第七十九話 討伐隊の裏事情
雪は降ったり、止んだりを繰り返した。時折、温かくもなるので融ける。積雪で苦しむほどではなかった。南東の村に遠征した討伐軍が帰ってきた。犠牲者は十人にも満たない。
ほどなくしてレルフ中将からの遣いの兵士が来る。お遣いは堂々たる態度で告げた。
「臆病な魔獣は山中に敗走。吸血鬼も大半を討ち取りました」
良い結果に聞こえる。だが、人間とは都合のよい報告しか、しないもの。
ロシェ閣下とレルフ中将は違う。お遣いに高級菓子と高級なお茶を勧める。
世間話をすると、お遣いの兵士の出身国では芋の蒸留酒を飲むとわかった。
適当に和んだところで、徐々に本題に入って行く。
「ところで、お酒はお好きですか? 甘藷から作った蒸留酒があるのですが、お土産に持って帰られてはどうでしょう?」
遣いの兵は喜んだが、上目遣いに確認する。
「タダ、ではないのでしょう。何がお望みですか?」
こういうわかり易い態度は嬉しい。酒の一本や二本で懐柔できるなら、安いものだ。
「魔獣は山中に敗走でしたね。もう少し詳しく教えてください」
「上官を批判したくはないのですが、正直にいえば攪乱されて取り逃がしました」
そんなことだろうとは思った。魔獣には知恵がある、ないしは使役者がいるな。勝てないとみると、さっさと後退した。追跡が難しい奥に引いた。
討伐軍が敵の支配地域なので、追ってこないところまで考えたかどうかが知りたい。
「誰かが獣を操っている可能性はありますか?」
お遣いは肩を竦める。
「あれは完全な野生の獣でした。だから、性質が悪い。狩れる獲物だけを、きちんと狩る。放って置けば、いずれ人間に被害が出るでしょう」
魔獣は少数精鋭で、かつ狩りが得意な人材で臨むのがよいな。猟師のオリバに相談だな。狩りの腕が確かな人を紹介してもらおう。
「吸血鬼は、どうです。危険はないですか?」
「こちらは、しばらく大丈夫でしょうが。大きな問題が一つあります。敵にはヴァンパイア・ロードがいます」
これは、撃ち漏らしたのが痛いな。ヴァンパイアのロード種なら、一人いれば村が滅ぶ。役に立たないな、討伐軍。ユウトの不満を察知したのか、兵士が弁解する。
「討伐軍をあまり責めないでください。フブキ大佐がいなかったら、吸血鬼たちの討伐は無理でした。また、ヴァンパイア・ロードも引かなかったでしょう」
討伐軍は五百名。大佐が指揮するには小さい。精鋭の特殊部隊にしては数が多い。
「フブキ大佐とは何者ですか?」
フブキ大佐に同情してお遣い庇った。
「不運な方ですよ。勇ましい武人で勇将です。ですが、上官の受けが悪く運もない。本来なら中央で活躍してもおかしくない人です」
理由を付けられて、左遷されてこの地に来たか。任務も、後方の駐屯軍勤務では手柄を立てる場面は限られている。降格はされなかった。実質の権限をほとんど奪われた、名ばかり大佐で飼い殺し、か。でも、権限がなくても勇将であれば、俺にはありがたい。
「おいくつぐらいの方ですか?」
おどけた態度でお遣いは褒めた。
「今年で五十五を超えた女性です。今回の作戦では身体の衰えを嘆いていましたが、なんのなんの。あれが衰えた姿なら、若い時は、きっと化物ですよ」
早く老化の影響を受けたが、街では俺の力が及んで評価が変わったな。衰えた力でヴァンパイア・ロードが撃退できるなら、俺が傍にいれば討ち取れると見た。あと、一人ぐらいベテラン勢を連れていけば勝利は堅い。
フブキ大佐には悪いが、軍は良い采配を振るってくれた。これで、フブキ大佐が話のわかる人なら嬉しい限りだ。少人数で行くなら、ヴァンパイア・ロードの取り巻きがいなくなっただけで随分と楽だ。
作戦は失敗したが、攻略の糸口は見えた。エリナの村は安泰だ。
となると、嵐龍が問題だな。街からは、まだ対龍抗槍を運び出していない。街に置いておければいいが、レルフ中将は許可するだろうか。
「実は、ご相談があります。工房では対龍抗槍の作製が遅れ気味だとか。頼めば納期を後ろに延ばしてもらえますか?」
製作遅延は嘘だ。そんな報告は入っていない。むしろ、順調だった。だが、できればコジロウが嵐龍への対抗策を持って帰るまでは、対龍抗槍を街に置いておきたい。
渋った顔をしてお遣いは顎を撫でる。
「庄屋殿には悪いですが、夜通し職人を働かせてでも作れ、と怒られますよ」
レルフはくそ暑い中でも服務規程を守った。普段も身なりがきっちりしている。予定通りに物事が運ばないと気が済まない性格なのか?
「レルフ閣下は、スケジュールに厳しい上官なのですか?」
「レルフ閣下の性格もありますが、対龍抗槍の配備は上が急がせています」
司令部が動いているのか。軍にとっても、雪山龍はそれほど脅威なのか? だとすると、少し頼りないな。
兵士はそっと顔を近づけて、いかにも「秘密の話です」とばかりに語る。
「ここだけの話ですよ。諜報部からです。ダーク・エルフが竜種による空軍部隊を大規模に編成している、との情報があります。極東の国の竜士から支援を受けているとか」
なんだと! それでは、コジロウの身が危ない。もっと早くに聞いていれば、コジロウを外に出さなかった。これは下手をすると、コジロウは生きて帰ってこないぞ。コジロウの派遣は裏目に出た可能性があった。
ユウトの心はざわめいたが、落ち着かせる。まだ、早い。コジロウは俺の使者であり、スパイではない。親ならコジロウがきちんと説明すれば、敵とは見做さないはず。万一に捕まって密書が流出しても心配ない、
紙は本来ここでは流通しない雁皮紙を使用した。もし、嫌疑が掛かったら、紙の材質がおかしいとして言い逃れよう。
コジロウの心配は、してもしかたない。問題は、山の民が編成している空軍だ。敵の攻撃可能範囲に入っていれば、この地域一帯が危ない。この一帯は木造建築。火が点けばたちまち大火災だ。なるほど、軍が表に出したがらない情報だ。
お土産の蒸留酒を持たせてお遣いの兵士を帰した。
敵の空軍編成がどこまで進んでいるかは不明。だが、火竜が中心なら、春には繁殖期があるので、襲撃はない。代官のミラ経由で講和会議の話があると聞いた。となれば、空襲は夏か。
夏までには対龍抗槍を街には配備できるが、全部の村には難しい。全ての村に配備できたとしても、扱える軍人がいないと、ただ燃やさせる。
一帯の面倒をみる庄屋としては、講和してほしい。だけど、無理だろうな。




