第四十二話 銀行開設
さすがに、一人で六村の面倒をみるには無理がある。
ミラに庄屋の業務をサポートできる人間を二人送ってほしいと手紙を出した。
経験があれば年齢は問わないと但し書きを添えた。
初秋には八人のお年寄りが送られてきた。
お年寄りはみなどこか受け答えがちぐはぐだった。
ミラめ、ここぞとばかり役料に合わない役人の人員整理をしたな。
今の時代、若者か南方出身者以外には役人としての需要はない。
だから、昔からいる旧王国人の歳をとった役人は行き場がない。
使えない人間を押し付けたい気持ちはわかる。
こちらとしては問題ない。老婆・ロードの力があれば頭の老化も消える。
空き家の一件を役場に改築した。だが、役場は上手く機能しなかった。
誰が役場を仕切るかで、鍔迫り合いをするから堪ったものではない。
人間って悲しいな。
いくつになっても、どんな小さな場所でも権力争いをする生き物なのか。
役人たちの争いに嫌気がさしていると、ハルヒに付き添われて一人の老人がやってくる。
老人は官吏が好んで着る赤い着物に黒の冠を付けていた。
はて、誰だろうこの御老人は。マオ帝国の役人には見えるが、訪問の話は聞いていない。
ユウトが不思議に思っていると、ハルヒがにこやかな顔で挨拶する。
「リシュールさんが、庄屋様にご挨拶をしたいとのことでお連れしました」
目を疑った。来た時は車椅子でろくに焦点が定まっていなかった。
あのリシュールが今は目に強い光を宿し立っている。
老婆・ロードの能力もあるが、薬がよく効いたな。
リシュールは、足がまだ若干不自由だった。
だが、それ以外にさしたる障碍は見られなかった。
「庄屋殿、この老いぼれに手厚い治療をしていただきありがとうございました」
投資が実ったね。知識人がラジットだけではちょっと不安だった。
ばりばり働いてほしい。だが、まずは下手に出て様子をみる。
「いいんですよ。これからはゆっくり余生を過ごしてください」
リシュールは涼しい顔で拒否した。
「そうはいきません。このリシュール、恩には報います」
ありがたい。なら、さっそく試すか。
「国の宰相まで務めたリシュールさんには申し訳ないのですが、一つお願いがあります」
「なんでしょう。見事に勤めてごらんにいれましょう」
「村の年寄役に任命するので、村役場の仕切りを頼んでもいいですか?」
「いいでしょう。きちんと治めごらんにいれましょう」
端役からのし上がり帝国官吏二十万の上に立った人材。問題ないはないとは思う。
だが、まずはお手並み拝見だ。
ハルヒはにこにこしながらリシュールを激励する。
「お仕事ができてよかったですね」
リシュールが役場にいってから二週間後、役場付きの雑用に話をきく。
「年寄役のリシュールさんの働きってどう?」
雑用係は畏敬の念を込めて評価した。
「鬼神ですね」
人は見かけによらんのか。
「なに、そんなに怖い人なの?」
「そうではないんです。妖術でも使ったかのように仕事が早く終わるようになりました」
業務改善か。二十万人も統率していたら、効率化しないと仕事は終わらないからな。
「普段はなにをしているんです?」
「午前中はのんびりして、昼から登庁。訴訟業務の後、部下に指示を出しています」
半日勤務か。村民から苦情はこない。けど、役所は機能しているのかな。
「訴訟業務って俺もやったけど、けっこう時間かかるでしょう」
「リシュールさんは三回以内で結審です。審理も三十分かかりません」
俺の時は一回九十分で結審まで十二回かかる裁判もあったぞ。
「そんなに短縮したら文句が出るでしょう」
雑用係は感心しながら語る。
「それが、おかしな判決がでないんですよ」
なるほど、集中審理による迅速化か。
「役場の人は今どれくらい働いているの?」
「リシュールさんは日が沈む前に、他の方も日暮れには帰ります」
秋も深まってくる頃、日は短くなりつつある。
それでも、夕暮れには仕事が終わるのか。なんてホワイトな職場だ。
気になったので翌日、帳簿を見に行く。しっかり記帳されていた。
訴訟関連も記録が整理されている。六村の納税の準備も終わっていた。
頼んでもいない裏帳簿もしっかりできていた。
今年は六村の納税に密貿易が絡むから納税が大変だと頭を痛めていた。
それなのに、スムーズにいったな。気味が悪いくらいだ。
ヨアヒムとエリナは税を手にする。ミラも代官として税を持って行った。
北の村と南の村の納税が無事完了したが、金蔵は空になった。
ユウトの村ではある程度の余剰金が出た。ホッとする。
余剰金があれば、他の五村にも救済の手を差し伸べられる。
六村の大庄屋となったユウトの収入も確定したが、かなりの額だった。
領主が治める一万二千人の所領では、上位五十以内には入る額だ。
ロックと名乗る壮年の男が訪ねてきた。ロックは旧王国人だった。
商人が着る青くゆったりしたワンピースに似た服を着ている。
「庄屋殿、村に銀行を作りましょう」
ユウトの村は急速に大きくなっている。あと、二年もあれば町に発展する。
だけど、この村はいつ争いに巻き込まれて無くなってもおかしくはない。
銀行があればありがたいが、こんな場所に銀行は似つかわしくない。
ユウトが疑っていると、ロックは微笑む。
「この地には可能性がある。なら、今のうちに投資したい」
「危険もありますよ。一揆やモンスターの襲撃もあった村です」
「旧王国の商人は没落しました。多少危険を冒さないと儲からないのです」
ロックも税制改革で財産を奪われた旧王国の商人か。でも、信用していいのかな。
ロックはエンリコからの手紙を差し出した。
手紙には、銀行設立に協力してやってほしいと書いてあった。
偽手紙ではないようだった。
だが、エンリコが借金を作って無理やりに書かされた手紙かもしれない。
「一晩、考えさせてください」
ロックは銀行の計画書を置いていった。
リシュールを呼んで計画書を見せる。リシュールは中身をさらっと読む。
「あいまいな話ではないですな。銀行の開設を認めてもよいでしょう」
感触は悪くなかった。だが、どうも腑に落ちない。
「でも、こんな辺鄙な地に銀行が進出するっておかしいでしょう」
リシュールはさらりと述べる。
「金の匂いを感じたのでしょう」
密貿易の利権か?
「山とこの地の貿易が活発になり金が動くと?」
「戦争により帝国が勝利した時の利権を見越しているのでしょう」
中央では、戦争は避けがたいという意見が優勢なのだろう。
「戦争はまだ始まってもいませんよ」
リシュールは涼しい顔で見解を述べる。
「勝敗が決まってからでは儲けも少ないのですよ」
庄屋には大きな流れを止めようがない。
「では、認めますか」
「待ってください。タダで認めてはダメです」
「税を要求するのですか?」
なんでもかんでも課税するのは賢いとは思えない。
リシュールの意見は違った。
「要求するのは水です。水道の建設を条件にしなさい」
村にはすでに湧水がある。だが、人が増えてくれば綺麗な水は不足してくる。
町への発展を考えれば水はほしい。とはいっても、水道の建設には莫大な金がかかる。
「さすがに、水道の建設は無理でしょう」
「何も庄屋殿とロック殿だけで建てるのではありません」
「というと?」
「お金を集める能力があるかどうか、ロック殿を試すのです」
「でも、この提案はロックさんにとって魅力がありますかね」
「成功したら村の土地を上げると約束しなさい」
村が発展していくなら不動産は大きく値上がりする。
たしかに、水道事業が成功すればロックは大儲けするだろう。
もちろん、できなければ壊滅的な損失を負うわけだが…。
人を試すか。やってみよう。
次の日、ロックに伝える。
「銀行の設置を認めましょう。村の土地も寄付しましょう」
ロックはとびつかず、自信ありげに微笑む。
「タダではないのでしょう? おいくらですか?」
「村で水道事業をやりたい。水道を建設してください」
壮大な事業に怯むかと思ったが、あっさり承諾した。
「では、水道を建設して水を持ってくるので、土地をください」
ロックはすでに銀行開設の準備をしてきていた。すぐに仮店舗を立ち上げた。
リシュールも呼応するかのように開設許可を出した。
ユウトは、顧客第一号として役料を預金した。
お金の置き場に困ったこともある。
だが、どちらかといえば信用を示すという意味合いの方が強かった。
銀行ができたことで貯金と送金が容易になり、商人は喜んだ。
世話人も銀行の開設を歓迎した。
銀行は安全で、なおかつ旅商人に頼むよりも送金手数料が安い。
おかげで、世話人はより多くの金額を仕送りできるようになった。




