第六十四話 才女の名はサイメイ
邪教討伐の内容が詳しくわかってきた。手口は天哲教団の地徳派の武装の精鋭三十名が乗り込んでの討伐作戦だった。邪教徒には女子供もいたが、容赦なく皆殺しにされた。また、乗り込んだ武僧も半分以上は帰らぬ人となった。
死者は百名を超えて、アジトがあった西の村は地の匂いがしばらく消えなかった。
ユウトは考える。果たして現場にいたら、こんな作戦を採用できただろうか。難しい決断だ。ユウトの住む付近はマオ帝国が制圧する前は王国領だった。王国民にすれば天哲教は生活になじまない異教。邪教と見做されれば殺されると噂が昇ると天哲教の評判はさがった。
効果があるかわからないが対策が必要だ。ユウトはアメイを呼び出した。
アメイはすぐにやってきた。アメイの顔には非難の色がないのが救いだった。
「邪教徒討伐に関して噂を流してください。天哲教は恐ろしい宗教ではない、と」
「無理ですね。人心は曲げられませぬ」
「では、方向を変えてください。邪教徒と討伐したのは地徳派であり、街の主要宗派は人徳派。宗派が違うと広めてください」
生活文化が違う街の人間には宗派の違いなどわからない。日々、ママルと付き合うユウトだって、三宗派の細かい違いは上手く説明できない。下手な広報活動は逆効果を生みかねない。
アメイはマオ帝国発祥の地の南方人でありプロの間者である。情報の流布は得意だ。
ユウトをしっかりと見据えてアメイは尋ねる。
「聞いておきますが、地徳派を悪者にするのはひとえに保身からですか?」
「村の付近には旧王国民とマオ帝国民が暮らしています。また、街を通る兵士は元々マオ帝国由来の南方人ではありません。マオ帝国に併合された国の人です」
ユウトの街の弱点を知っていた。街にいる人間は様々。文化背景が違う人間が集まれば何かの拍子に分断されやすい。街の機能が止まれば、山の民にも極東の国にも有利に働く。
ならば、狙って来る作戦行動は当然。敵は支援した邪教が潰れた時の戦い方も考慮していると考えたほうが無難だ。
「わかりました。全ては街のための言葉に偽りがないことを期待しましょう」
アメイがわかってくれるなら嬉しい。アメイの言葉には続きがあった。
「ところで、今回の仕事には特別な報酬がほしい」
仕事の度に報酬は渡している。「特別」の言葉が気になった。
「いいですよ。カクメイさんが生きていた頃からの付き合いです。遠慮なく請求してください」
アメイはさらりと告げる。
「村の年寄役として一人雇ってください。名はサイメイ。カクメイ様の孫です」
カクメイの孫なら是非とも会いたい。カクメイ譲りの知恵者なら欲しい。
期待を持って尋ねる。
「どんな、方ですか?」
「カクメイ様が大変可愛がっていた才女です」
「そんな人ならなぜもっと早く紹介してくれなかったのですか」
アメイは重要事項を涼しい顔をして報告した。
「サイメイ様は犯罪者として大貴族から追われています」
犯罪者、しかも大貴族から狙われているとは穏やかではない。
「何をやったんんですか?」
「大貴族の跡継ぎの陰茎を嚙みちぎりました」
ちょっと待ってくれよ。これはなんか大事件を起こしているぞ。
気性が荒いのも凄いが、宮廷でも噂になっているはず。
「相手の貴族は陰茎の怪我が元で死んだのですか?」
「いいえ、生きています。だから、始末に悪い」
大事なところを傷つけられた上、そんな醜聞が広まればキョウメイを殺したいだろうね。
これ引き受けたら、政争に脚を突っ込むな。しかも、アメイ経由だから「知りませんでした」は通用しない。
「帝国内での扱いは重罪人ですか」
「いいえ、そもそも相手の大貴族から被害届は出ていません。もっとも、新婚の妻に陰茎を噛みちぎられ家を出ていかれた、と訴えれば処罰はあるでしょうね」
これはあれか、格好が悪くて訴えられなかったのか。でも、噂好きの宮廷人なら知っているし、被害にあった大貴族は相当恨んでいるぞ。暗殺も企てられている気もする。
デメリットは見えたが、メリットはいまだ不明。果たして、大貴族に恨まれても引き受けるだけの価値のある人材なのか。
不安になったので質問する。
「大貴族ってどれくらいの規模ですか?」
「規模はこの地を治める貴族の二十二倍です」
この地方の生産力は最新の統計では五万石。相手は百十万石。戦国時代なら領主様でも勝負ならない。見送りたいが、まともな名将、名軍師ははすでにどこかが召し抱えている。
庄屋の下で知恵を貸してくれる若くて頭の良い人間なんてそうはいない。アメイの紹介でもある。頭は良いのだろう。頭は……。
「先に会わせてもらえますか。カクメイさんが才女と評価するなら間違いないでしょうが、会ってから決めたい」
「では、明日にでも面会させましょう」
心の準備がどうのとは言ってられない。大事な用件を後回しにしては先がなくなる。
ユウトは昼食会のセッティングを決めた。




