第六十九話 アーク・ビショプ 対 グリフォン・ハイライダー
二人が襲いくる。二人は息を合わせる。キリクを右と左から挟んで斬りかかった。まずい、やられると思った。キリクはどちらもぎりぎりで避ける。そのまま、キリクは素早く剣を振る。敵は二人とも背中を斬られた。声をあげることなく二人は倒れた。
キリクの体格はチョモ爺やダナムほど良くない。剣の威力も筋力自慢の武人より落ちそうだが、倒れた二人が物語る。キリクの一撃に重さはない。だが、鋭い。剣の重みを充分に活かした攻撃。剣士の剣そのものだった。
先ほどのぎりぎりの回避は避けるのに苦労したのではない。見切っていた。
三人目はキリクを凄腕と認めた。相打ち覚悟で剣を振り上げてキリクを正面から襲う。
キリクはこれも紙一重で見切った。薄暗い中で毒が塗られた剣を引きつけて避ける。至難の技をキリクは生き死にが懸かった戦いでやってのけた。
キリクは狙いすました一撃を相手の首に見舞う。動脈が斬れたのか夜空に血飛沫が舞う。キリクは飛び散る血も綺麗に避けた。最後の一人の敵は斬り合いに慣れていないのか、味方の血を顔に浴びた。
敵の視界が閉ざされたチャンスをキリクは見逃さない。キリクは残りの一人の頭に剣を振り下ろした。骨が砕ける音がして最後の一人も横たわる。
敵は弱くはない。訓練を受けていた。下手な冒険者よりはずっとできる。もしかしたら、キリクより長く剣を振るっていたかもしれない。
だが、年若いキリクに簡単にあしらわれた。キリクの剣は天才の剣だった。グリフォンを駆る派手さに目を奪われがちだが、理解した。キリクは空でも強いが、陸でも強い。
一時は冷っとしたが、無傷で切り抜けた。キリクが厳しい顔でユウトに命令する。
「気を抜かないで、敵はまだいます」
指摘されれば刃物沙汰の戦いなのに、傍観している町人がいる。
通報する。ないしは、逃げるなら、わかる。見学はおかしい。
さっと辺りを見回すと、遠巻きにこちらを窺うのは五人、恰好は町人だが、様子は明らかに変だ。五人が武器を抜いてキリクに向かって走り寄った。
暗殺対象はキリクか。キリクを助けたい。武器は倒れている男の剣を拾えばいい。だが、ユウトの剣術の腕は素人に毛が生えた程度。下手な加勢は、かえってキリクを危険に曝す。
ここでユウトは斬られた男が立ち上がろうとしているのに気が付いた。一人ならキリクの剣筋が浅かったと考える。だが、斬られた五人が立ち上がろうとしている。
回復しているのか? 致命傷を治す治癒系の魔法はある。致命傷の傷を短時間に複数名も回復できるのなら、どこかに治癒に特化した上位職がいる。
襲撃者の中に術士は見えない。とするなら、どこかに隠れている。
もし、魔法で隠れているなら簡単には見つからない。
いくらでも敵が立ち上がるのなら、キリクでも掠り傷くらいは負う。
敵の武器には毒が塗ってある可能性がある。このままでは、負ける。
「誰か! 誰か! 助けてください」
だが、誰もユウトの声に反応する者はいない。助けが来ない状況にユウトは焦った。
キリクが新手を斬り伏せたが、先に斬られた五人が立ち上がった。
立ち上がった五人はユウトに向かってきた。
暗殺対象はキリクではないのか。
敵は襲い掛かる順番を変えてキリクを揺さぶる。そうしておいて、俺を殺す気か。
ユウトは走って屋敷に助けを求めようかとも考えた。家にはママルがいる。サジもいる。キリンの世話役の武僧たちもいる。だが、ユウトは踏み止どまった。
回復系上位職の他に敵が隠れていたとする。そうすれば、一人になったユウトが危ない。
まずい。このままでは、俺もキリクもやられる。ユウトが命の危険を感じた時だった。
暗闇から一人の老婆が現れた。顔は知っているメリカだ。メリカは戦いを気にした様子はない。メリカは人の良い老婆に見えるが、ママルをして凄腕と評価させていたので、これくらいは気にする必要はないのかもしれない。
メリカが軽く手を振った。襲撃者が急に宙に浮く。襲撃者は狼狽えたが、地面に足が付かず、進も引くもできない。
十人の男が空中で横になると一気に捻れた。即死だった。仮に敵の上位職が捻じれた雑巾状態になった人間でも治せるとする。でも、ここまで酷い状態なら襲撃者はすぐには立ち上がれない。
窮地を救ってくれたメリカだが、キリクは知らないので警戒していた。
間違いがあっては困るので、ユウトはメリカに礼をいう。
「助かりました、メリカさん」
メリカはユウトから目を離し、暗がりに目を向ける。
「まだじゃよ」
体が急に重くなった。ユウトは立っていられず、地面に這いつくばった。
キリクは立っているが、よろめいたので、キリクにも影響している。
ただ、メリカには効いていない。メリカは軽い調子で口にした。
「アーク・ビショップとな? ムン導師たちが討ち漏らした奴じゃな。なかなか、やりおる」
見える範囲にアーク・ビショップらしき人影は見えない。
メリカが飄々とした態度でユウトに声をかける。
「いま術を解いてやろう」
ユウトは焦り意見した。
「俺を助けるより先にアーク・ビショップを倒してください」
「奴なら、もう逃げたぞ。もっとも逃げ切れはせなんだけどな」
疑問が湧く。なんだ、全ては計算の内だったのか? でも、誰が。
暗闇から一人でムン導師が現れた。ムン導師は手に木製の丸いお盆を持っていた。
お盆の上には若い女性の首が載っていた。
「僧正様、遅れて申し訳ありません。今度こそ、邪教の首魁を討ち取りました」
女性には見覚えが全くなかった。ムン導師の言葉でなければ信じられない。
ユウトは囮にされた。だが、今回は危なかった。
襲撃がわかっていたなら、もっと丁寧に作戦を運んでほしい。
メリカがキリクにお願いする。
「若いの、儂は足腰が弱い。老体を気遣う心がある優しさがあるなら、軍に知らせてきてくれ」
キリクは不安そうな顔でユウトを見た。ユウトは頭を下げて頼んだ。
「お願いします。ここは、私を助けると思って協力してください」
キリクはメリカに害がないと判断したのか了承した。
「ワインのお礼として、ひとっ走りしてきますよ。酔い覚ましにはもってこいです」
キリクが走り出すと、メリカはユウトに背を向ける。
「死体を十人も片付けるとなると人がいるのう。どれ、サービスで武僧に知らせてあげるよ」
現場にはムン導師とユウトが残る。
ムン導師は盆を地面に置くとユウトに語り掛ける。
「僧正様、手紙を私に出すのをお忘れなく」
意味がわかりかねると、ムン導師は説明してくれた。
「人徳派僧正の秘伝とは、人に想いを伝える術です。ひとたび秘伝を使って手紙を記せば、時を超えても人に届きまする」
前にも亡くなったミハイルに手紙を出したら返事が来た。秘伝は死んだ人と交信する術だけではなく、過去に手紙を送って未来をも変えることも可能か。だとしたら、かなり強力だな。
ロックなら大儲けできると喜ぶだろう。
「俺が秘伝を使って襲撃をムン導師に伝えたのですか?」
ムン導師は厳しい顔で戒めた。
「手紙は届きました。ただし、僧正様、これだけは忠告しておきます。秘伝は乱用してはなりません。また、私欲のためには使えば身を滅ぼしますぞ」
秘伝は大きな力だが、制限があるんだな。無節操に使うと後で大きな反動があると見た。
現場にやってきた軍人が武僧の協力を得て死体を片付けた。軍属のキリクがいたので話はスムーズにいき、面倒な事態にならなかった。
帰ったユウトは、さっそくムン導師に救援を要請する手紙を書いた。最初は詳細に襲撃内容を記載した。すると、手紙が光らず、秘伝が発動しない。長すぎる手紙は送れないのか?
三度、書き直す。短くしてやっと送れた。
朝を待って、ママルに尋ねる。
「人徳派の秘伝って使い過ぎると、どうなるんですか?」
ママルは畏まって教えてくれた。
「秘伝は一回使うと二百日と十日、寿命が縮むと伝えられております」
乱用を戒めるための方便かもしれない。だが、本当だったら、乱用すれば早死にするのか。これは、ここぞという時にしか使えないな。




