第三十七話 表と裏
ミラがやってきた。ミラは初めて見るキリンを物珍しがった。
「これが王や英雄を選び栄光をあたえる霊獣のキリンですか」
「俺も初めて見ましたが、空まで飛んだので本物でしょう」
ミラは当然のように訊く。
「領主様に献上する気はありますか?」
ミラの横にいたママルが物凄く険しい顔をする。
宗教上のシンボルを物扱いはいかんよ。
「キリンはマオ帝国の霊獣。無理に動かせば確実に皇帝の怒りを買いますよ」
ミラはユウトの答えを疑っていた。
「皇帝陛下に献上して庄屋殿が出世する気ですか?」
旧王国人にすればキリンはただの珍しい獣だからな。
やんわりと警告をしておく
「滅相もない。キリンは皇帝陛下の御友人も同然です」
「そうですか。それで、キリンは誰を選んだんです?」
きたよ、危険な質問が。ここで「俺」なんて答えたら、暗殺対象だね。
「誰も選んでいませんよ。キリンは誰かを待っています」
「それは誰ですか? 是非にも知りたいものです」
「キリンにしかわかりませんね」
ミラは帰って行った。
ママルはミラの態度に非常に怒っていた。
「なんじゃあの小娘は。キリンを物のように馬鹿にしおって」
「旧王国の人間にとってキリンは霊獣ではないからですね」
ママルがむっとした。
「まさか、僧正様も同じお考えですか?」
「キリンは村のお客さんであり、友だと思っています。友を売ったりはしませんよ」
旅商人により、キリンがいる村と情報がじわじわと広まった。
キリンを見てお供え物をする人間が村々を訪れる。
参拝と同じなので、寺の宿坊を開けてもらった。
村ではキリン饅頭やキリン・クッキーも売られていた。
キリンには人里離れた場所に住むという伝承があった。
だが、庭に居ついたキリンは人間の目を気にしない。
ときおり、空を飛んでどこかに出掛ける。けれども、夕方には帰ってくる。
巡礼客に子連れが増えた。あわよくば、子供をキリンに認めてもらいたい親心だった。
下心のある親ほどキリンに近付きたがり、寄付を申し出る。
だが、武僧たちにとってキリンは信仰と警護の対象。当然のように拒否する。
キリンと人は一定の距離を保って共に暮らしていた。
やがて、キリンによる観光収入は馬鹿にならないほどとなった。
金はどんどんと貯まって行く。使わずに盗まれては問題だ。
そんな時、来客があった。傭兵団のカフィアだった。
「キリンの見学に来たわけではないのでしょう。どんなご用件ですか」
カフィアの表情は芳しくない。
「仕事を求めてやってきた。なにか仕事はないか」
「東の砦にいったらどうです。あそこは戦地ですよ」
カフィアは嘲り馬鹿にする。
「東の砦はダメだ。司令がクソ過ぎる。さすがに愛想が尽きた」
怒って出てきたのか。
「なら、北か西にいってはどうです。まだ戦争しているでしょう」
「遠くに行くまでの旅費がない。砦の奴らは払いも渋い。金も食糧も尽きた」
喰い詰めた傭兵が野盗に転身ってよくある話だからな。
密貿易品を奪われては大損だ。
東の砦が無事だったのは傭兵団のおかげ。なら、お付き合いで雇うか。
「おいくらですか?」
カフィアの提示金額は良心的だった。
戦時中ならもっと高くついた。非戦時中だから安いのか。
「夏から初秋にかけて契約しましょう」
「ありがたい。収穫の時季が来て食糧の値段が下がったら他に行く」
カフィアが帰ると、エリナがやってくる。
キリンでも見にきたのかと思うが、様子が変だった。
エリナはユウトと二人っきりになることを望んだ。
密談もだんだんと慣れてきたなと自分でも思う。
エリナが改まって語る。
「この村が密貿易の取引所になっているって本当?」
「仮にやっていても、はい、とは答えられませんね」
含みのある答えかたをすると、エリナは察知した。
「私の所領なんだけど、思ったより貧しいのよ」
代官から領地持ちに出世したが、厳しいか。
偉くなっても収入が伴わないなら苦しいだろう。やりたいのか、密貿易。
エリナがもらった村は南東の村。山に接している。
山の民から密輸品が手に入る位置にある。
それとなく、確認しておく。
「領主様は山の民との取引を黙認しているとか、なんとか」
エリナが暗い顔で相槌を打つ。
「そうなのよね」
はっきりやりたいと言わないのは帝国への忠誠心か。
「所領を与えてくれたのは領主様ですよ」
密貿易のルートが一本増えると村はもっと潤う。
こちらとしては密貿易に手を出してほしいのが本音。だが、密貿易には危険が伴う。
エリナはヨアヒムと違い信頼できるかどうか見極める必要があった。
エリナは困った顔で尋ねる。
「やりましょうよ、密貿易。利益は折半でいいわ」
「お困りのようなのでお助けしましょう」
エリナはほっとした顔をする。ユウトはお土産と称して大量の銀貨をもたせた。
銀は山の民の中で流通している。密輸品の買い付け代金の意味があった。
エリナの村の取引相手はゴブリンだった。密貿易品は氷精霊石。
氷精霊石は魔力を加えると冷気を噴出してゆっくり融けていく。
夏にはよく売れる品だ。他には吸血芋虫の壺漬けがあった。
見た目は悪いが珍味である。ゴブリンたちが栄養食にしている。
滋養が高く、怪我をしてもこれを食べて寝ていれば、たいがいの傷は癒える。
鉄器を渡すのは危険だとエリナは思ったのか、こちらから渡す品は食料品ばかりだった。
ゴブリンは麦と食肉加工品を欲していた。
去年は人里にゴブリンが降りてきた。
ゴブリンの支配地域では食料が不足しているのか。
敵に兵糧を売っていたとなると、これまた懲罰の対象になる。
こっちもばれたら危ないな。
食料品の調達は問題ない。
農産物の価格が上がらずに苦しんでいた近隣の農村にとっては朗報だった。
穀物商はユウトの村が消費する以上に食料を買っている事実に気付いていた。
だが、価格差がないと儲けられない。商人はだんまりを決め込んだ。
傭兵団は密輸品運搬の護衛に回した。
ヨアヒムもエリナも輸送費と護衛料が浮いたと感謝してくれた。
金が増えたので、馬産地の西の村から馬を買い、傭兵団に貸した。
二十騎からなる騎馬隊を編成する。
騎馬隊は村への続く街道の警護に当たらせる。名目は自警団だった。
だが、実質は村の用心棒。盗賊が問題を起こすと、駐屯軍より早く動き成敗する。
付近の村人と商人は治安がよくなったと喜んだ。
夏の真っただ中、東の砦からキョウがやってくる。
キョウの表情は曇っていた。
「庄屋殿、村で雇っている傭兵団を貸してください」
カフィアたちが抜けて戦況がまずくなったか。
でも、貸している間の費用はこっち持ちだろうな。
「詳しく聞いていませんが、傭兵団と喧嘩したのでしょう」
キョウは目を吊り上げて怒った。
「傭兵が全て悪い。こちらの命令に従わないから勝てないのよ」
きっと無理な命令をしたんだろうな。
カフィアに頼んでもきっと拒否される。カフィアとはいい関係でいたい。
「残念ですが、傭兵団には村の仕事を頼んでいます。動かすわけにはいきません」
キッとキョウは睨んだ。
「東の砦が落ちれば次はここですよ」
外から見ればキョウの言う通り。だが、実態は違う。
領主黙認で山の民との取引が順調に進んでいる。
東の砦が犠牲になっても困らない展開も充分にある。
希望的予測がいつも正しいとは限らない。さて、どうしたものか。
迷ったが、ユウトは傭兵団を貸さないことに決めた。
「どうなっても知りませんよ」
キョウは捨て台詞を吐いて帰って行った。
ほどなくして、敗残兵の群れが村にやってきた。
東の砦は完成をみることなく落ちた。




