りた。コジロウは街にはいなくてはならない人材だ。実家に帰ったままでは困る。信用してよかった。このまま氷竜ごと帰って来なかったらどうしようか、と心配していた。
仕事が片付いたら会いに行こうと思っていたら、コジロウから帰還を報告しに来た。コジロウは血色がよく元気だった。竜士といえど、まだ子供。やはり親に会えるのは嬉しかったんだな。
「庄屋様、ただいま戻りました。帰るのが遅れて申し訳ありません」
「気にするな。無理な行程で帰ってこようとして、遭難されるほうが困る」
コジロウは二通の手紙を出した。
「竜士の長であるシバソウエモン様からの手紙と贈り物の目録です」
コジロウの父と親交を持ちたい、との願いは叶った。贈り物までしてくるとは感触が良い。手紙を読むと、息子のコジロウがいたく世話になったと礼が書いてある。また息子を受け入れてくれた感謝の印として、竜を操るのに必要な道具を贈るとあった。
極東の国の里長からマオ帝国の庄屋に出した手紙ではない。あくまでも、訳あって追放せざるをえなかった息子の世話をしてくれた温情を感謝する手紙だった。
マオ帝国と極東の国は敵同士である。あまり迂闊な内容は手紙には書けなかったと見える。真意はコジロウに託してあるはず。
「それで、竜士の里はコジロウを受け入れてくれたのか?」
コジロウは喜び答える。
「跡継ぎは決まったので、もう私が帰ってくる場所はないと釘を刺されました。ですが、庄屋様の遣いであればまた来ても良いと了承してくれました」
シバの考えはわかる。竜士の能力なしとして、跡を継げない実子のコジロウを里から一度は追放した。息子が能力を持ったからといって、跡継ぎに迎えた養子を外に出しては家中に混乱を呼ぶとの判断だ。そこらへんは、シバの判断なのでとやかく言うまい。
「シバ様の考えを聞きたい。しっかり聞いてきたのだろう?」
コジロウの顔が真剣なものへと変わる。
「竜士の里は極東の国を裏切らないとのお考えです。ただ、戦争の勝敗は時の運だとも言っておりました」
微妙な言い回しだな。竜士の里は極東の国について戦う。だが、山が落ちれば、マオ帝国への乗り換えもあるとも取れる。ユウトの上にいる領主もマオ帝国に付いてはいるが、完全に臣従はしていない。ユウトにしても、領主に従っているが、運命を共にする気はない。
大事なのは町民と村民だ。シバも似たような考えなら親交を持ちたい。
「シバ様は里の存続を第一に考えているのかな?」
「庄屋様の考えている通りだと思います」
山がマオ帝国に落ちる事態になれば、大庄屋として立ち回り、竜士の里は残す方向も考えておいたほうがいいな。代わりに、もし極東の国が山を落としたら、こちらに便宜を図ってもらおう。
お互い地元に根付く人間である。国の上層部の意向で殺されてはたまらない。遠くの中央より、地元の付き合いが大事だ。無理だと思うが確認しておく。
「竜士の里と交易は可能かな?」
マオ帝国は山の民と戦争をして、極東の国に攻め入る。山の民、極東の国、どちらとも敵対が確定している。どうせ密貿易をするなら、一箇所も二箇所も同じだ。戦乱の世とて、金でどうにかなる状況も多々ある。
コジロウの顔が曇った。
「少量の贈り物の受け渡しは可能ですが、交易は無理でしょう。竜士の里には定期的に役人が監査にきております。役人の目を掻い潜って大量の物を運ぶのは難しいです」
竜は大きな機動力と輸送能力を持つ。同時に軍事力だから、裏切りを警戒して見張りを置くのも頷ける。あまり、頻繁にコジロウを出すのはよくないか。シバにも立場がある。
「だいたいの現状はわかった。次はいつになるかわからないが、また遣いを頼む」
すぐではなくても親にまた会えると聞いて、コジロウはほっとしていた。
コジロウが帰るとウィンがやってくる。ウィンもまた機嫌が良かった。
「庄屋様、キリンの力を遠くに届けるキリンの旗が完成しました」
良いニュースが続くとは気分が良い。これでユウトが街を空けても、ユウトの老婆・ロードの能力がすぐに消える事態はない。
「キリンの旗の量産は可能ですか?」
ウィンの顔がちょっとだけ曇る。
「可能ですが、想定以上に製作費が掛かるとわかりました。予算を増やしてください」
また、金の話か。簡単に頼ってくれる。いくら稼いでも足りないな。
「どれくらい増やしてほしいのですか?」
ウィンはさらりと要求する。
「倍は欲しいです」
使う方は簡単に言ってくれるね。研究開発費を増やしても、街の金庫は空にならない。だが、急な出費や徴収があれば運営が難しくなる。密貿易が成功すれば問題ないが、こちらは先が読めない。
「わかりました。ゆくゆくは増額しましょう。とりあえず、予定の十本の内、五本まで作りましょう」
ユウトはウィンを返すと、アメイを呼ぶ。
「銀山のコボルドの長と会談をします。今回は重要な話になるので俺が出向きます」
「庄屋様が街から出掛けるとは珍しいですね。街は大丈夫なのですか?」
ユウトが街から動けば、老婆ロードの能力は徐々に街から消えていく。ただ、キリンの旗ができたので、これを街に掲げておけば影響はない。
いざという時に旗に欠陥がわかったでは困るので、旗の能力を試すための外出でもあった。
「大丈夫です。こんな時のために開発していたキリンの旗が完成しました」
ユウトはキリンの旗の効力をアメイに教えた。アメイは納得した。
「でも、お気を付けください。街は庄屋様の力でもっています。庄屋様が死ねば、この一帯は混乱するでしょう」
注意されなくても死ぬ気はない。もはや、自分の体は自分一人のものではないと、ユウトも理解していた。




