第四十四話 老婆・ロード 対 ゴーレム・マスター
今年は暖冬だった。気温があまり下がらず雨や雪も降らない。
そのため、外での作業も可能だった。
村には建材を運ぶ荷車が頻繁に来て建設が続けられる。
大工も白い息を吐きながら働いた。
人口増加により水事情が悪化したが、そこはビールやワインの輸入で緩和した。
水道がいつできるかはまだわからない。
密貿易は相変わらず続いている。
山の民にしてみれば、良質な鉄と食糧が得られるならぎりぎりまで続けたいのだろう。
どちらも戦略物資であり、多く持っていたほうが良い。
ヨアヒムやエリナにすれば従軍する従者や兵を揃えなければいけない。
村人も徴兵しても、兵の装備を揃えるには金がかかる。
手柄をあげればもっと広い村や、街に近い村への転封が望める。
密貿易を辞める理由は誰にもない。
無事に年が明けるかと思っていると東の村からバルカンの早馬がきた。
「庄屋殿、山の民に動きがあった。山の裾野で泥ゴーレムを作っている奴がいる」
地図を見せて場所を尋ねると、山の民とマオ帝国領の緩衝地帯だった。
また微妙な位置でゴーレムを作っているな。
バルカンが厳しい顔で確認する。
「完成前に潰したい。攻撃に打って出る」
位置が位置なだけに、軍事紛争は起こしたくない。極東の国の策かもしれない。
様子を見たいところだが、ゴーレム製作者が既にこちらの動きに気付いた可能性もある
放っておいて大きなゴーレムが完成すれば東の村に被害が出る。
領主はカフィアなので、最終決定権はカフィアにある。
「報告ありがとうございます。駐屯軍の出撃はお望みですか?」
「俺たちだけで対処できる」
「いざとなったら隣村に助けを求めてください。無碍には断らないでしょう」
「わかった、無理はしない」
バルカンはロシェに匹敵するほどの猛将であり、カフィアは優れた指揮官だ。
村人も元傭兵が大半なので後れを取ることはないとは思う。
ただ、心配なのでラジットの家に行く。
ラジットは若い女性の世話人と仲睦まじくやっていた。
ユウトを見つけると、ラジットは世話人にお茶出しを頼む。
「庄屋殿、なにか問題ですかな」
「東の村と山の境界線でゴーレム作成の報告がありました」
「それで庄屋殿はなんと判断されました」
「領主カフィアの判断を尊重して討伐したほうが良いと助言しました」
ラジットは軽い感じで警鐘を鳴らす。
「判断には間違いないですが、ここも一工夫必要です」
放っておいては村に災厄が及ぶとでも言うのか。一体今度は何が来る?
「敵はこの村を襲ってきます」
この村は来年の秋には小麦と米の集積地になる。
兵の配置が薄いうちに輸送拠点を潰しておきたいのだろう。
「敵はどんな手できますかね?」
「水責めです」
水がなくて苦労している村を水責め?
「それは不可能でしょう」
「不可能だと思うから大きな被害が出せるのですよ」
カクメイのようなことをいう。
「どうやって水責めにするんですか?」
「ここのところ雨や雪が少ない。これは人為的なものです」
「どこかに雨水を溜めて一気に放出するのですか? でも、どこに?」
ラジットは人指し指で上を指す。
「空です。水は雨雲にして貯めます」
「でも、ここら一帯を水びだしにするほどの大雨を降らせるのは無理です」
「広範囲でなくてもいいのです。この村だけ破壊できればいい」
信用できなかった。
「村だけ破壊する大雨? そんなの無茶だ」
ラジットはしれっとした顔で指摘する。
「いいえ、雨水を瞬間的に降らせてゴーレムにするのです」
「水でゴーレムを造るなんて可能ですか?」
ラジットは澄ました顔で教えてくれた。
「普通の術者なら不可能です。ですが、ゴーレム・マスターなら可能です」
ゴーレム・マスターがいるのは確か。ならば、あり得る作戦だ。
「もしや、山の境界で作っているゴーレムは囮だと?」
「私の読みが正しいのなら、敵の目的地はこの村です」
不意を突かれれば大きな被害を出していただろう。
ならば、少しでも可能性がある以上、対策をしておくべきだ。
「どうやって防ぐのですか」
「この村にはなぜか氷精霊石がある。水のゴーレムを凍らせるのです」
あまり良い案に思えなかった。
「それでは氷のゴーレムができるだけでしょう」
「水のゴーレムと氷のゴーレムを作るのでは使う魔法が違うのです」
水と氷なんて同じようなものだと思うんだけどな。
だが、賢者たるラジットの言葉なので、そういうものかと納得する。
「水が凍ったから氷のゴーレムに、とは簡単にいかないのですか?」
「ゴーレム・マスター・なら可能です。でも、再び氷から水になれば話は別です」
「書き換えは簡単にはできないのか」
「そう、氷から水になったあと、砂にでも吸わせればもうどうしようもない」
冬になってから氷精霊石の売れ行きは落ちた。なので、倉庫に在庫がある。
水道工事の関係で村に運び込まれていたので砂もある。
ゴーレム・マスターの侵攻は防げそうだった。
「さっそく、ロシェ閣下に献策してください」
「もう準備を始めております。今、敵が攻めてきたとしても防げます」
ユウトはその場でラジットの役料を三人前に上げた。
翌朝はどんよりと曇っていた。光は差さず、空気は湿っていた。
嫌な天気だなと思うと、急に豪雨が降ってきた。
雨はシャワーのように地面を叩きつける。
異常な降り方に、いよいよきたかと覚悟を決める。
雨はピタリと止む。水が意思を持ったかの如く村の大浴場に向かって行く。
村の中央にある第一大浴場から悲鳴が上がる。
敵襲を知らせる銅鑼が響いた。
ユウトは庭に出るとキリンが待っていた。キリンが乗れと命令している。
キリンに乗って空高く飛ぶ。空から大浴場内がよく見えた。
第一浴場に水の塊が集まり、人型を形成していた。やはりゴーレムか。
氷精霊石の入った籠を担いだ兵士が次々と大浴場入ってきて氷精霊石を投げ入れる。
氷精霊石は水に触れると白い冷気を噴出する。水の塊が凍った。
ゴーレムの創造は阻止されたかに見える。すると、今度は氷が成長していく。
氷のゴーレムが創造されようとしていた。
銅鑼の鳴り方が変わる。
大浴場に現れたロシェが叫ぶ。
「給湯機関最大出力」
大浴場に設置された噴き出し口から勢いよくお湯が噴き出る。
今度は氷が融け始める。溢れる水が滝のように排水溝に流れていく。
氷のゴーレムはなすすべくなく崩れていった。ゴーレムは体の八割を失った。
残った水の体もジェル状になって震えるのが精一杯のようだった。
ロシェが威勢よく指示を出す。
「砂を撒け」
兵士が大浴場の残り湯に大量の砂を加える。砂はみるみる水を吸ってゆく。
液状にはなったゴーレムは身動きできなかった。
キリンが高度を下げ女湯に下りて行く。女湯に逃げ遅れた一人の若い女性がいた。
女性は倒れて気絶していた。
見慣れない女性だ。観光客か?
近付いて介抱しようとすると、キリンがいななき警告する。
まさか、こいつがゴーレム・マスターか?
女性はユウトを突き飛ばした。裸のまま脱衣所に逃げようとする。
しまった。気絶していると思ったがそれも偽装だったか。
「誰か捕まえてくれ。ゴーレム・マスターだ」
女性を追うと、ゴーレム・マスターはチョモ爺に取り押さえられていた。
ゴーレム・マスターはそのまま締め落とされ連れて行かれた。
危機は去った。だが、砂だらけになった大浴場の後始末は大変だった。
三日間、第一大浴場が使えなくなった。
急場の措置として第二大浴場に人を回したが、えらく混雑した。
役場の人間から報告を受ける。犠牲者はゼロだったのが救いだった。




