第五十三話 お孫様
キリンは馬よりも飛竜よりも速い。二時間もかからずに、南西の村に着いた。
ユウトを見た村人は逃げるように家の中に入った。
ユウトは村の庄屋の家を目指す。
庄屋の家の使用人もユウトを見ると逃げた。
「待ってください。隣の村の庄屋のユウトです」
ユウトが叫ぶと、そっと戸を開けて庄屋がでてきた。
庄屋は新年会でユウトと会っていたので顔を覚えていた。
「ユウト殿ではないですかどうなされた」
「ダイダ王子が蟹を食べたいと騒いでおりまして。困っております」
庄屋はユウトに同情した。
「偉い人ってのは、こちらの事情を考えてくれませんからね」
「助けていただけないでしょうか。お金は持ってきました」
ユウトが金貨を見せると庄屋は驚いた。
「河蟹なんて珍しくもなんともない。それは多過ぎますよ」
「夕方までに帰らないといけません」
「急ですね。でもいいでしょう。人を手配して獲ってきます。難しい漁ではないので」
庄屋の号令で村人が集められ急遽、蟹獲りが行われる。
蟹は村を流れる河のすぐ上流で獲れた。
この村は人が少なく開発も進んでないから自然が豊かなんだな。
河蟹は木箱に濡らしたおがくずと一緒に詰められる。
夕食にぎりぎり間に合うかどうかの時間だった。
「助かりました。このお礼はいつかします」
庄屋は笑顔で送り出してくれた。
「困った時はお互い様ですよ」
キリンに乗って村に戻る。夕食時を少し過ぎていた。
調理の時間を考えると間に合わなかったかな。
庭にハルヒが待っていたので謝る。
「ごめん、思ったより時間がかかった。夕食は終わった?」
「庄屋様が出発したあとに村の老人とお菓子を作りダイダ王子に献上しました」
お菓子を食べさせて、お腹が空かないようにしたのか。
「蟹が手に入ったと専属料理人を呼んでくれ」
専属料理人は蟹を見て驚いた。
「これは驚いた。まだ、河蟹が育つほどの清流が残っていたのですね」
大都市付近は人口増加により水質が悪いから、河蟹なんていないからな。
夕食の席にはユウトも呼ばれていたので、出席する。
女官がせっせと蟹から身を外し。ダイダ王子と母君に差し出す。
ダイダ王子は嬉しそうだった。
母君は不思議がっていた。
「これ本当に蟹かしら? ちょっと形が違うようだけど」
「河蟹を急ぎ空輸しました」
ダイダ王子が顔を輝かせる。
「キリンがいるの、乗りたい」
ちょっと待ってくれよ。キリンに権力は通用しないぞ。
「ダイダ殿下。キリンは霊獣、簡単には乗れません」
母君がむっとした。
「ダイダは皇帝の血筋です。キリンが従って当然です」
血統で従うと思えなかった。また、母君が不機嫌になるのか。
「今日はもう暗くなるので、明日にしましょう」
ダイダが膨れる。だが、夜の騎乗は母君が許さなかった。
「それもそうね。暗い中で何かあったら危険だわ」
母君の言葉なのでダイダは渋々従った。
翌日は朝食の時、ダイダはそわそわしていた。
キリンに期待している。
朝食が終わって身支度が終わるとダイダが浮き浮きして答える。
「キリンに乗りにいこうよ」
母親はキリンが従うことに疑いを持たない。
「行きましょう。でも、お行儀よく乗るのよ」
キリンは庭にいた。ダイダが近づくと、キリンは立ち上がる。
キリンはあまり機嫌がよくなかった。
ママルがそっと寄ってくる。
「僧正様、キリンが嫌がっております」
見りゃわかるよ。だが、ダイダは目をキラキラさせていた。
頼む、ダイダを蹴とばしたりしないでくれよ。
キリンは皇帝が保護する霊獣。ダイダは皇帝の孫。
ダイダが怪我をしても、どちらもにも咎めはいかない。
怒られるのはキリンでもダイダでもない。下々の者だ。
見渡せばお付きの者も護衛も冷や冷やしていた。
簡単には触らせたがらないキリンの態度にダイダが膨れる。
「こら、触らせろ。余を誰だと思うておる」
ダイダの言葉にキリンが腹を立てていた。
素直にダイダに触らせないキリンを見て母君も顔を顰める。
門のから声がする。
「それではいけません。ダイダ王子。礼を尽くすのです」
声がした方向を見るとウインがいた。
侍従がジロリとウインを見つめる。
「誰ですか貴方は?」
「キリンの研究者でパーシバル・ウインといいます」
ウインが来てくれたのはいいが解決するのか。
母君は胡散臭そうにウインを見る。
母君はウインを知らなかったが。侍従はウインを知っていた。
「ムガル大学の叡智と呼ばれたあの高名なキリンの研究者ウイン・パーシバル博士ですか」
ウインは威厳を持って答える。
「いかにも生きたキリンを研究するために大学を止めましたがね」
侍従の言葉に母君の態度が軟化した。
「名前は聞いた覚えがあります」
ウインの登場にキリンが困った顔をしている気がした。
キリンの表情が読めないのか、ウインはダイダの横に行き指示する。
「キリンに触りたければ、まずキリンの前で三度、平伏するのです」
ダイダはきょとんした。
「余が頭を下げるのか?」
「皇帝陛下もそうしてキリンに触れる許しを請いました。皇帝陛下も平伏したのです」
母君はダイダがキリンに頭を下げると聞き不機嫌になる。
だが、皇帝がしたのに孫であるダイダがしなければ不敬ともとられる。
ウインに促されると、ダイダはそういうものかと従った。
ダイダが平伏したのでユウトは手を合わせて拝んだ。
これでダメなら一悶着起きる。ここは俺のために妥協してくれ、頼む。
ダイダが平伏すると、キリンはしかたないとでも思ったのか触らせてくれた。
ダイダは無邪気にウインに聞く。
「それで乗るにはどうしたらよいのだ」
ウインがユウトを見る。
「キリンに乗るのには徳が必要です。私にはまだ徳が足りない」
ダイダが首を傾げる。
「徳とはどこで買える?」
優しい顔でウインが教える。
「徳は買うのではなく積むのです。聡明な皇帝陛下でさえキリンに乗ったのは十三歳です」
ダイダはダダをごねた。
「嫌じゃ。今すぐ乗りたい」
「では、庄屋殿と一緒に乗りなされ」
「ちこう、ちこう」とダイダはユウトを手招きする。
侍従がママルに命令する。
「すぐに鞍と鐙を持て」
穏やかな顔でウインが否定する。
「キリンは霊獣。馬具の類がなくても乗れます」
ユウトがキリンに近付いて心の中で頭を下げる。
キリンがしょうがないと折れてくれた。
キリンが乗りやすいように座ってくれた。
ダイダが笑顔になる。
「母上、キリンが背を許したぞ」
母君はうっとりした。
「さすが我が息子。できが違うわ」
勘違いだが指摘するほど馬鹿ではない。
ダイダとユウトが乗ったキリンはゆうゆうと空を飛んだ。
ダイダはキャッキャッキャッと喜んだ。
ユウトはダイダがはしゃぎすぎて落ちないように気を使った。
五分ほどでキリンは地面に戻る。
不満も露わにキリンにダイダは命じた。
「もう終わりか、もっと空を飛べ」
ウインが前に進み出て意見する。
「ここが限界でしょう。これ以上は勉学に励みよき為政者になるように修行を積みなされ」
「これではつまらん」
母君がダイダを注意する
「ダイダ、もういいでしょう」
母君は息子がキリンに乗れた事実に満足したか。
お付きの人も護衛も母君の言葉にほっとしていた。
落ちるかどうか気が気ではなかったんだな。
ダイダはそのあと村をみて回ったがやはりキリンを気にしていた。
三日の逗留を終え、ダイダと母君は帰った。
暗殺も誘拐もなかったが、疲れた。




