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第六十五話 遅れてきた客人

 昼食会の日になる。サイメイは何が好物かはわからないので、鶏を使った宴席コースを料理人に用意してもらった。


 マオ帝国を構成する南方人は牛肉を食べず、豚肉を好まない。天哲教でも天徳派と地徳派では豚肉は忌避すべき食材となっている。


 肉といえば家禽の類かヤギが好まれる。家禽は主に鶏とアヒル。アヒルのほうが少し安いが、街では鶏が好まれる。東部地方の鶏は元闘鶏用の品種だった。濃い茶色の毛を持ち、闘争心が強い。飼育にはコツがいるが、肉は美味と評判ある。


 マオ帝国人は水産物も喜ぶが、街は山に囲まれた平野にある。魚といえば鯉、鯰、鱒、が一般的だった。あとは、岩魚、山女魚が少量、流通している。泥鰌も獲れる。こちらは現地生まれの人間は食べるが、外から来た人間には不評である。


 他にも高級食材として淡水亀がある。泥抜きをすれば美味しいのだが、南方人は亀を縁起物として考えている。地域によって亀を食べるのを良しとしない人もいるので、避けた。


 料理の準備はできたが、肝心のサイメイがこない。予定の時間が一時間を過ぎている。

 遅いな、迎えを出すか、と思っていると、ママルがやってくる。


「お客人が来ています」

「やっと来たか。遅れた件は怒らないであげて」


 ママルが困った顔で告げる。

「サイメイ様ではありません。髭面の大男です。名はチャド。本人曰く、弓の達人です」


 自称は困るのだが、ママルが会わせても良いと判断するなら、単なる騙りではない。

 もしかして、弓兵職のロードかな? まるで心当たりがない人物だ。


 接客中なら断る。サイメイは遅れているので暇つぶしに会ってみるか。

「今日は他に来客があります。サイメイが来るまでなら、いいですよ」


 ボサボサの黒髪で髭面の中年男はいかにも山の狩人といった格好をしていた。

 身に着けている革製品は使い込まれており、年季を感じる。


 武器はママルに預けてあるのだろうが、素手でもユウトを殺せそうだった。

 チャドは先ほど喧嘩でもしたのか、顔に痣があった。身なりも少し乱れている。


 仏頂面でチャドは切り出した。

「チョモの親父が世話になっていると聞いた。何かお礼がしたい。何がいい?」


 チョモ爺の息子か。体格は良いのは父親似だな。期待して、いいかな。

「助けていただいているのは、俺のほうです。お礼ならこちらからしたい」

「恩に着る。親父を頼む。親父はここが気に入っている。連れて帰ろうとしたら、殴られた」


 チャドは無理にチョモ爺を連れて帰ろうとして喧嘩になったのか。老いた親が心配なのはわかるが、思い込みが強すぎるタイプかな。


 チョモ爺が全盛期の力を持っているのを知らないから加減したかもしれないが、殴り合いまで行くって相当なもんだぞ。


 チャドはプイっと背を向ける。

「用件はそれだけだ」


 チャドは話が好きではないのか、用件を告げると帰ろうとした。

 ハルヒが慌てて飛び込んできた。

「大変です。庄屋様、サイメイさんが荒くれ者の喧嘩に巻き込まれています」


 来ないと思ったら事件に巻き込まれていたのか。よくよく、トラブルを呼ぶ女性だ。

 軍を呼びにやるのも時間がかかる。ママルと武僧を救出に向かわせるか。


 チャドが軽い調子で申し出る。

「場所はどこだ。俺が助けてやるよ」


 ハルヒと一緒に現場に向かう。護衛としてママルにも同行してもらった。

 四人で十五分ほど走る。現場に到着した時はユウトだけが息を切らしていた。


 ママルには老婆・ロードの力が及ぶが、ハルヒにも体力が劣るとは思わなかった。俺は少し鍛えないといかんな。


 荒らくれ者は十人。気絶したサイメイを担いでいくとこだった。

 ユウトが頼まなくてもチャドは飛び出した。問答無用で荒くれ者どもを殴っていく。


 荒くれ者はそこそこ強そうだったが話にならない。刃物を持っていようが、棍棒で武装していようが、チャドには攻撃が当たらない。


 対してチャドは相手を一発で確実に気絶させる。九回だけ殴ったところで相手は一人になっていた。ユウトが呼吸を戻す前に決着していた。

 さすが、チョモ爺の息子だ。父親に似て喧嘩慣れしている。


 残った男は勝てないと悟ったのか大声で抗議した。

「待て! 悪いのはそっちの女だ。女がスッポンの売掛金を踏み倒そうとしたんだ」


 嘘だと思うが、事情はよくわからん。

 人だかりの中にアメイがいた。アメイは渋い顔をして遠巻きに見ていた。


 アメイは武人ではないが、素人の喧嘩自慢の十人や二十人に負ける人物ではない。それが静観を決め込んでいたのだから、もしかして悪いのはサイメイか。


 見た目は荒くれ者だけど、まさか見た目だけなのか。だとしたら、悪いことをした。

 アメイに近寄って尋ねる。

「悪いのは、どっちですか?」


 アメイはやれやれとばかり首を横に振って答える。

「どっちも、どっちです」


 即答だった。サイメイが百悪いのでなくて良かったが、間違った介入をしたのか。

 ママルがふんと鼻を鳴らしてきく。

「それで、踏み倒された代金はいくらだい」


 男の告げた値段はスッポン二百頭にもなる代金だった。

 金額を聞けば男が怒るのは当然の額だった、


 ママルが男を睨みつけて凄む。

「高い。五分の一にしろ」


 男は面食らったがチャドがユウトに尋ねる。

「俺はどっちでもいい。もう一発ぶちかまして値切るか」


 これではどっちが悪役かわからん。

 ユウトが迷っている間にママルが財布から大銀貨を八枚取り出す。


 ママルは男を睨んで近づく。ママルは男の手を強引に引っ張ると大銀貨を握らせた。

「釣りは要らないよ。これで終いだ」


 男は抗議したそうだが、殴られた上に代金を踏み倒されては堪らんと妥協した。

「わかった。それでいい」


 交渉というより威圧外交に近いな。俺は良いイメージの庄屋でいたかったんだが。

 逃げるようにサイメイを連れて屋敷に戻った。

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