第二十八話 山の民
おもてなし作戦に出て七日後、ママルがやってくる。
ママルにはメアリが大浴場を利用する時の監視を頼んでいた。
「僧正様、メアリが僧正様にお会いしたいと申し出てきました」
「よし、会おう」
願ってもないチャンスだった。
メアリは頑丈な牢に閉じ込められた。
牢は清掃されたばかりなのか臭くもなければ汚くもない。
メアリの見た目は十六、七の少女。
もっとも、ダーク・エルフは人間より長命なので実年齢はわからない。
身長は百五十㎝と低く、体重も四十五㎏程度しかない。
白い髪を肩まで伸ばして、黒い肌をしている。
格好は捕虜なので茶の貫頭衣を着ていた。
メアリは本を読んでいた。ユウトが差し入れた滑稽本だった。
危険なので、牢越しの会話になる。
メアリは本を閉じるとユウトをじっと見る。
「お前がこの村の庄屋か。帝国軍人と肌の色が違うな。旧住民か」
「そうですが、いまはマオ帝国民ですよ」
メアリはユウトを馬鹿にした
「お前には祖国に尽くす愛国心はないのか」
正直に答える。
「大事なのは生き残った人の生活です」
メアリの顔には不審の色があった。
「理解できんな。差し入れや待遇などもだが」
「自由以外でお困りのことはありませんか?」
メアリはきっとユウトを睨んだ。
「何が望みだ。ダーク・エルフにはタダで敵に酒を出す奴はいない」
「山の情報がほしいんです。私たちは山の人たちをモンスターと呼んでいました」
メアリはユウトを見下す。
「私たちはお前たちを蛮族と呼んでいる」
山にダーク・エルフはいる。おそらく、他にも知性を持った種族がいる。
なら、歩み寄れなるかもしれない。
「お互いに線引きして交流をしないのなら、それでもいいです。でも、状況は変わりました。もう少し、お互いが知り合う必要があると思いませんか?」
メアリは強い口調で命令した。
「なら、山の麓にある砦を撤去しろ。話はそれからだ」
「この地はゴブリン・ロードに襲われております」
メアリは怒った。
「山を降りたゴブリンは山を捨てた者。いわば裏切り者だ。そんな奴のことは知らん」
少なくとも、まだ山にゴブリンはいるのか。
「反乱の扇動がありました」
「扇動に乗ったのは人間たちの愚行だ。扇動者は極東の奴らだ」
反乱の扇動に山は無関係か。人間らしい作戦行動だから理解はできる。
「ゾンビ・マスターによる被害も出ました」
「運がなかったな」
微妙な言い回しだな。無関係ではないが、主導もしていないというわけか。
「雪山龍にも襲われています」
メアリは目を吊り上げて怒った。
「蛮族が山に攻め入るための調査に来たからだ。先に仕掛けたのは蛮族だ」
山はモンスターの住処となっている認識は誤りだったな。
山には山で暮らす種族がいる。山の民といったところか。
「帝国とも極東の国とも違う国が山の中にあるのですか」
「国ではない。だが、我らは外敵が来た時には団結する。山には手を出すな」
いくつかの種族が縄張りを持って住んでいて、自治を試みている。
これはちょっと、マオ帝国に対応を変えてもらう必要があるかもしれない。
全ては俺の村が平和であるためだ。
「では最後に、オーバー・ロードとはどういうご関係ですか」
重要な情報なので答えてほしかった。
メアリは不快感も露わに答える
「奴は凶主の客分だ。関わるな。オーバー・ロードと関わると禄な事態にならない」
やはりいるんだな、オーバー・ロード。疑惑は確信に変わった。
有力種族の客分として山にいるようだが、諸手を挙げての歓迎はされていない。
牢を後にする。牢番は喜んでいた。
「少しですが情報が入手できて、ロシェ閣下も喜ぶと思います」
ユウトの考えは違った。
「ここからが大変ですよ。山との付き合い方はこの地方の平定に影響する」
翌日、昼食時にロシェがきたので共に食事をする。
昼食の話題は山の民とどう付き合うかだった。
ロシェは素直に感謝した。
「昨日は助かった。少しでも情報がほしかったところじゃ」
ロシェは軍の中央にいる立場だ。帝国軍人としての意見をききたかった。
「マオ帝国はどうします?」
「できれば、山も版図に加えたい」
人間の欲には際限がない。南を平定して中央が取れた。西と北に手を出した。
当然、東も欲しくなる。
「やはりそうなりますか。でも、山は天然の大要塞です。落とせますか?」
ロシェは冷静だった。
「無理じゃろうな。山を手中に納めようとすれば、極東の国は山を支援する」
ユウトも同意見だった。
高く深い山に籠った勢力を落とすのは至難。
そこに大国の支援があるのなら、無理に攻めれば兵を失うだけ。
「ならば、このままですか?」
ロシェは厳しい顔で意見する。
「いいや、ならば山の民を味方につけて極東の国に攻め入る」
険しい山とて、道案内がいれば抜け道があるかもしれない。
冬でも通行可能な道があれば補給路を確保できる。
そうすれば、極東の国への軍事侵攻が各段にやり易くなる。
「山の民は協力しますかね」
ロシェが暗い顔で首を横に振った。
「しないじゃろうな。協力するなら、もう使者が来ていてもおかしくはない」
山の立場としては、中立でありたい。
山から下りれば、西に出ても東にでも勢力を伸ばすのは不可能。
それに、マオ帝国が勝っても極東の国が勝っても立場は悪くなる。
「どちらにしろ、軍事行動は止めたほうがいいでしょう」
ロシェは困った顔で愚痴る。
「カクメイも同じ意見じゃった。問題は上層部の頭のできよ」
ロシェの言い方からして、参謀たちを信じていないね。
軍人も色々。武人と文官って仲良くなさそうだしな。
司令部が手柄欲しさに無理な作戦を立てる。
税が上がって、徴兵され、村人が死ぬ。やりそうなだけに困る。
三日後、ユウトを訪ねて来る騎士があった。
キョウ少尉と名乗る女性の少尉だった。南方人特有の褐色肌に黒い髪。
年齢は二十二くらい。士官学校を出たばかりだった。
キョウは弱った顔でお願いしてきた。
「庄屋殿にお願いがあってきました。庄屋殿はロシェ閣下と親しいとか」
「良いお付き合いをさせてもらっていますが、なんでしょう」
ユウトはキョウの頼みに用心した。
「捕虜を引き渡してもらいにきたのですが、断られて困っています」
「仲介してほしいんですか。無理ですよ。軍事には口を出さないようにしています」
嘘だが、正直に話して食い下がられても困る。
キョウは手を合わせて頼んだ。
「そこをなんとかお願いできませんか」
気になったので尋ねる。
「連れて行ったとして、どうするんですか?」
キョウは目を輝かせて教えてくれた。
「拷問にかけて洗いざらい吐かせます」
なるほど、ロシェが渡さないわけだ。
「止めたほうがいいですよ」
ユウトは山についての情報を伝えた。
キョウはユウトの言葉に憤慨した。
「山にいるのはモンスターです。断じて我らと同じ知性あるものとは思えません」
視野が狭い軍人さんだ。
外交や政治は官僚や政治家の仕事だから関係ないのかもしれないが。
やんわりと警告する。
「ここで山の民と敵対すると、今後味方につける選択肢がなくなりますよ」
キョウは鼻息も荒く言ってのける
「そんなもの力で制圧すればよい。我が帝国の軍事力の前に敵はなしです」
東の砦でキョウと似た考え方が優勢なら危ういね。
「残念ですが協力できません」
「もう、いいです」
キョウは怒って帰った。




