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第八十二話 物価上昇と押し売り

 雪融けが進む。街の大きな通りや陽当たりの良い場所では地面が見え始めた。

 コジロウが帰ってこないのが不安だった。久しぶりに親元に帰って、楽しい日々を過ごしているのなら、いい。囚われの身になっていたら困るが、知りようがない。


 コタロウも何もいわず、氷竜の世話をしている。コタロウにまで逃げられれば大痛手だ。なにせ、コタロウが世話をしている氷竜はお孫さまの竜だ。ユウトは毎朝、コタロウの元に食事を届けさせたが、監視は付けない。


 下水道の本管工事は順調だった。建築資材工房の職人と技術者は力を合わせて埋設用の下水管を造っている。本管の製造費は当初より膨らんだ。暴食龍とヤンマガルの素材の儲けは吹き飛んだ。


 ここにきて、ハルヒがやって来る。ハルヒの顔には決意が滲んでいる。

「庄屋様、物価が上がっています。賃金上昇が物価に追い付いていません。賃金を上げてください」


 街の急激な発展に伴い物価は上昇。商人は儲けて、職人にも仕事が満遍なく回る。この街で雇用する役人は年齢が高めなので、給与も高目に設定している。


 お百姓さんは収穫が減り、農業収入は減った。だが、農閑期に土木事業や運送の仕事が回ってきたので、年収はプラス。世話人たちの賃金上昇だけ上昇幅が低い。


「心情的には上げたいけど、いくら欲しいの?」

 ハルヒはユウトを見据えてビシッと要求した。

「世話人全員の基本給を十五%UPしてください

 高いな。俺が値切るのを見越しての十五%UPの要求だね。世話人の賃金を上げるなら、お年寄りに負担を求めたい。村はこれまで一時金のみ、月額使用料なしを『ウリ』でやってきた。


 追加徴収すれば不満が出る。それに下手な料金改定をすれば、お年寄りが来なくなる。この街ではお年寄りは財産なので、それは困る。新たに庄屋となった二村を開発して、収益を上げてカバーするか。


「わかった。全員の給与を十五%上げる。また、これからの事業拡大を見越して人材育成もしよう。人員の定数を増やす」


 ユウトの決断にハルヒは驚いた。

「要求しておいてなんですが、本当にそれでいいんですか?」


「ハルヒたちがいなくてはお年寄りが困るでしょう。ハルヒたちの待遇改善がお年寄りに報いることになるなら俺はやります。ただし、賃上げは四月まで待ってね」


 四月までいけば、講和会議の結果が出ている。下水道の完成時期もおおかた目途が立つ。

肥料工場の稼働時期も見通しが立つ。農業関連の収穫も予想できる。そうなれば、色々と見通しが付く。ダメなら知徳派のウンカイに頼るなり、銀山の稼働率を上げればいい。


 ハルヒはユウトの言葉に安堵した。

「庄屋様が有能な方で、よかった」

「ハッハッハッ」と顔では笑って見せるが、内心は不安だった。


 ハルヒがそこで、明るい顔で切り出す。

「結婚のご報告があります」


 ドキッとする。ハルヒは街の要。本人に自覚はないかもしれないが、街の幹部である。結婚は喜ばしいが、辞められたら困る。


 ユウトがハラハラしていると、ハルヒが言葉を続ける。

「ラジットさんが結婚します」


 嫁さんがほしい、妾がほしい、子供がほしい、と吹聴していたのは本当だったのか。

 役料も上がったから、嫁さんと妾の一人なら充分に養える額ではある。でも、寿命の前に痴情の縺れで刺される。その傷が原因で亡くなるとかは止めてほしい。


 まだ、サイメイでは不安だ。ムン導師は、ちょっと怖い。

「お祝いを送っておくよ」と答えるのが精一杯だった。


 ハルヒが帰ると、レルフ中将から遣いが来る。

「庄屋殿、山の民との会談が決まりました。期限は二週間後です。接待の準備をお願いします」


 普通なら『準備期間が短い』、と怒りもしよう。でも、会議はミラから事前情報を得て準備をしていたから、問題ない。

「急ぎ支度をしましょう」


 できる庄屋を演じた。リシュールに知らせの遣いを出す。

 会議の開催には問題がない。会議の中身が気になるところだな。


 翌日、険しい顔をしてサジが執務室に入ってきた。

「街の外に異種族が現れました」


 会議は、まだ先だ、下見か? 休戦中とはいえ、敵には変わりはなし。兵士といざこざを起こされ会談が流れたら、接待役の俺が被害を受けるかもしれん。


「すぐに行きましょう。案内してください」

 城門の外ではバードマンのホークがいた。ホークは背負い袋を背負っている。

 ホークを始めて見る街の人間の視線は冷たい。兵士の視線には敵意が滲んでいる。


 でも、ホークは豪胆なのか気にしない。ホークはすでにロックと談笑していた。

「何をお二人で話しているんです?」


 ホークは微笑み挨拶する。

「ロックさんと銀貨に含まれる銀の含有比率について、話しておりました。貿易をする流れになれば重要事項ですからね。銀貨の交換比率によっては、どちらかが大損しかねない」


 商人同士なら貨幣の交換レートの決定は大問題だ。だが、戦争が終わらねば貿易は始まらない。それとも何か、ホークは講和会議が纏まると読んでいるのだろうか?

「山の銀貨と街の銀貨の交換レートの話は、まだ早いでしょう」


 今度はロックが微笑み語る。

「いえいえ、商売をするに当たって早すぎる情報交換はありません。特に大儲けしたいのなら、なおさらです」


 ロックも貿易開始を見越している、だと? もしかして、俺の知らないところで何か大きな流れがあるのか。でも、ロックの性格なら、タダでは教えてはくれない。


 兵士の視線が厳しい。街に入れるとまずい予感がした。

「会議の準備中につき、満足のいくおもてなしができません。用件だけ、ここで聞いてもいいでしょうか?」


「すぐに済みます。私が背負っているこの商品を庄屋様に買ってほしい。中身は見ずにです。金額は、いくらでもいいです」


 中身を見ないで購入はしたくはない。だが、ホークのことだ。俺は必要とするが、知らずに買わないと困る品物なのか。財布は持ってこなかったのでサジに頼む。

「後で返すから、お金を貸してください」


 サジが財布を探って出す。中身は銀貨だけ。大銀貨が二枚あるが多くはない。

「これで」と財布ごとホークに渡す。


 ホークは財布から大銀貨を出してしげしげと見る。ホークは指で銀貨を三度、弾く。

「銀の含有量は我々の銀貨のほうが少し多いようですね」


 ロックは微笑み、ちょっぴり肩を竦める。

「騙しはしませんよ。ただ、手数料は考慮願いたい」

 商人同士の駆け引きがあったのか。


「では、交換と手数料の取り決めは後日に話しましょう」

 ホークは背負っていた背負い袋をおろす。


 袋は厚い布製で容量は二十ℓ。大きくはないが、ずっしりと重かった。

 ホークは取引が終わると翼を広げ、空に羽搏(はばた)く。

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