第五十二話 王子様のご要望
喧嘩があった三日後、ダナムが来る。ダナムの顔は明るい。
「マリク大佐がこの村を出たぞ」
乱暴者がいなくなり、ほっとした。だが、気になったので確認しておく。
「マリク大佐に怪我をさせたチョモ爺へのお咎めは、ありますかね」
ダナムは笑った。
「庄屋の家で暴れたあげく村の喧嘩自慢の老人に負けました。帝国軍人がそんなカッコ悪い報告をできると思うか?」
やろうと思えばできるだろうが、軍内での評価はダダ下がりだな。
「報告ありがとうございました」
ダナムを送ると、郵便が届く。
内容はダイダ王子が遊びに来る日程を伝えるものだった。
問題はない。事前に話があったから準備は進めていた。
翌日、来客がある。魔女のオオバだった。
オオバは愛想笑いを浮かべて切り出す。
「暇だから特別に占いをしてやろう。報酬は金貨三枚でいいよ」
押しかけ占いで金貨三枚は、ぼったくりもいいところだ。
普通ならお帰り願いたい。オオバは労働が嫌いだ。
そのオオバが占いとはいえ働くのなら何かお金が入用になったか。
ここはオオバさんのプライドを傷つけるのもなんだから頼むか。
財布から金貨を出してオオバに渡す。
「お願いします」
オオバはカードも水晶玉も使わずにあっさりと答えた。
「この村に悪い事が起きる」
赴任してから次々と事件が起きているので驚きはしない。
これではインチキとすら呼べない。
「それだけですか」と訊くと「そうじゃよ」とオオバは答え、背を向けた。
金貨を取られただけだが、一回目なので我慢する。
オオバが帰るとアメイがやってくる。
アメイの顔は苦い。
「庄屋様。極東の国の間者が何やら動いています」
「何をするつもりなのでしょう」
「わかりません。ですが、お気を付けください」
どう気を付ければいいかをアメイは教えてくれなかった。
カクメイが生きていれば安心できたが、カクメイはいない。
ダイダ王子の訪問に合わせて仕掛けてくる気か。
村で誘拐や暗殺があればユウトが責任をとらなければならない。
俺の首がまずいのかな。
ダイダ王子と母君が五十人の人間を連れてやってきた。
ユウトが先頭に立って挨拶をする。
「辺鄙な村ですが精一杯おもてなしさせてください」
ダイダの年齢は十一歳。南方人特有の褐色の肌に短い黒髪をしている。
母君は二十九歳でこちらも南方人である。王族に相応しく気品があった。
ダイダ王子は恰好は貴族が着る刺繡入りの絹の赤い服を着ていた。
ダイダは目をキラキラさせて聞く。
「僕の竜はどこ。すぐに合わせて」
期待度が大きいな。
竜舎に移動する。
体重が二百㎏にまで成長した真っ白な氷竜が待っている。
「これが僕のもの?」
ダイダは母君に微笑む。母君は頷いた。
「そうよ。好きな方を選びなさい」
ダイダは竜を見比べるが決められない。
氷竜の世話係のコジロウがお辞儀して説明する。
「雄のほうが気性は穏やかで乗り易いですよ」
「どっちが強いの」
「雌のほうが骨格が良いので雌のほうが強いです。ただ、気性は荒いです」
ダイダ王子は母君に頼む。
「僕の竜は強いほうがよい」
母君は困った顔をする。
「乗るのなら気性が大人しいほうにしなさい」
ダイダ王子の顔が悲しく曇る。
母君は態度を変えた。
「しょうのない子ね。なら、両方もらいましょう」
コジロウが驚く。
無理もない。選ばれなかった一頭はコジロウにやる約束だ。
ユウトは意見した。
「恐れながら、献上竜は一頭です。もう、一頭は村の財産です」
お付きの侍従が怒った。
「控えおろう。誰に物を言っているかわかっているのか」
母君は澄まして答える。
「お金なら払うわよ。おいくら?」
金があるのはわかるけどさあ。コジロウがやる気なくしたら竜は育たない。
かといってここで王族の不興を買うのも賢くない。
「一頭にしなさい。欲をかいてはいけません」
声のした方向にはラジットがいた。
ダイダが目を開く。
「ラジットか、どうしてここにおる」
「ここは私の隠居先です」
ラジットは元宮廷の賢者。ダイダと面識があってもおかしくはない。
ラジットは堂々たる態度で母君を諫める。
「王子が可愛いのはわかります。ですが、なんでも欲しがるからといって与えては教育上よくありません」
ラジットの言葉に母君は不満そうだが黙った。
お付きの人もラジットの言葉には異を唱えない。
これはあれか。ラジットは皇帝が選んだ王子の元家庭教師とかだったのか。
ダイダは頬を膨らせて意見する。
「ラジットはいつもそうだ。意地悪だ」
ラジットはダイダをしっかりと見据えた。
「ダイダ様。これはダイダ様のためなのです」
「わかった。竜は一頭にする」
コジロウがほっとした。
まだ、飛ぶのは危険なので竜に乗って外を歩くだけにする。
細心の注意をコジロウが払ったので、竜がダイダを振り落とすことはなかった
外を竜に乗って歩くだけだがダイダは満足していた。
飛びたいなんて無理を頼まれなくてよかった。
問題は思わぬところで起きた。
お昼を作ったところで、王家専属料理人が困った顔してやってくる。
「庄屋様。この村に蟹はいますか」
ユウトの村は山に囲まれた盆地なので海はない。
「見りゃわかるでしょう。蟹なんていませんよ」
「王子が夕食に蟹が食べたいとおっしゃっております」
これは嫌がらせか。でも、ただできないと答えるのも芸がない。
困っていると、ハルヒが手招きする。
傍にいくと教えてくれた。
「うちの村にはいませんが北西の村と南西の村に蟹はいますよ」
驚きだった。
「どっちも山の麓だよ。蟹はいないでしょう」
「山の清流には蟹がいるんです。地元の人間は河蟹と呼んでいます」
蟹は悪くなり易いから、地元でしか流通しない食材だな。
一番近い南西の村でも徒歩で一日はかかる。
夕方までには帰ってくるのは普通なら無理だ。
だが、村には霊獣のキリンがいる。
キリンを飛ばせば夕食には間に合うか。
でもなあ、キリンがやってくれるかな。
蟹を買いに行く準備をする。庭で眠るキリンに頼んだ。
「すまない。俺を西の村に運んでくれ」
キリンは言葉をしゃべらない。だが、嫌そうな空気は伝わってくる。
「やりたくないだろうけどさ。人間には人間の事情があるんだよ」
二分間、拝むとキリンは立ち上がった。




