第四十五話 ムーン・ウルフ
冬も盛りになると、問題が持ち上がった。
東の三村とユウトの村の間にスノー・ウルフの群れが出ると報告があった。
スノー・ウルフは賢く獰猛な獣である。本来の生息地はもっと北だ。
だが、餌がなくなると南下してくる。
それでも、人里まで出てきて人や家畜を襲うことは滅多になかった。
なんだろう、人が住まない北の山地で何かが起きているのか。
山の民なら何か知っているかもしれない。だが、教えてくれるとは思えなかった。
冒険者六人を雇い掃討に当たらせた。冒険者は帰ってこなかった。
狼が多いのかと思い、二十人で行かせたもののスノー・ウルフは発見できない。
状況だけ見ると、スノー・ウルフは確実に仕留められる獲物だけを狙っていた。
獣にしては状況判断が良すぎる。本当にスノー・ウルフなんだろうか。
村に噂が流れる。スノー・ウルフはムーン・ウルフに率いられている。
ムーン・ウルフは狼の中でもひときわ美しい毛皮を持つ。
それゆえ、乱獲によって絶滅したとされていた。
狩りに成功すれば一攫千金。冒険者が夢を追って狩りに出て行く。
冒険者は帰ってこなかった。ムーン・ウルフは人間の捕食者となっていた。
相手が狼なので、交渉も懐柔も効かない。
獣なので動きも早い。大勢で行ったところで逃げられる。
有効的な手段は護衛の数を増やすだけだった。厄介な敵だな。
春には穀物取引所が開く。
それまでには付近の街道を安全にしておく必要があった。
ラジットに相談する。
「スノー・ウルフの被害が止まりません」
ラジットの表情に深刻さはない。
「群れを統率しているのはムーン・ウルフです。ムーン・ウルフを討ちなさい」
「奴らを獣と侮ってはいけません。非常に賢いのです」
「問題ないです。獣は獣ですよ」
ラジットの態度に少しいらつく。
「なにか策があるんですか?」
「ムーン・ウルフの毛皮を買い取って領主様に献上すると表明しなさい」
ラジットの提示した額は小さな村の庄屋の役料の一年分。
「買うと表明するだけ? 狩りの部隊の編成は必要ないのですか?」
ラジットは笑う。
「人を動かす必要はありません。金も見せ金でいいですよ」
「負担ゼロでムーン・ウルフを退治できますか?」
「言う通りにしてみなさい。きっと良い結果になりますよ」
ユウトは半信半疑だった。それでも村に高札を立てる。
高札は注目を集めた。酒場に飯を食べにいくと、噂になっていた。
誰々はいくら出す。あいつはもっと出す。あっちはさらに出すとの話だった。
ムーン・ウルフの毛皮は投機的な動きをしていた。
一週間でムーン・ウルフの毛皮はユウトの提示額の五倍になった。
村にハンターがぞくぞく現れた。
五日後、ムーン・ウルフの生皮が市場に持ち込まれたと噂になる。
確認に行くと、ムーンウルフの金色の皮が堂々と吊るされていた。
世に怖ろしきは賢い獣にあらず。欲に目が眩んだ人間か。
ユウトはどうしてムーン・ウルフが滅んだかわかった気がした。
その後、ユウトのもとに六倍の値段で買い取らないかという申し込みがある。
高すぎると断った。ムーン・ウルフの毛皮はユウトの提示額の三倍で街の商人が買った。
ラジットの言う通りだった。人も金も動かさずムーン・ウルフの脅威を取り除けた。
年末近くになる、雪山龍の再攻撃に警戒するが、村は平和だった。
困惑した顔のママルがやってくる。
「僧正様、キリンを介して何者かから贈り物が届きました」
庭に出て行くとキリンが布鞄を首に提げていた。
ユウトが近づくとキリンは布鞄を差し出す。
中には三冊の書物が入っていた。中をパラパラと見るが読めない。
旧王国の字でもマオ帝国の文字でもないな。魔法文字か。
ラジットの家に書を持って行く。ラジットは中身を見ると眉間に皺を寄せる。
「これは転職の書ですな」
上級職に転職できる魔法の書か、どうりで読めないと思った。
「どの職に転職できる書ですか?」
「ゴブリン・ロード、ゾンビ・マスター、ドラゴン・テイマーです」
この村を襲った奴らと同じ職だな。偶然か?
ラジットが興味を示して質問してきた。
「転職の書はどういう経緯で手に入れたのです」
なんとなく予感はあった。書の送り主はきっとオーバー・ロードだ。
だが、目的がわからない。
なぜ、戦争が近くになって敵に塩を送るような真似をする。
「キリンが持ってきました」
「これは高価な書です。道に落ちているようなものではありません」
言われなくてもわかる。こんなものが道に落ちていたら大変だ。
「ちなみにこれはおいくらですか?」
ラジットが教えてくれた値段は畑付きの家が買えるほど高額だった。
「これがあれば村の戦力を補強できる」
ラジットの表情がすこしばかり厳しくなる。
「庄屋殿、ロード職とキリンは関係が深いことをご存じですか?」
「いいえ、全く知りません」
「キリンの角にはロードの力を強める効果があるのです」
初耳だった。
ラジットが言葉を続ける。
「もし、庄屋殿が転職の書によりロードの力を得たとします」
俺はすでに老婆・ロードだからロード職なんだけどね。
隠して先を促す。
「どうなりますか?」
「効果範囲や影響力が強いロードが誕生するでしょう」
「どれくらい強くなります?」
「キリンとロードの関係性やロード種によりますが、十倍は強くなるでしょう」
驚きだった。キリンが協力してくれるなら村を十か所も維持できる。
キリンは運用一つで一個軍団に匹敵する価値があるな。
ラジットが厳かな顔で教えてくれた。
「キリンが王を生む霊獣たる由縁です」
もっと詳しく知る必要がある、上手くいけば、俺とわずかな兵で十村を守れる。
山に近い十村が守れるなら、お年寄りも若者も安心して暮らせる。
「ここだけの話ですが、キリンによるロード職の強化を研究してくれませんか」
ラジットが聡明さを滲ませて語る。
「私は門外漢ですが。知り合いに、ウィンと呼ばれる変わった老学者がいます」
「ウィンさんなら協力してくれるのですね」
ラジットがさらりと含みのある言い方をした。
「かなり高齢ですが、この村なら問題ないでしょう」
ラジットはこの村の秘密に薄々気が付いているな。
積極的にこちらから教える必要はない。だが、否定もしなくていいだろう。
なにせ、若返りの温泉がある村と名乗っているからな。
ウィンはすぐにやってきた。ウィンは頭頂部が禿げた皺だらけの老人だった。
赤い服が似合っていた。ウィンはキリンを見ると目を見開いた。
「まさに、キリンだ。生きたキリンがいる」
ウィンはキリンに触ろうとすると、キリンが嫌がった。
興奮した顔でウィンはユウトに頼んだ。
「キリンを譲ってください。都に運んで研究します」
ウィンの言葉にママルと武僧の顔が険しくなった。
だが、舞い上がったウィンは他の人間が目に入っていない。
ユウトはやんわり断った。
「ダメですよ。キリンは私の友です。売ることも捕らえることも許しません」
ウィンはなおも食い下がる。
「でも、これは大発見だ。小さな村で独占してはいけない」
「勘違いされては困ります。キリンには意思があるのです」
ウィンは表情を曇らせる。
「もしかして、お金の問題ですか?」
わかってないな、この人。本当に大丈夫か?
「違いますよ。キリンについて知りたいなら、キリンの許す範囲で許可しましょう」
「うーん」とウィンは唸ってから、切り出す。
「生きたキリンを研究できる機会なんて滅多にない。お願いします」
ウィンが帰るとママルが不機嫌に非難した。
「僧正様、あの男を村に入れてはいけません。キリンが去りますよ」
キリンに去られると困る。だが、研究成果は手に入れておきたい。
キリンの力は村々を救うかもしれない。
「ここは俺に免じて許してください」
僧正の権威があるためか、ママルも武僧も渋々だが従ってくれた。




