第六十二話 教団の目
夏の暑さがピークを越える頃、ついに戦争が本格化した。
集結したマオ帝国兵が次々と山へ侵攻を開始する。
山道は狭く、一度に多くの兵は攻め入れない。
遅々として進まない、とのユウトの予想は外れた。
マオ帝国は、村から続く手近な山の大きな砦を占拠した。
山の上からは見晴らしがよく、敵を警戒できる。だが、水の補給が問題となる。
いくら精強なマオ帝国軍でも、水がなければ戦えない。
砦から一番近い東の村の庄屋はユウトである。商人の話から、砦には食糧、塩、酒は運ばれていた。だが、水は運ばれていなかった。兵士が渇きに苦しんでいる、との情報は、ない。
帝国軍は山の上に水を補給する手段を確保していた。どんな方法を使っているかはわからない。街の庄屋がわかるようなら、敵に知られる。水の補給路は砦の生命線なので、軍事機密になっていた。
ユウトは地図を眺めながら考える。最初から躓くようでは、異種族が暮らす山脈を制圧するなど、絵に描いた餅も同然。ましてや、山脈を超えて極東の国に攻め入るなど、夢のまた夢だからな。
ウィンが機嫌よくやってくる。
「庄屋殿。キリンの力は、やはり偉大です。キリンの力を込めた旗を作れます」
旗? 武器とか兵器ではないのか? 役に立つのかな。
ウィンが自信たっぷりに図面を机の上に広げる。
「ロード職から遠く離れた場所でも、この旗が近くにあれば周囲にロード職が持つ強化効果が発揮されます」
凄い発明だが、良いことずくめなわけがない。
「敵のロード職も強化されるとか、ありませんか?」
「旗の製作時に強化できるロード職を決められます。相手に同種のロードがいれば、相手のロード職も強化されますがね」
やはり欠点があったか。敵も強くなるでは困る。相手に奪われたら厄介だ。だが、現状の欠点はカバーできる。老婆・ロードの存在はユウト一人しか確認されていない。
とりあえず、旗を老婆・ロードに特化しておけば、敵に利用されるわけではない。
「まさかとは思いますが、作成材料にキリンの命がいるとか、言いませんよね」
キリンを材料にしたら、ママルは激怒する。天哲教もここぞとばかりユウトを僧正から追い落とす。さらには怒った皇帝に処刑されかねない。
「キリンの命は必要ありません。ですが、大元の能力の効果発生源になるロードは、常にキリンから八百m以内にいる必要があります」
ロードがキリンの傍から離れすぎるとダメか。これも、俺なら問題ない。キリンは俺の家の庭に住んでいる。キリンは人を見るから、誰でも近づけないのも好都合。
「となると、問題は製作費か」
ウィンは算盤を弾いて金額を提示する。市場にない特注品だけあって高い。
旗の一本を作るのに、米が五百俵は買える。
ただ、街の財力ならローンを組めば一ダースでも揃えられる。
「お金はどうにかします。とりあえず、十二本を作りましょう」
ウィンが目を瞑って、腕組みする。
「作るのはいいですが、キリンは一頭しかいません。同時に作用できるのは八本。よくて十本ですな」
ユウトが担当している村は六村。当面は六本あれば良い。
将来的に増えるとしても、十か所に力を伸ばせれば御の字か。
銀行でウィンの口座に金を移した。
ウィンは研究費が確保できて、すこぶる機嫌も良く帰って行った。
帰るとママルが待っていた。ママルはあまり見せない厳しい表情をしていた。
「邪教に動きがあります。この村を狙っているようです。こちらから討って出ましょう」
武僧は強い。だが、強さの秘密は老婆・ロードの力があってこそだ。
討伐に出るのなら、ユウトの出陣が必要だった。
旗はまだできていない。村からユウトが動けば拠点の老人たちが弱体化する。
迂闊には動けない。
「敵のアジトはわかっているのですか?」
「天哲教には『教団の目』と呼ばれる集団がおります。教団の目が見つけました」
教団の目? そんな組織があるとは聞いていないな。
「初めて聞く言葉ですね」
「教団の目は地徳派の抱える集団です」
問題だな。俺は天哲教の人徳派の僧正だから、教団の目にも威光が及ぶ。
でも、他派なので監督権は及ばない。
天井を見つめて考える。地徳派の隠密集団か。天哲教団内での争いは聞き及んでいない。
地徳派と天徳派のトップにも僧正がいるが、他の二人の僧正とは面識がない。大僧正の席も未だ空位だ。
ユウトは大僧正になりたいとは思っていない。誰がなっても良いと思う。ただ、他の二人も同じ考えとは限らない。
天哲教は信者に厚く信頼されていた。教団内の醜聞も噂されない。
噂が存在しないから悪行がない、と考える判断は愚かだとユウトは考えていた。
僧侶って世俗の権力には興味なくても、教団内の地位となると固執する人がいるからな。
ユウトの街にある大きな寺は、武僧たちの隠居寺。
送られてくる武僧は高齢。当人たちも寿命が長くない状況を理解している。
残された時間を「ありがたや」と思い暮らしている。
ユウトの周りはみな権力に未練がない模範的な僧侶だ。
「ママルさん、邪教の裏には誰かいると思いますか?」
礼儀正しくママルは見解を語る。
「天哲教団内にそんな邪な人間はいない、と思っております。ただ、今この地は係争の地。我らの徳が及ばぬ他国の陰謀となると、わかりません」
ママルは強いが、智謀に優れた人物ではない。
「誰か知恵者は、おりませんか?」
「ムン導師が賢いと聞き及んでいます。元は地徳派の導師です。この街に流れて来ており、小さな私塾で子供に読み書きを教えています」
有能な人材がいたのか。これは会いにいかねばならない。相談役がラジットだけでは将来が不安だ。街ではお年寄りは積極的に登用しないとダメだ。
「ムン導師に会って、意見を聞いて決めます」
【遅れましたがご報告】
コミックファイヤで『おっちゃん冒険者の千夜一夜』が漫画化されています。




