第五十一話 喧嘩
春が終わる頃に待ちに待った水道が完成した。
人の増加に伴い水の需要が高まる村では水不足がおきつつあったので安堵した。
リシュールが計画書をもってやってくる。
「庄屋殿、水道局設置の議案を持ってきました」
「専任の役人を三人置くだけではダメですか」
リシュールはしずしずと検索した。
「水はもめ事を起こしやすいのです。きちんとした部署を作って対応したほうがいい」
中央で宰相経験のあるリシュールである。水では苦労したのかもしれない。
計画書には水道料の徴収で新たな部署を賄えるとあった。
「了承しましょう。水道局を作ってください」
村を歩くと村は賑わってきた。いまでは老人は目立たず若者が多い。
職があり、金がある場所に人は集まる。
だいぶ人が増えてきた。もめ事などおきなければいいが。
いまのところロシェたち駐屯軍が街の治安を守っている。
駐屯軍は強く、士気も高い。ロシェは汚職に厳しいので不正も少ない。
問題ないかと思っていると、そうはいかない。
散歩から帰ってくると、家の周りに人だかりができていた。
みれば、若い軍人と武僧たちが睨み合っている。
雰囲気は険悪だった。サジがいたので訊く。
「穏やかではないけどどうしたの」「兵士の隊長がキリンに乗ろうとしました」
「なんと、傲慢な。それでキリンは」
「隊長を雷で攻撃して、隊長が武器を抜きました」
「それ最悪だな」
隊長を目で探すとすぐにわかった。高そうなピカピカの鎧を着て。牡牛のような兜を付けている。
ただ、歳は二十歳くらいと若い。南方人ではないのか肌は黒く髪は赤い。
隊長に付き従うのが十三人。こちらも黒い肌の軍人で誰もが手練れだった。
武僧は二十人とおおいが、兵士たちは怯む様子はない。
これは武力衝突が起きるな。
「どけい」と大きな声がする、見ればハルヒがロシェとダナムを連れてやってきていた。
ロシェは隊長を睨みつける。
「この村の安全を皇帝より任されたロシェじゃ、なんの騒ぎだ」
副隊長かと思われる大男が胸を張って威張る。
「珍獣を見に来たら攻撃してきたから懲らしめようとしたところだ」
「珍獣」の言葉に武僧の顔付きがかわる。
宗教上の霊獣を珍獣って呼ばわりしたら怒るよ。
一触即発の空気が流れる。
ダナムがふんと鼻を鳴らす。
「なら、軍の先輩として俺がそっちの餓鬼大将を躾けてもいいわけだな」
隊長を子供扱いしたので今度は兵士の顔が険しくなる。
これはダメだ。流血が避けられん。
隊長は倍する敵に囲まれて悠然としていた。
「やれるものならやってもらおうか」
ダナムが笑う。
「武器を貸してくれ、このションベン垂れに身の程をわからせる」
ロシェが目くばせをすると、兵士の一人が剣を貸した。
隊長は目を細めて笑うと武器を抜こうとする。すると、副隊長が止める。
「若、いえ、マリク大佐。ここは私にお任せください」
「いいだろう、ナージフやってみろ」
ダナムとナージフが向かい合って戦う。真剣を使っての斬り合い。
鎧を着ていないダナムの動きは速い。だが、真剣での勝負なら一撃が命取りになる。
観衆が見守るなか、斬り合いっが続く。
勝負は二十合目に付いた。ダナムの剣がナージフの小手を打った。
ナージフが剣を落とす。ナージフは無理に剣を拾わず下がる。腰に付けた鉈を抜く。
勝負はあったとおもった。ダナムの剣を鉈では防げない。
ダナムが余裕の顔で尋ねる。
「どうした、まだやるか?」
ナージフは諦めていなかったが。だが、マリクが止めた。
「もういい、ナージフ。元々は俺が呼び込んだ戦いだ俺が始末をつける」
ナージフは食い下がると思った。だが、引き下がった。
「お気を付けください若。相手は強者です」
ダナムが剣の交換をして、ゆうゆうと発言する。
「いいのか? 逃げるなら今の内だぞ」
「ヤザン家の人間はどんな喧嘩も買う」
ダナムとマリクが向かいあう。戦いが始まる。
マリクの動きが速い。鎧を着けていないダナムと五分だった。
ダナムの顔色が険しくなる。対してマリクは笑っていた。
マリクが挑発する。
「御老体にいささか厳しいかな」
「ほざくな小僧」ダナムが怒った。
ダナムにできた一瞬の隙。マリクが剣の峰でダナムの手を叩いた。
ダナムが剣を取り落とした。マリクはナージフにやられた方法でやり返した。
マリクは強い。もしかすると、ロシェ以上かも。
負けん気の強いダナムは無謀にも徒手で戦おうとしたが。
「それまでだ」ロシェが厳しい顔で止めた。
ロシェとマリクが戦うのかどうかが気になった。
ダナムを倒しても息一つ切らしていない。
後方から声がした。
「その喧嘩、俺も混ぜてくれ」
観衆の視線が行く視線の先には大きなハンマーを持ったチョモ爺が立っていた。
チョモ爺は大きい体を揺らし、ユウトの前にきた。
「村で起きた喧嘩に軍が出る必要はなし。村人の手で片付けたい。いいかな庄屋殿」
チョモ爺は強い。酒場での喧嘩ではダナムに勝っている。
だが、不安だ。ユウトが決められないとチョモ爺は続ける。
「向こうの悪餓鬼にお灸が必要だ。悪餓鬼がロシェ殿に負けたら上官だったから、とみっともなく言い訳するに決まっている」
軍人同士の刃物沙汰ならロシェに処罰が行く。それではロシェがいい迷惑だ。
それに、ロシェが負けたら村の治安が揺らぐ。
こちらにはまだママルがいる。
ここはチョモ爺、ママルとぶつけてマリクの体力削ってロシェとぶつけるのが得策か。
「お願いします。チョモ爺」
「悪餓鬼の躾けは任せろ」
チョモ爺が参戦してもマリクは不平を言わない。
むしろ、歓迎している様子すらあった。
あいつ、戦いを楽しんでやがる。
体の大きいチョモ爺は素早さでマリクに劣るように思えた。
マリクはチョモ爺の攻撃を避けるのが容易いと読んだのか討って出ない。
チョモ爺はハンマーを大きく振りかぶった。
巨漢のチョモ爺が繰り出すハンマーの一撃は強力。
剣で受けようものなら剣は折れる。大振りでは素早いマリクに当たらない。
一撃でも入ればチョモ爺の勝ち。だが、勝利の一撃は入らないように思えた。
チョモ爺は振りかぶったハンマーを思いっきりマリクに投げた。
マリクは慌てず避ける。
ハンマーを避けた時にはチョモ爺はすでにマリクに密着していた。
「速い」
チョモ爺の移動速度はマリクにも予想できなかったらしい。
剣の間合いの内側に入られ密着したとするとマリクは躊躇わずに剣を捨てた。
マリクがチョモ爺に押し倒された。マリクが腰の短剣を抜く。
チョモ爺が脇を刺された。
だが、短剣の一撃より早くチョモ爺の拳がマリクの顔面を捉えていた。
意識が飛びかけていた状態での一撃は厚いチョモ爺の筋肉を貫けない。
チョモ爺は脇を刺されながら滅茶苦茶にマリクの顔をぶん殴った。
マリクが死ぬと思ったのか、ナージフが険しい顔で剣を抜く。
「それまで。もう、許してやってくれ」
ロシェの声が響くとチョモ爺は殴打を止めて立ち上がる。
チョモ爺は脇に刺さった短剣を抜くと無造作に地面に投げる。
「あとはあんたに任せる」
ロシェがマリクの部下たちに命令する。
「死なれては困る治療してやろう。従いてこい」
自分たちの隊長が怪我を負い、敗北したのでロシェに従った。
ユウトは武僧に頼んだ。
「チョモ爺さんの手当を」
チョモ爺は飄々と手当を辞退した。
「喧嘩で刺されるなんてこれが初めてじゃない」
チョモ爺が血を流しながら帰ろうとしたらハルヒが止めた。
「ちゃんと治療を受けてください。お年寄りは村の宝です」
ハルヒに言われるとチョモ爺はあっさり態度を変えた。
「そうか、じゃあ頼もうか」
刃物沙汰の喧嘩だが死人はでなかった。
だが、軍人が大挙してこの村を通るならまた同じ事件が起きる。




