第八十五話 ルルブの提案
軽食とワインが運ばれて、給仕たちが出ていく。ルルブが軽食をつまみながら話しだした。
「酒に酔った話として聞いてもらいたい。我がゴブリンはこの戦争を良く思っていない」
山の民の結束に乱れが出てきているのか? 戦が続けば、厭戦気分も出て来る展開は予期できる。だが、ゴブリンたちはもっと好戦的な種族かと思った。
ミラがルルブの杯にワインを注ぐ。ミラの表情は穏やかである。ミラなら顔で笑っていても、心の中では常に計算を巡らせていても不思議ではない。
「ルルブ大使、ゴブリンは山でもっとも数が多い種族。ならば、戦を止めることも可能ではないのですか?」
ルルブは不機嫌にワインを飲み干す。
「まっこと不愉快な話だ。数が多い我らだが、山の中では地位は高くないのだ。ゴブリン一族は、戦闘に長けていないとの理由で他の種族から軽んじられている」
戦争中だから、高い戦闘力をもった力の強い種族や、強力な魔法を使う種族が幅を利かせているのか。停戦交渉の使節団もダーク・エルフが大半だった。
見え透いたようだが、ユウトは社交辞令的に同情する。
「それはいけない。ゴブリン一族はもっと山の民の中で優遇されてもいいはず。数は力です。力や魔法だけでは戦争はできない」
ルルブは頷き、愚痴を続ける。
「他の奴らはそれがわからない。我らが輸送の任務を一手に引き受けなければ、物資の流れが滞るのに、だ」
ゴブリン一族は戦時下では物資の輸送が主な任務なのか。ダーク・エルフには空を飛ぶ竜を駆るドラゴン・ライダーがいる。ドラゴンなら空から大量の荷物を運べる。だが、竜は強力な軍事力なため、輸送には運用していないとわかった。
山の中の物流を仕切っているならゴブリンを調略できれば、マオ帝国は山の中の移動が今よりずっと楽になる。奇襲も避けられる。不満を持ち始めたゴブリンに利用価値は高い。
ゴブリンとは開戦前に密貿易をしていた。これは、山の中の裏道や抜け道を熟知しているからこそ、山の民の他種族にもばれなかったのかもしれん。
怪しくミラが微笑む。
「この東の地を治める我が領主様も、戦争に心を痛めております」
筆頭代官のミラだから、領主の本音を知っているのかもしれない。だが、領主の真意はいまだわからず。山の民との戦争を利用してもっと上に行きたいのか、それともこの東の地を血で汚したくないのかは不明。
この地に根付くことを目指して政治に励む庄屋のユウトと、同じ景色を見ているとは限らない。領主は代官のミラを派遣してくるが、一度も前線の街を訪れていない。
ミラが自分の杯にワインを注ぎながら語る。
「どうでしょう。ここはお互いに力を蓄えるというのは?」
にやりとルルブが笑う。
「ミラ殿は話が早くて助かる。我らは山の他の種族の目を盗み独自のルートを開発した。ここはお互いに、手を取り合って栄えようではないか」
ルルブが杯を差し出すと、ミラは自分の杯を軽く当てて乾杯する。
「山の民連合は山の民連合。マオ帝国はマオ帝国。ゴブリン一族と領主様は惑わされることなく繁栄の道を歩みましょう」
ゴブリン一族と領主が密貿易を再開する合意ができた。この地を治めえる大庄屋であるユウトの意見は聞かれない。だが、ここで領主に逆らうのは賢くない。
密貿易が露見したらユウトは切り捨てられる。されど、領主は危険な仕事をさせる分だけ取り分も認めてくれる人間だ。ユウトも杯を掲げ乾杯する。
「わかりました。では手筈は整えます。して、ゴブリン側からは何を受け取ればよろしいでしょうか? 山の特産品である氷結晶ですか?」
ミラはルルブに視線を合わせる。
「氷結晶は夏になら儲かるけど、今回は別のものが欲しいわ。召喚石がいいわ」
心の中でユウトは驚いた。召喚石は強力な精霊や魔神を呼び出す石。戦略物資である。そんな物を戦時下で人間に流しているのが露見すれば、ゴブリン一族の立場は山の中でかなりまずくなる。さすがに了承はしないだろう、と思った。
ルルブはニコニコして答える。
「お高いですが、流せますよ。戦時下のこの時なら、召喚石の流通が多少は狂ってもダーク・エルフは気付かないでしょう」
ユウトは内心、冷や冷やした。ダーク・エルフも戦略物資の横流しに無頓着ではない。横領や誤魔化しを見逃すほど間抜けとも思えない。
ユウトの心配をよそにミラは交渉を続ける。
「それでこちらからは何を出しましょう」
「米が欲しい。山では芋や小麦は穫れる。だが、良い土地は全てダーク・エルフの支配下だ。ダーク・エルフは山で小麦の流通を握っている。米なら奴らの管理の範囲外だ」
米は山では育たない。この東の地でもあまり育たない。ただ、東の地はユウトが物流を整備したので、南の地から米は入る。南の地は豊作が続いているので、米の価格は安い。マオ帝国の兵糧として運んできているので、ユウトが買う分には問題なく買える。
だが、米を常食にしているゴブリンを見た時に他の種族がどう見るか? 敵から略奪した、とゴブリンは言い張る気かもしれないが、そううまく誤魔化せるとは思えない。
これは罠ではないだろうか、と疑った。ゴブリンは山の民としっかり結びついており、この地の安定を乱すために領主の失脚を企んでいるとしたら。密貿易なら当然に相手方がいる。密貿易をした事実をマオ帝国にリークする気ではないか?
ユウトは疑ったが、ミラは一向に気にした様子はない。
「では、こちらは米を売ります。米が難しい時は、他の穀類や豆類でもいいかしら?」
ルルブは喜んだ。
「ありがたい。食料はいくらあっても困らん」
ゴブリン一族では食料が不足しているのか? こちらの想定以上に数が増えていたらいい気はしない。食料を得てさらに数が増えれば、街や村に牙を剥く。そうなれば戦争が終わっても、今度は街がゴブリン軍団の脅威に晒される。不安要素が大きい取引に思えた。上手く立ち回らんと俺の首が飛ぶだけでは済まんぞ。
ここは追及が俺に及ばないようにするために一工夫いるな。銀山で働いているコボルドたちを使おう。コボルドなら人間の手が及ぶようなら、いざとなれば金を渡して山に逃げてもらう手もある。交渉次第だが、できない交渉でもない。
これから先、どこの村で何があるかわからない。金は貯めておかないと、救いの手を差し伸べられない。




