第八十四話 第一回講和会議
会議の前日にマオ帝国と山の民の代表団が街に入った。代表団は共に九名ずつ。代表団には会談を補佐する人や雑用が随行する。接待する人数は倍以上に膨らんだ。
山の民の代表団はダーク・エルフが七名にバードマンのホークとゴブリンの大使が一名。
マオ帝国は特使を代表に、文官が四名で、残りは軍人だった。当日は警備のために、手形を持たない商人や旅行者は宿泊が制限される。
接待役のトップは領主様だった。だが、病気の理由で代官筆頭のミラが代行する。組織図的には、ミラたち四人の代官の下にユウトがいる。現場責任者として庄屋の屋敷を本部とした。
世話人から執事長やメイド長を選ぶ。近隣の村からの応援できた人間を下に配備した。接待人の数は充分なはずだが、当日になって細々とした仕事が発生する。
ハルヒがユウトに尋ねてきた。
「山の民から食事について要望が出ています。カレー味の粽が食べたいそうです」
カレー味の粽はマオ帝国の伝統料理。寺でも祝賀行事の時には食べられている。
この一帯では糯米が穫れず、カレー粉の原料となる香辛料も採れない。両方とも輸入品だ。糯米は南でカレー粉は西。
山の民はマオ帝国の物流網がどの程度か把握しているとアピールしたいとみた。
山の中にいるから世界情勢に疎いと思うなよ、との警告ともとれる。
「珍しい料理じゃない。武僧の中に作り方を知っている人がいるはず。作ってもらって。いまからなら昼には無理でも三時のおやつには出せるだろう」
ハルヒが部屋から出るとサイメイがやってくる。
「極東の国の密偵が入り込んでいる様子。アメイに探させて始末させますか?」
しばらく、見ないと思ったらやってきたか。街の規模が大きくなればなるほど、人の出入りが増える。密偵も侵入しやすくなる。
「テロとか要人暗殺の危険性は、ありますか?」
「その手の動きはありません。目的は会談の内容を入手して本国に送るつもりでしょう」
わからんではない。ないとは思うが、和平が成立して、マオ帝国に山の通過が認められれば、今度は極東の国との争いになる。極東の国にすれば、会談の中身を仔細に漏らさず知りたいだろう。
「捕物や暗殺を行って会談の警備が手薄になると困ります。危険を冒さない方針で行きましょう」
サイメイも同じ考えなのか異論は挟まない。サイメイが帰った後に考える。
あまりやりたくないが、街に秘密警察を作らねばならない時かな。
今ならアメイもカトウもいる。二人は極東の国の密偵の手口について知っている。秘密警察を組織して訓練するなら今だな。カトウはいつ亡くなるかわからないし、アメイは、ふらりと去る可能性がある。
講和会議一日目が終わった。会議場に控えていたスタッフの話では雰囲気は悪い。案の定、代表団同士による食事会はキャンセルとなる。
予期できる事態なので問題ない。食材は各々の宿泊施設に運んで料理長に渡した。
マオ帝国の代表とミラとが明日の会議について打ち合わせをする。ユウトも現場責任者として話を聞く。
代表から色々と要望が出る。これも想定内なので問題はない。代表の話と会議場にいたスタッフの話を整理すると、山の民の要求が見えてきた。
『奪った砦の二箇所の返還。山への立ち入り禁止』を山の民は求めていた。要求を飲めば戦争は終わり、山の民は東の地には手を出さない。
『新たな砦の建設の承認。極東への道案内。地図の提供。軍による山の中での移動の自由』をマオ帝国は希望した。聞き入れれば、山を準国家扱いとして友好を結ぶ。
予想通りに、山の民とマオ帝国の要望は懸け離れている。一日目はどちらも譲らないので交渉は纏まらなかった。
これまでの流れを見ていれば予想できる中身だった。どちらの代表団も今日の内容は予想できた。これでは会議をする意味がない。とするなら、ここから会議は動くのかな。
二日目も険悪なムードで会議がスタートする。流れ的には前日の展開を踏襲する。進展は、ほぼない。だが、話題は街の北にある銀山の帰属をめぐる話が出たのでドキッとする。山の民は、コボルドたちを山の陣営に組み入れたがった。
銀山を失えば町は財政が危うくなる。幸いに二日目では、マオ帝国が拒否して掘り下げはなかった。だが、銀山の存在は交渉の材料となるとマオ帝国上層部に思われたなら、厄介だった。
三日目は、さらに険悪になった。マオ帝国が山の民の要求を飲まない場合、東の地域へ竜による攻撃を山の民が示唆した。マオ帝国はこれを突っ撥ねた。逆に山に毒を撒き、火を放つと脅し返した。
山の民の作戦もマオ帝国の行動もひとたび起これば街が被害を受ける。せめて、マオ帝国には領民の安全を考えてほしい。だが、軍部のタカ派は是が非でも極東の国へのルートを切り拓きたがっていた。
四日目はマオ帝国からの申し出て休みとなった。山の民はならばと、観光と買い物を申し出る。
警備の責任者レルフ中将は拒否したかったが、マオ帝国の代表団にいた司令部の大将が許可した。護衛名目で将校と兵士が付き添い、街の中の観光が許された。
レルフ中将には悪いが俺は楽だなと思っていると、困った顔してハルヒがやって来た。
「庄屋様、代表団のゴブリン大使がキリンを見たいと訪問しています」
キリンは宗教的観光資源だが、ゴブリンが見たいと頼むとは予想外だ。許可してもいいが、見て『はい、終わり』とはいかない。屋敷に寄るなら、建前でも歓迎しなければいけない。
ハルヒに許可を出して、礼装用の服に着替える。キリンと大使が喧嘩するなんてないと思うが、用心のために庭に出て行った。
豪勢な毛皮に身を包んだゴブリンがいた。ゴブリンはキリンを見に来たとの話だが、まるでキリンを見ない。もっぱら、ミラと談笑していた。
ゴブリンを見ていて気が付いた。ゴブリン大使は以前にミラと密談したルルブだ。ルルブは密貿易による功績で出世したと見てよい。
ルルブはユウトに気が付くと陽気に挨拶をした。
「これは庄屋殿、お久しぶりですな。今度、食事にでも連れて行ってください」
接待の要求だが実際は違う。露骨に独自に話したいとの心情をすぐに理解した。
「ルルブ様、ミラ様、粗餐でよければ、すぐにご用意できますが、どうしましょう?」
素っ気ない態度でミラが命じる。
「外はまだ寒いわ。中で軽食でもつまみながら話しましょう。三人なら気を使う必要もないでしょう」
ミラが乗ってきたので、食事会が行われる。出席者が代官筆頭、ゴブリン大使、ユウトなので、護衛は控室での待機となる。出番がないはずだったが、独自外交が始まる予感がした。




