第六十六話 サイメイの心
屋敷に着くとサイメイの手当てをママルに頼む。
ユウトは料理人に詫びに行った。
「お客は着きましたが気絶しています。宴席の開始はお客の気が付いてからで頼みます」
料理人はしかたないとばかりに諦める。
「材料が無駄にならなかっただけ、いいです。鶏は高価ですから」
肉の価格が上がっているのは知っている。だが、贅沢品ではない。
「今、鶏っていくらなんですか?」
料理人が教えてくれた価格は、いつもの倍以上だった。
高いな。特別な鶏なのかな?
「上等な鶏を仕入れてくれたのですか?」
「それもありますが、ここ三日で急騰ですよ。市場でも鶏が目に見えて減りました」
一次的な品薄ならよい。だが、食料品の値上がりは庶民の生活を直撃する。
生鮮食品の物流が滞った、との報告が上がっていない。
鶏がどこかの村で急に病死していたら、注意が必要だ。
敵はどんな手で攻めてくるかわからない。予兆の見逃しは避けたい。
サジが厨房にユウトを呼びにきた。
「サイメイ様が目を覚ましました」
「早く気が付いて良かった。怪我はしていないのか」
軽い調子でサジが答える。
「ぴんぴんしておりますよ。気絶も演技ですね。あれは」
気絶した振りをして逃げるタイミングを窺っていたのか、強かな女性だ。
食堂に行くとサイメイが待っていた。サイメイが顔を覆っていたフードを外す。
サイメイは南方人特有の褐色肌に黒髪の女性だった。
身なりは喧嘩のせいか薄汚れていたが、貴族らしい気品がある。
髪を後ろで結び、化粧はない。着飾れば綺麗な娘だろう。
サイメイは、しずしずと礼をする。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
挨拶は丁寧で立ち姿は美しい。とてもではないが、夫の陰茎を噛みちぎった。荒くれ者ども相手に一歩も引かず喧嘩をする。そんな女性には見えない。
噂と違うな。見た感じは賢い商人の娘に見える。だが、『見える』と『そうである』は違う。やっている所業が所業だけに、見誤って味方に引き込めば大怪我する。
「怪我がなくて何よりです。宴席を始めましょう」
ママルの給仕の元、宴席が始まる。サイメイはお上品に食事を摂る。
「サイメイさん、なぜ、荒くれ者どもと揉めたのですか」
澄ました顔をして、サイメイはさらりと断言した。
「正義のためです。彼らは貧しい人を騙して、スッポンを不当に買い叩いておりました」
立派なセリフには聞こえる。でも、ここまでは、よくある話だ。
スッポン漁は北西の村と南西の村で行われる。二村は林業が主体の貧しい村だった。
重労働ができない子供が河や沼でスッポンを獲って商人に売って生活を助けていた。
産地で買うと安いが、消費地まで運ぶと高くなるのは、世の常。これだけでは、業者が悪いとは判断できない。
スッポンの旬は秋。秋口ではまだ気温が高く肉の状態では傷みが早い。生きたまま運ぶにはコストも掛かる。
「安く買って、高く売るは商売の王道。悪事とは一概に判断できませんよ」
サイメイは怒らず、理性的に反論する。
「物には限度があります。価格差が八倍は儲け過ぎです」
買い叩きの値段だな。寡占だけでは設定できない値段だ。流通経路に何か仕組みがあるな。
北西の村も南西の村の庄屋も同業者なので知っている。純朴な人間で悪い人ではないが、利益に疎い。二村には産業が乏しく、支配する貴族はどちらも商売に疎い。
戦争中で手柄を立てれば出世ができる。金がほしいのはわかる。そこを業者に丸め込まれたか。理解できる流れだ。
買い叩きは重税と同義。税ではないぶん反発が低いと読んだのだろうが、あまり感心しない方針だった。とはいえ、ユウトの管轄ではないので生産地の介入は不可能。
ただ、いくら買い叩いても、売れなければ意味がない。ユウトの街が消費地なので、街側で仕掛ければ勝算ありとサイメイは判断していた。
助けてはあげられる。だが、ユウトは、あえてサイメイを試した。
「少々高いですが、違法ではない。法に触れないなら、許される取引ではないですか?」
サイメイは、あっさりと認めた。
「法に触れている証拠はありません。立証も難しいでしょう」
意外だな、俺の主張を認めるのか。
「なら、代金を踏み倒した貴女が悪い」
「庄屋様、それは違います。私がやったのは踏み倒しではありません。これは、れっきとした取り込み詐欺です」
この人、詐欺って自分で告白しちゃったよ。
ユウトの驚きをよそに、サイメイはすらすらと語る。
「詐欺と知ってやるので証拠も残しません。立証も難しいでしょう」
さっき、あっさりと認めたのは、このセリフの前振りか。
サイメイは悪びれることがない。
「金のない商人に商品を渡すほうが悪いのです」
法律論なら、リシュールを呼ばねば判断が付かない。だが、サイメイが悪とされても、きっと訴訟費用と手間で考えれば、訴え損なんだろうな。だからこそ、相手は荒くれ者を使った。
だが、これも読まれていて、暴力沙汰に出て、逆にやられた。これでは、もう悪徳業者に解決法はない。悪徳業者は泣き寝入りだね。
感心したが、態度を偽る。
「悪事を悪事でやり返すなんて、それは卑しい人間の発想ですよ」
サイメイは怒らない。ただ、優雅に持論を展開する。
「兵卒や将だけが戦争するのではありません。百姓も樵も、生きるために戦争をするのです」
「何がおっしゃりたいのですか?」
「戦争において、相手に容赦してはいけないのです。弱者は一度の敗北で全てを失しないかねない。ならばこそ、やると決めたら、できる策は全て講じて相手を叩き潰すべきです」
軍師としては立派だね。芯も通っている。
「貴女は勝利されたわけだ。それで、気分よくご飯が食べられる、と」
「いいえ、庄屋様。憎しみで戦うは、卑しき三文文官の仕事です。戦いに大義は必要。でも、怨恨は必要ないのです。向こうが従うのなら、組み入れます」
立派なセリフを発したサイメイだが、顔には勝利の喜びがあった。
俺、この人を好きかもしれない。
ユウトはサイメイの理屈ぽさと人間臭さに好感を持った。




