第七十五話 新年会 ↑
気温が下がり、街にも雪が降る日が出てきた。それでも積もるほど降らない。猟師や樵の経験があるお年寄りが語る。今年は暖冬で雪は少ない、との話だった。知識や技術による裏付けはないが、長年の勘は馬鹿にできない。
街はいつにもまして活気があった。近隣の村の住民が農閑期に出稼ぎで下水道掘りの仕事に来ている。寒い中、ご苦労だと思うが春には播種が始まる。やるなら今しかない。
マオ帝国軍の進撃は止まったが、取った砦を取り返された報告はない。これから雪が深くなる山頂への砦には補給が難しくなる。援軍もすぐには行けない。山の民は個々の砦が孤立するのを待っている。
新年を前に天徳派のアモン僧正より手紙が届いた。小難しい内容を並べているが、要は支持しろとの内容だ。ウンカイ僧正は、もっとわかりやすく、香木、僧衣、装飾品の贈り物をしてきた。
ママルに尋ねる。
「アモン様とウンカイ様の仲はどうなのですか」
控え目な態度でママルが教えてくれた。
「本山を離れているので、わかりません。ですが、昔から天徳派と地徳派は仲がよくありません。天徳派は地徳派を俗物と陰口を叩き、地徳派は天徳派を世間離れしていると揶揄します」
「我が人徳派は両方から何て言われているのですか?」
しれっとママルは答える。
「風見鶏と揶揄われています」
「その時々で態度を変えるからですか?」
ママルは怒らない。昔から馬鹿にされているのだろう。
「悪くいえばそうですが、私はそうは思いません。天徳派も地徳派も頭が固いのです」
平時なら頭が固くてもよい。だが、激動の時代に柔軟に対処できねば信徒が困る。
「天徳派と地徳派の両者の間でバランスをとってきたから、天哲教の今があるのですね」
ママルも同じ意見だった。
「さすがは僧正様。天がなければ人は生きられず。地がなければ人は立てず。人が生きられなければ天地とて無用。開祖のお言葉です」
含蓄のあるお言葉だ。
「ナム老師は人徳派出身の大僧正でしたね。ナム老師の前は、どこから大僧正が出ましたか」
すらすらとママルは天哲教の歴史を説く。
「地徳派です。順番で行けば今度は天徳派です。ですが、マモン様は文武に優れていますが、まだ二十前と大変にお若い。ウンカイ様は五十五歳で経験は充分ですが、少々世俗に揉まれ過ぎました」
理想に燃える新人と現実路線のベテランの一騎打ちか。選挙とかで、良くある構図だな。でも、だいたいわかった。どっちの支持に回ってもいい。だが、あまりどちらか一方にべったりにならないほうが良い。両者の調整があってこそ天哲教の繁栄になる。
ここはウンカイを大僧正に押しつつ、マモンのガス抜き役をやるのが利口か。理屈で丸く収まる局面ではない。時代を読もう。
さりとて、馬鹿正直に正面をきってウンカイ支持では芸がない。ここはキリンに協力してもらって、一芝居打つか。
年が明けて新年会の日が来る。普段、会わない十三人の高僧がやって来た。去年に見た顔は全員いた。誰も隠居していない。十三人はいずれも高齢。さりとて、代理や名代を出した高僧はいない。
十三評議衆が揃ったのはユウトに忠誠を見せるためではない。誰かが抜け駆けしないかを互いに見張るためだ。
もういい年なんだから、権力争いとか止めればいいのにと呆れる。とはいえ、本音と建て前を使い分けないと、庄屋なんてやっていられない。心情はすっと心の奥に納める。
挨拶は年長者から行われる。顔付きは皆が穏やかで、言葉は丁寧だった。でも、心はまるで籠っていない。僧正の仕事はほとんどしていないので、嫌味をいう気もない。そこまで馬鹿でもない。
宴が始まると、ほどなくして大僧正の話題になる。
最年長の高僧がユウトに尋ねる。
「それで、僧正様は、大僧正になられるおつもりは、おありか?」
もちろん、ない。ユウトが大僧正になる気がない態度を十三評議衆が知らないわけがない。高僧の発言は、きっかけだ。ユウトは「来たぞ」と思い作戦を開始する。
「俺は天徳派のマモン様を推そうと思う」
六人の顔が綻び、六人が顔を顰める。一人だけポーカー・フェイスがいる。澄ましている理由は十三評議衆の議長役だからだろう。何てわかりやすい人たちだ。
「いや、しかし、ウンカイ様のほうが――」と誰かが口にすると「いやいや、マモン様こそ――」と別の誰かが異論を挟む。会話が弾む流れをユウトは黙って聞く。
あらかた議論が出尽くしたところでユウトは意見を表明する。
「皆さんの意見は、わかりました。でも、やはりマモン様を人徳派で推しましょう」
「しかし、――」と誰かが口にする。これ以上は無駄なので決定打の案を出す。
「マモン様で決まりだと思いますが、キリンに選んでもらいましょう」
ユウトが立ち上がり、接待長のママルに命令する。
「ウンカイ様から貰った僧衣とマモン様から貰った手紙を用意してください」
庭に行くと、キリンが寝ていた。キリンは面倒事を察知して起き上がる。逃げはしない。
高僧に表情を見られないように、ユウトの後ろに十三人の高僧を立たせた。
キリンの左前に僧衣を置く。ユウトはキリンの右前に立ち、マモンの手紙を読む。
キリンは黙って手紙の内容を聞いていたが、欠伸をしそうだった。
手紙を読み終えると、キリンはユウトをじっと見る。
キリンの機嫌は悪く。視線が痛い。
ユウトは念を送る。
「タダで住まわせているんだから、協力してくれ」
ユウトは僧衣にチラチラと視線を送る。
キリンから「やれやれ」の空気が出た。キリンはゆっくりと僧衣に向き直る。
僧衣の前で七度、蹄を打ち鳴らした。
ユウトは、わざとらしく発言する。
「何と、大僧正に相応しきはウンカイ様か! キリンの推挙があるなら、間違いない。俺の意見とは違うが、人徳派はウンカイ様を推すぞ」
ひそひそと背後で聞こえるが、気にしない。大事なことは『俺はマモン様を推したい。だが、天意として、しかたなくウンカイ様を推す』状況だ。
これで選ばれなかったマモンには顔を向けができる。少々汚いが、これが政治だ。
ユウトは、ここで、ふら付く振りをする。
「飲み慣れない酒で酔いました。サジさん、肩を貸してください。ママルさん、あとは頼みます」
十三評議衆の最年長者よりママルは年上。ママルは全員と顔見知り。場を預ければ、これ以上ごちゃごちゃと文句を垂れられる状況には、なるまい。
ユウトはサジと一緒に場を後にした。
これで後はウンカイが上手く立ち回れば大僧正の空位は埋まる。ウンカイが気を回して追加の品を贈ってくればよしだ。もし、これでもウンカイが支持を固められないなら、人望がなさ過ぎる。その時は適当な理由を付けてマモンに乗り換えよう。布石は打った。
ユウトは十九歳になりました。




