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第七十話 予兆

 少しずつ気温が下がってきた。水道の水も冷たくなり、遅れていた冬の気配がした。

 レルフ中将から知らせが届く。軍が警戒に出している斥候よりアース・ワーム目撃情報が入った。数は数十と多い。


 ラジットを呼んで意見を尋ねる。

「アース・ワームが銀山に近付いています。キリクたちグリフォン部隊に、討伐に出てもらおうと思います。上手くいけば、グリフォンの餌も手に入ります」


 名案だと思ったが、ラジットの顔は明るくない。

「目撃地点がはっきりわかっているので調査に出すのは良いでしょう。だが、気になります。目撃地点はアース・ワームが本来ならいない場所です」


「山の民の策、ないしは極東の国の陰謀だとでも」

「もっと悪い予感がします。キリク殿には、絶対に無理をするなと注意して、送り出してください」


 ラジットには思うところがあるのだろうが、はっきり言って教えてくれなかった。

 心配し過ぎという状況もあり得るが、用心に越したことはない。


 ラジットが帰ったのでキリクを呼んでお願いする。

「アース・ワームが出ました。銀山を護るために調査をお願いします」


 キリクは働ける事態を素直に喜んだ。

「これは好都合。アース・ワームを根こそぎ狩ってグリフォンの冬の餌にしましょう」


 グリフォンが腐肉を喰らうといっても、腐れば臭い。街の住人からは苦情が来る。だが、気温が下がってくれば、腐敗の進行は遅くなる。冬の乾いた風が吹けば乾燥肉にもできる。


 ユウトはラジットの助言があったので忠告する。

「現状は狩りより調査を優先してください。もしかすると、これは何かの前触れかもしれない。予兆を見逃さない心が大事です」


 キリクはユウトの心配を笑った。

「大丈夫ですよ。我らのグリフォン騎士団は強い。たとえ、相手が竜でも、おくれはとりません」


 頼もしくもあるが、不安でもある。自信であればいいが、慢心ならば困る。

「いいですか、調査優先ですよ。報告を第一にしてください」


 キリクを送り出すと、次の仕事が舞い込んだ。レルフ中将から遣いが来た。

「庄屋殿、対龍抗槍の製作にお力を貸してください」


 街の工房は武具や馬車の製造に忙しい。なにせ、戦争の影響で、作れば作るだけ売れていく。 

老婆・ロードの影響があるので、熟練職人は存分に実力を出せる。街の武具は質がよい。生き死にを分ける道具なれば、質の良いものを人は求める。当然、熟練職に注文が集まる。


 対龍抗槍は熟練の職人が数人懸かりでないと作れない。作り方を知っている者が少なく、分業制にしても製造難易度が高い。


 職にあぶれた熟練職人を呼び込むか。ユウトはすぐに「経歴さえあれば、どんなに体が衰えていてもよい」との条件で、街に急ぎ求人を出した。給与は通常の六割増しと待遇も良くする。


 職人の作業場となる工房の確保と住居の確保に努める。

 忙しい時には来客が重なる。しばらく、忘れていたリーがやってきた。


 上っ面だけだと思うが、リーは礼儀正しく依頼をする。

「僧正様、本山にお越しください」


「俺は暇そうに見えて、忙しいんですよ。実務は委任しているので、高僧たちで寺の運営を回してください」


 少しばかりリーは困った顔をする。

「三僧正が集まり、次の大僧正を決める動きが出ています」


 人徳派の秘伝は欲しいが権力は要らぬ。まして、宗教的なシンボルにはなりたくもない。

「俺は大僧正に興味がありません。天徳派か地徳派から大僧正を出してください」


「話は、そう簡単にいきません。天徳派のアモン様も地徳派のウンカイ様も、大僧正になりたがっています」


 他にやってくれる人がいるなら好都合。されど、人徳派が人を出さないとなると、どちらも味方につけて支持を拡げたいと考えるのは、必然だ。


 こういう勢力争いの時に支持を曖昧にすると両方から敵視されかねない。お坊さんだから、人格者とは限らん。

「天徳派と地徳派どちらの指示を表明したらいいんですか? 高僧の意見は?」


 顔を曇らせてリーは認めた。

「僧正様が大僧正の地位に固執されないとは、ママル様からすでに聞いておりました」


 ママルは俺の心情をよくわかっている。俺も坊主の権力争いになんか、首を突っ込みたくない。宗教界の現状もよくわからないし、他の二僧正の人柄も知らない。


 リーは言葉を続ける。

「人徳派の意思決定機関は十三評議衆です。現在、天徳派指示が六人、地徳派指示が六人です。議長役の総代代理は指示せずです」


 厄介な状況だから俺に投げてきたか。ここで俺が支持表明すれば「人徳派の僧正様のご意見である」と責任を俺も負わせる気だな。どちらにしろ、恨まれるのは俺なわけか。


 こういうときは即断しない。でも、先延ばしにもしない。

「今年の新年会で意見表明をすると、十三評議衆の高僧に伝えてください」


 新年会を街で開くのは問題ない。むしろ、高僧たちが新年の挨拶に来ないとママルの機嫌は、すこぶる悪くなる。新年会までまだ日があるので、急すぎるとはならない。


「帰って伝えます。ちなみに今の僧正様の気持ちは、どちらですか?」

 なんだ、リーも気になっているのだな。リーは出世欲があるから勝ち馬に乗りたいのかもしれん。


「意見表明は新年会の時です」

 リーを追い返してあとで、サジを呼ぶ。


「天徳派と地徳派の現状、それにアモン様とウンカイ様の人となりを調べてください」

 サジは請け負ってくれたが、一言付け加える。


「僧正様は大僧正にならないのですか? ナム老師は人徳派出身の大僧正です。今なら天徳派と地徳派にもナム老師ゆかりのものが多数、残っています」


「有利とか不利で大僧正を決めてはいけない。もっと、信徒さんの立場を考えてください」

 サジは頭を下げて畏まった。


「下世話なことを申して、すいませんでした」

 サジは下がった。宗教関連はどう動くのが正解かはわからない。いざとなったら、秘伝でナム老師に訊けばいい。だが、わりかしどうでもいい判断に、寿命を二百十日も使いたくなかった。

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