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第七十二話 その頭脳はノーベル賞級?

 金が欲しいが、そんなに簡単に儲け話が見つかるなら苦労はない。増税や公共料金の値上げなら、確実に収入は増える。でも、街のお年寄りの生活を直撃する。役人たちは上げたいようだが、高すぎる負担は回り回って街の活力を削ぐ。


 下水を流れる汚泥を脱水化して高品質の肥料にできないだろうか。肥料にできれば売れる。元が屎尿なら集める金は掛からん。下水道があれば有効利用できる。臭気も抑えられる。問題は高度な技術を持っているお年寄りがいるかだな。


 ハルヒを呼んで質問する。

「屎尿処理か肥料に詳しいお年寄りを探しています。知恵を借りたい」

「パパラさんが適任です。マオ帝国で元農林水産省の技術者だと自慢していました」


 役所の技官なら知識人だが、気になる点もある。マオ帝国より旧王国のほうが科学水準や魔法技術の水準は上だった。マオ帝国は領土拡張により編入した国から次々と知識と技術を吸い上げている。


 帝国の発展は、ここ数年の話。世代によって、パパラの知識は古いかもしれない。あと、マオ帝国の優れた技官なら高給取り。ヨウロの街まで来なくても、もっと良い落ち着き先がある。


 ハルヒは残念そうな顔をする。

「でも、あまり役に立たないかもしれません。荒唐無稽な話をするんです?」


 何だろう? 頭の老化は街で暮らしていればなくなる。支離滅裂な思考にはならない。

「まさか、性格が悪いんですか? それとも、プライドだけ異常に高いとか」


 困惑した表情をハルヒは浮かべて語る。

「どちらも外れです。パパラさん、肥料は水と空気から作れるって熱弁を振るうんです」


 ユウトは耳を疑った。何だと、この世界でハーバー・ボッシュ法に辿り着いた人間がいるのか。この世界にも化学はある。だが、魔法の隆盛により、化学の地位が低い。


 これは、とんでもない人材が村に眠っていた可能性がある。もしかすると、ノーベル賞級の頭脳を持った学者だぞ。


 ユウトは興奮を抑えて指示を出した

「パパラさんを家に迎えて話を聞きたい。アンモニアが作れるか、と尋ねて」


 ハルヒは言葉の意味がわからず、目をぱちくりさせる。

「何ですか、それ? 肥料とどんな関係があるんですか?」


 一般的な人の反応だな。でも、これは当たれば凄くでかい。

「いいから、訊いて。村に下水道が通せるかどうかの岐路だから」

「何がどこで繋がるかわかりませんが、下水道ができるなら、いいですね」


 ハルヒが仕事に戻るので、パパラを迎えた宴席の準備を考える。

すると、招待状を出す前にパパラが訪ねてきた。パパラは小柄な丸顔の老人だった。頭は丸刈りの短い白髪。服装は動きやすい無染色の麻の服にサンダル履き。


 庄屋の家に来るには少々ラフな格好だった。急いで来た態度がまるわかりだった。

 パパラは目を輝かせていた。

「庄屋様、街を救いたく、居ても立ってもいられず飛んできました」


 席に着くと、飲み物が出る前にパパラが夢を熱ぽく語り出す。

 正直にいえば。パパラの話は専門的すぎた。知識が不十分なユウトでは理解できなかった。もっと、転生前に化学を勉強しておけば思うが、もう遅い。


 理解できたこともある。この世界では魔法の触媒と化学知識を併用すればおそろしく安くアンモニアを製造できる。硫酸アンモニウムにできれば、葉物野菜がぐんぐん育つ。


 部屋の隅で控えていたママルだが、熱く語るパパラを狂人を見るような目で見ていた。

 話を遮るのは悪いと思ったので、好きなだけパパラに話させる。


 話が落ち着いたところで、質問する。

「話を全部は理解できませんでした。ですが、パパラさんの知識と硫黄があれば硫酸アンモニウムを安価に大量製造できるんですね?」


 パパラは、とびっきりの笑顔で頷いた。

「正解です。屎尿から作った有機肥料と合わせれば効果抜群ですよ」


 硫黄はそんなに珍しい元素ではない。付近が山に囲まれているなら、どこかにある。

 葉物野菜は米や小麦より日持ちしない。遠方から生で持ち込まれる展開はない。穀物が豊作になっても、葉物野菜を作っていれば付近の農家は影響を受けない。


 お百姓さんの収入が増えれば街の税収を増える。肥料なら保存が容易なので余れば売りにも出せるな。

「街でお金を出します。街を助けてください。肥料産業を興しましょう」


 パパラは、ここで不安がる。

「いいのですか? こんな夢みたいな話をする老人を信じて。私を頭のおかしい老人だと笑わないのですか?」


 これまで理解者がいなくて苦労したんだろうな。

「笑うだなんて、とんでもない。貴方は偉人だ。俺は空気を利用して肥料を作る事業に興味を持ちました」


 パパラを帰してサイメイを呼ぶ。

「下水道事業をやります。同時に肥料で町興しをします」


 サイメイは満足した顔で褒める。

「さすがは庄屋様だ。先見の明がある」


「条件があります。パパラさんを事業に加えて、肥料作りを任せるんです。おかしな発案でも、笑わないで聞いてください。年長者を敬ってください」


 空気から肥料を作ろうとする計画を知らないサイメイは、喜んで承諾した。

「下水道は計画がすでにあるので、すぐに肥料製造所の建設計画にも着手します」


 パパラの話を聞いてサイメイがどんな顔をするか見たいとも思う。だが、こっちは暇ではない。これから忙しくなる。


 肥料製造所の計画策定を命じてから四日が経過した頃に、キリクが戻ってきた。

 キリクは現場から戻り、着替え風呂にも入ってきた。だが、微かに硫黄臭がした。


 ユウトが臭いを嗅ぐと、キリクは恥ずかしそうにする。

「やはり、まだ臭いますか? アース・ワームを解体したときに、いいだけ体液を浴びました。アース・ワームの肉の臭さは想像以上です」


 アース・ワームは地下と地表を行き来する。アース・ワームが体内に大量の硫黄を含むなら、硫黄がアース・ワームの生息域に多量に存在する。


 鉱山付近に鉱床があるならコボルドに手間賃を払って採掘してもらおう。銀山まで運べば、街までは輸送ルートがある。


 キリクが表情を引き締めて報告する。

「アース・ワームの大規模な群れを発見しました」


 本来なら銀山の危機なので、良い報告ではない。肉も臭くて人が使えないなら、ゴミだ。されど、グリフォンや氷竜の餌に困っているから話は別だ。


「アース・ワームの肉は、グリフォンの餌になりますか?」

「好んで食べるわけではありませんが、空腹に曝されるよりはマシと食べます。あれだけの量のアース・ワームがいれば、グリフォンは冬を越してもお釣りが来る」


 アース・ワームの肉はグリフォンの餌にしよう。内臓から硫黄が取れるなら内臓を溜めておくのも良い。硫黄鉱床が見つかるまで代わりに使おう。良い話題が聞けてよかった。


 キリクの話はそれで終わりではなかった。

「アース・ワームの群れの後ろから全長三十mにも達する暴食龍が近づいています。このままでは、銀山と北の村を結ぶ道が危険です」


 銀山からの銀鉱石の輸出が止まれば街の経済は危機に陥る。とはいえ、相手は巨漢の化物、簡単には倒せない。問題は解決するたびに次の問題がやって来る。

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