第三十話 バート・マン
ユウトもいつかはメアリを解放しなければと思っていた。
タイミングがあるとするならいまだな。
チーズでも買うように、軽い調子でホークが尋ねる。
「おいくらですか?」
「高いですよ。払えますか」
ホークは怯まない。
「覚悟してお金を用意してきました」
「オーバー・ロードの情報と引き換えです」
ホークの笑みが困った顔になる。
「たしかに高額ですね。まけてくれませんか」
「メアリの状態はとても良いですよ。お買い得だと思いますが」
「では、まずは状態を確認させてください」
ユウトはホークを伴って兵舎に行く。
このまま捕虜として捕縛される可能性だってあるのに、堂々と連いてくるとは。
中々、肝の据わった男だな。
ロシェの立ち合いのもと、メアリの牢に行く。
ホークは牢の内部で本を読むメアリを見て驚いた。
「本当だ。実に状態が良い」
ホークの言葉にメアリは不機嫌そうな顔をした。
ユウトは得意げに勧める。
「ここまで状態の良い捕虜は珍しいと思いますよ」
「わかりました。買いましょう」
メアリの目が吊り上がる。
「蛮族に何を渡すつもりだ。武器じゃないだろうな?」
ホークが優しく語る。
「オーバー・ロードの情報です。妥当な価格だと思いますが」
メアリが複雑な顔をする。
オーバー・ロードは仲間内で嫌われているのか?
ロシェを見る。ロシェは肩をすくめて妥協した。
「庄屋殿には世話になっている。捕虜は逃げたことにでもするさ」
理解のある人間で助かった。
ロシェは牢の扉を開けるよう、兵士に指示した。
「昼の陽中に堂々と正面から出ていかれては困る。暗くなるまで中で辛抱してくれ」
怯むかと思ったが、ホークは素直に牢に入った。
「では、紙とペンをください。オーバー・ロードの情報を書き記します」
メアリとホークを牢に残して兵舎を出る。
心配なのかロシェが訊く。
「ホークは正直に語ると思うか?」
「全てを語るとは思うのは浅はかです。ですが、情報がゼロってこともないでしょう」
夜遅くになると兵士が迎えにきた。
兵舎に行くとホークとメアリが待っていた。
ホークがにこやかに語る。
「庄屋殿が分別のある人でよかった。情報は牢の中に残しておきました」
外を歩きながら話す。
「戦争は避けられますかね」
ホークはあっさり認めた。
「無理でしょう。この地と山は荒れます。我らにできるのは早く収束させることだけ」
「俺は村が平和ならそれでよかったんですけどね」
村の門を開けて、二人を外に出す。
ホークはユウトをしっかりと見る。
「それではまた、戦場で」
ホークははっきりと「戦場」と宣告した。
メアリとホークは暗闇に消えた。
ホークは約束を守った。牢の中にはオーバー・ロードに関する手紙が残されていた。
だが、ユウトたちが使う言葉ではないので、翻訳に時間を要した。
翻訳された手紙には、次のようなことが書かれていた。
山の民には凶主と呼ばれる存在がいて、オーバー・ロードは客分として扱われている。
だが、オーバー・ロードの姿を実際に見た者はいない。
オーバー・ロードが作り出した転職の書は多数存在する。
凶主の手により、ロード職へ転職可能性な書が山の民の間で多数流通している。
オーバー・ロードの目的は不明。されど、山の防衛には協力している。
山の民は独立を第一としており、極東の国にもマオ帝国にも協力はしない。
手紙を読み終えたロシェの顔は渋い。
「既に知った内容ばかりじゃな」
「そうとも限りませんよ」
「どこが気になる?」
「手紙の内容からは、メアリがオーバー・ロードを嫌う理由が読み取れません」
ロシェは素っ気なく意見を述べる。
「単に凶主が嫌いじゃったんじゃろう」
「ロシェ閣下なら、信用できない奴が持ち込んだ武器を使いますか?」
ロシェが思案して答える。
「よほど追い詰められたら別じゃが、普段なら使わんな」
「凶主は信用されている。その凶主の客分だからオーバー・ロードにも信用がある」
ロシェがちょっぴり困った顔をする。
「山の民とオーバー・ロードを分断するのは難しいか」
「オーバー・ロードがいつから山にいたのかの記述もない。これも気になります」
「オーバー・ロードは昔から山にいた? でも、誰も見たことがないと書かれておるぞ」
「もし、オーバー・ロードが人間なら、メアリが嫌う理由になりますよ」
「そうであってほしいな」とロシェは希望を述べる。
「優秀な人材なら是非とも帝国に招き入れたいのう」
ロシェはマオ帝国軍人だからな。マオ帝国第一か。俺は村の平和が第一だ。
手紙の解読が終わった翌日。
どこかで見ていたかのようなタイミングでホークが再び村を訪れる。
村人にとってホークはモンスター扱いなため、ユウトが応対に出る。
「今度は何を買い取りにきたんです」
「今日は売りに来ました。この地の平和です」
ほしいが、きっと高く付くぞ。
素っ気ない振りをして尋ねる。
「おいくらですか?」
「二つの条件を飲んでいただければ、山の民は中立を約束します」
「一つ目の条件はなんです?」
「人間は山に入らないでいただきたい。私たちも人里には下りません」
付き合いのなかった頃に戻りたいのか。
「二つ目の条件はなんです」
「ここから東にある砦の撤去です」
無理だな、と直感的に思った。
この地を支配するのは領主だが、砦の管理は総督の領分だ。
一人を説得するだけでも難しいのに、領主と総督の二人を納得させるのは難しい。
現状では、いち庄屋の手に余る。
軍の早馬を借り領主へお伺い立てた。
領主からの返事はすぐに来ない。ホークは三日ごとに商品を持ってやってきた。
品物は雑貨や食料品だったため、商いを許した。
山の民の持ち込む品は珍しい。行商人が物珍しさにこぞって買う。
ホークは銀貨で精算を行った。
マオ帝国領は金貨による売買が活発。
銀貨による支払いが一般的に行われているのは極東の国。
一時は山の民が極東と貿易しているのかと疑った。
隠居した商人に銀貨を見せる。
商人は銀貨を手に取り鑑定する。
「庄屋殿、これは昔この辺りにあった国家が使っていた銀貨ですな」
「現在は流通していない銀貨ですか?」
「極東の国でもまず見ないでしょう」
山の民は極東の国とも交流がないのか。それとも、こっちを欺いているのか。
態度としては極東の国と繋がりがないとのアピールだと思う方が妥当か?
春真っ盛りになったころ、ミラが村にやってくる。
ミラが居丈高に命じる。
「山の民と会談を開くわ。準備をしなさい」
「領主様は山の民と契約を交わすのですか」
「会談の内容は庄屋が知らなくてよいわ」
山の民に臣従を求めたりするなよ。山の民の規模はわからないんだからな。




