第七十七話 国境での生存術
ユウトが外に出た時には雹は止んでいた。雹は直径四㎝以上。。空は暗いが辺りが見えないほどではない。ただ、遠くで時より雷が光っている。音は聞こえないので、かなり遠い。
龍の鳴き声はしないが、通りで軒下にいる市民の表情には不安がありありと出ていた。
嵐龍が去ったためか、空は急速に明るくなっていく。
危険は去ったか。襲われたなら非常に危険だった。嵐龍はとりあえず辺りの地形を把握に来ただけか。それとも、嵐龍を操る者の示威行動だろうか。
サジを街の兵器工房に走らせて、サイメイに雹の報告を出すように指示する。
情報を求めてコタロウを訪問する。コタロウは加減が良いのか応対に出てくれた。
「嵐龍について教えてください」
コタロウは粛々と語る。
「山を挟んだ向こう側にある極東の国では山脈の守り神と呼ばれております。同時に触れてはいけない存在とされ、畏れられております」
神様的な存在か厄介だな。
「どれほど危険な存在ですか?」
「ひとたび起き上がれば麓の村は全滅です。まさしく、孤高の龍王の名が相応しい」
龍王か、ドラゴン・ロードといったところだな。他の龍種や竜種を従えていないのが幸いだな。
ドラゴン・ロードの伝説は、別の形で旧王国にもあった。旧王国の龍王は頭が良く、人語を理解したとある。
嵐龍も言葉を理解していれば交渉で衝突を避けたい。街を守るためなら、軍を出し抜いて密約を結ぶのも有りだと思う。
マオ帝国にとって街は重要な場所。だが、街の人間なんていくらでも換えが利くと考えているかもしれん。この地を構成する人間は、マオ帝国起源の南方人は少ない。
「嵐龍に街を襲わないように頼んでくる仕事は、可能ですか」
コタロウは暗い顔で首を横に振る。
「無理でしょうね。嵐龍は人の言葉を理解し、文字も読める。だが、人間を対等には扱わない。傲慢ではなく、龍王には軍隊並みの力があるのです」
戦って強さを知る、では遅い。戦いましたが、勝てませんでした。では、あまりにも愚かだ。戦うにしても、相手の実力はある程度と把握したい。
「何か策は、あるのですか?」
「ありますが、お勧めしない策です」
生贄を出せ、とか提案するのか。生贄は一時の時間稼ぎにはなる。だが、街の人間に不満が貯まる。社会が不安定化すれば極東の諜報機関の思う壺。怯える民衆が、怒れる民衆に変わる。暴動は軍事力で抑えることができるが、街はボロボロになる。
ユウトはしっかりと釘を刺しておく。
「こっそり貢物を出す程度なら俺の裁量でできます。ですが、生贄はダメです」
「違います。竜士の村と誼を結ぶのです」
竜士は、長い歴史を持つドラゴン・テイマーたちの集まりだ。龍や竜についての知識や情報は、ユウトたちが持つ知識量の比ではない。だが、竜士の里は極東の国にあり、今は戦争中だ。
簡単に情報交換には応じてはくれない。また、敵国の村と自国街が独自に交流を持つのを皇帝は許さないかもしれない。皇帝を怒らせたら、よほど上手く立ち回らないと、ユウトは終わりだ。
危険な提案だ。だが、成功すれば、メリットは大きい。最低限のラインは領主、できればレルフ中将まで謀議に乗ってくれば、俺の危険も減る。
領主は山の民と独自外交を模索したので、敵国の村との交流を認めてくれる期待がある。
レルフ中将が問題だ。話しを持っていただけでも『売国者』の汚名を着せられて処刑がある。
こうなると、カクメイとロシェ中将がいなくなったのが痛い。あの二人なら、どうにか上手くやれた。亡くなった人間を惜しんでも、始まらない。さて、どう動くのがよいか。
ユウトが悩んでいると、コタロウが提案する。
「現在の竜士の長である十二代目コタロウは私の息子で、コジロウの父です。コジロウか私なら、使者として出向いても、殺される危険性はないでしょう」
コジロウは才能なしとして放逐された。当主の息子だったなら、禍根を絶つために暗殺もあった。だが、殺しはせず、祖父と一緒に村を出したのなら、十二代目コタロウには人並みの親心はある。
交渉に出すなら、コタロウかコジロウが適任か。二人を同時に出すのは危険に思えた。二人揃ってだと里に帰っていく展開がある。
あざといが、どちらかを里に残して「人質を取られております」としたほうが使者に出たほうも帰りやすい。
「秘密裏の交渉は可能ですか?」
あらゆる可能性を考慮しておく。でなければ、街は守れない。
「倅の性格からすれば、乗ってくる可能性は充分にあります。だが、竜士の長の里での権力は絶対ではありません。周りが猛反対すれば強行はできない」
ありがたい情報だ。気になったので確認しておく。
「極東の国での竜士の扱いは、どうなのですか?」
コタロウが冷徹に評価する。
「誉は高く、一目置かれています。ですが、国を支配する将軍家からの信頼は薄い。家としての格は高くとも、家臣としての重用はされていません」
将軍家からの信頼がないから、将軍家への忠誠に拘らない。または、忠誠心が低いから将軍家が信用しない。真相はどちらかわからないが、裏でこっそり手を結ぶのが可能と見た。
「極東の国に行く手段は、どうします? 船や馬では時間が掛かり過ぎる」
「氷竜が育っております。少し厳しいですが、あと十日も育てば山を越えられるでしょう。もっとも、健康状態がよく、天候が味方すれば、ですが」
単騎でこっそり山を越えるか。氷竜は山の冷涼な気候に適しており、暑さに弱い。
冬なら時間を掛ければ、山を越えられる。急速に春が来た場合が逆に危険か。
嵐龍の行動が読めないなら、早くに対策が必要。やるなら、今だな。
「コジロウに俺からの密書を持たせましょう」
コタロウは懐疑的な視線でユウトを問いただす。
「いいのですか? コジロウは、こんな老い先が短い老人を見捨てて、竜と共に帰ってこないかもしれませんよ」
充分に考えられる展開だ。危険性はある。起きれば大損害だ。だが、危険を割り引いてもコジロウが適任だ。
親なら追い出したとはいえ子を気にしているはず。コジロウもドラゴン・テイマーになった今なら、親に会いたい。コジロウにしてみれば親に捨てられた原因が消えた。なら昔のように家族として迎え入れてもらえると期待する。
人情も使うが、別の意味合いもある。
『提案を持ち掛けてきた街にはドラゴン・テイマーを生み出す力がある』と、竜士の村が誤解してくれる展開に賭ける。さすれば、このたびの提携は益が多い、と判断するかもしれない。
誤解の利用。政治には、この手の駆け引きは、よくあること。
国家と国家が敵対しても、馬鹿正直に付き合って、不利益を受け入れはしない。
そこまで民は愚かではない。国境に住む者の生存術だ。
「コジロウが拒否するなら、コタロウさんにお願いします」
コタロウはユウトの真意を即座に読んだ。コタロウは苦い顔をしてユウトをくさす。
「本当に貴方は街の人を思う、悪い庄屋だ」




