第二十六話 東の情勢
春が訪れた。雪山龍が去ったため、商人も頻繁にやってくる。
中に見慣れない南方系の商人もいた。気になったので訊く。
「何を扱っているんですか?」
怪しい商人はにこにこ笑って答える。
「南方の珍しい品です」
回答をはぐらかした。スパイかもしれないと疑った。
カクメイが柔和な笑みを湛えてやってくる。
「庄屋殿、金をくださらんか」
『カクメイの要求に無駄金なし』は経験済み。
村が大きくなったので、支出できない額ではなかった。
保険料と思って払っておくか。
「お支払いしましょう。ただ、気になっている情報もあります」
「はて、なんですかね?」
「村に怪しい商人が出入りしています。いったいなにを売買しているのでしょう」
カクメイは笑った。
「私が必要な物を運んでもらっているだけですよ」
取扱い品は気になるが、カクメイの家に出入りしていたので安心する。
久々にアメイがやってくる。
「しばらく見ないと思ったらどちらに?」
アメイがしずしずと答える。
「カクメイ様の指示で山の調査をしていました」
「何かかわったことがありましたか」
「山にモンスターの砦ができていました」
モンスターは山から下りてこない。だから、この地は平和だった。
もし、モンスターが大挙して押し寄せてくる事態があれば、何もない東の地が戦場になる。
「モンスターが徒党を組んで山を降りてくるってことですか」
「可能性はあります」
アメイが帰ると、二千名からなる歩兵が村にやってくる。
隊長を接待して尋ねる。
隊長は口が堅かった。だが、高級酒を振舞うと教えてくれた。
「東がなにやら騒がしいので、総督は部隊を増派することにした」
ユウトの村に相談はない。とすると、軍の行き先は滅んだ東の村かな。
村の開拓に兵が入るのは特段珍しくはない。
「それだけですか?」
隊長はちょっと身を乗り出してこっそり教えてくれた。
「どうも皇帝陛下は極東を領土に組み入れたいらしいですよ」
「まさか山を越えて極東の国に攻め入るのですか?」
山を越えての進軍はマオ帝国にも極東の国にしても危険だった。
攻め入ったはいいが、冬になれば補給路がなくなる。
隊長は杯でぐいっと酒をあおる。
「わからんが、我が帝国の勢いは止まらんからな」
平和な僻地が軍の通り道になってしまったか。
部隊は二泊の休憩を終えると、ロシェと情報交換して東に向かった。
立て続けに来客がやってきた。義理兄のヨアヒムだった。
以前に会った時、ヨアヒムは優雅な貴族だった。だが、今は屈強な戦士に転身していた。
華やかさはなくなったが、猛者がかもす覇気を感じた。
「義理兄さん、無事だったんですね。姉さんは心配していましたよ」
「妻には心配をかけた。だが、俺はマオ帝国の騎士として返り咲いた」
以前は伯爵だった。いまは騎士だから位は下がった。
でも、敗戦国の貴族からの返り咲きならたいしたものだ。
ヨアヒムは人目がないことを確認してから切り出す。
「ユウトが村の庄屋で助かった。実はこの村へ代官の就職口がきている」
エリナの後任の代官は義理兄か。親戚のほうがやりやすい。だが、様子が変だ。
ヨアヒムは膝を手でさすりながら頼む。
「村の金をこっそり俺に回してくれないか」
きたよ、汚職の誘いだよ。庄屋と代官が組めばたいていの悪事ができる。
『庄屋よ、お主も悪よのう』『いいえ、お代官様ほどでは』の世界だ。
天下の副将軍などがいようものなら、酷い目に遭うのは我々だ。
「村の公金は渡せません。戦場で手柄を立てているなら恩賞をもらっているでしょう」
ヨアヒムは苦し気に吐露する。
「落ちぶれても付いてきてくれた家来がいる。家来が第一だ」
驚きだった。
「家来に全部、恩賞を渡したんですか」
ヨアヒムは苦い顔で不満をぶちまける。
「手柄を立てたらまた貴族に戻れると思ったんだよ。そうすれば取り戻せるってさ」
「違ったんですか?」
「手柄は立てた。だが、与えられたのは騎士の身分と代官の役職だけだ。所領はない」
ヨアヒムは代官の役料を教えてくれた。
庄屋に比べればずっと良い。だが、家来の数を考慮すると贅沢はできない。
貧乏代官か。支えてくれた人間を捨てなかった態度は立派だ。
だけどさあ、それで汚職に走ったら意味ないよ。
でも、姉さんも教育費で余裕がないからな。
親族のことだから、親族でなんとかするか。
ユウトは国宝の湯飲みを持ってきた。
ヨアヒムは美術品に造詣がある。ユウトが持ってきた茶器の価値はすぐに理解した。
ヨアヒムは茶器を見て驚いた。
「これは国宝の茶器か」
「父のコレクションです。村の金は渡せませんが。これを差し上げましょう」
売れば家来がいても当面、生活に困らない。
その間にまた手柄を立てれば次は領地がもらえる。
価値を知るだけにヨアヒムはすぐに手を出さなかった。
「良いのか?」
「姉さんの取り分ですが、義理兄さんになら譲ってもいいでしょう」
ヨアヒムは有難がって頭を下げた。
「恩に着る。村の代官に就任したら決して悪いようにはしない」
言い方は悪いが、これで多少の不始末があっても領主に俺の悪事はばれない。
草木が芽吹く頃、寺院と職業訓練所が完成した。
滅んだ東の村に向かう大工の集団が村に立ち寄ったので訊く。
「村は復興できそうですかね」
大工は怪訝な顔をする
「村? 作るのは砦だってきいたぞ」
総督もこの地の防備に本腰をいれたか。屯所だけでは不安なのだろう。
なんにせよ、村の東側に壁ができるのは嬉しかった。
東に砦があればここがすぐに戦場になる展開はない。
安心は三日で破られる。東に砦を建設に行った大工が逃げてきた。
ハルヒが不安な顔で報告にくる。
「砦の建設現場が毎晩のように火竜に襲われています」
モンスターからすれば砦ができると困るからな。
「軍隊はどうしている」
「戦っていますが、押され気味だとか」
軍事紛争になったか。注意が必要だな。
ハルヒが帰るとカクメイがくる。
「庄屋殿、村に危機が迫っておる」
「火竜ですね。それで、策はあるんですか」
カクメイは自信たっぷりに答える。
「ある。対龍抗槍を作る。射出用の対龍兵器じゃ」
疑問だった。
「そんな便利な兵器があるなら、なんで軍は作らないんですか」
カクメイの顔は渋い。
「作らないんじゃなくて、作れないんじゃ。作るには熟練の職人がいる」
納得の理由だった。
「腕の良い兵器職人は工兵として戦地に行っていますからね」
「街にはもはや年寄りしかおらん」
「わかりました。兵器職人を呼びましょう」
街にいるヨアヒムに急ぎの手紙を出す。
どんなに高齢でもいい。経歴の長い兵器職人を急ぎで送るように頼んだ。
生きてさえいれば、老人も給金は弾むとした。
ヨアヒムは約束を守った。よれよれのお爺さんの集団がやってくる。
本当なら目も当てられない。だが、三日で状況は変わる。
職人たちは「思い出すなあ」といいながら、兵器を作っていく。
対龍抗槍には希少材料を使う。手間も掛かる。
材料は戦略物資であるため、簡単には輸入できない。
だが、カクメイが軍のコネを使い密かに買い入れていた。
間に合うか不安だった。
カクメイは笑って答える。
「春先には竜の発情期がある。この短い発情期を逃せば竜は繁殖ができぬ」
竜は強力な軍事力となりえるが、こんな弱点もあるのか
「竜を操る者にとっては休まざるをえない期間が存在するんですね」
カクメイは自信たっぷりに答える
「そうじゃ、だからまだ時間はある」
カクメイの言葉は正しかった。砦から逃げてくる者はいなくなる。
再び竜が出た時には、九本の対龍抗槍が完成していた。




