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第二十五話 人の秘伝

 雪山龍に力押しで勝つのは難しいとわかった。

 雪山龍の誘導法はわからない。敵の正体も見えない。


 有効な打開策はないように思えた。

 

困っていると、悲しみを帯びた顔のハルヒが報告にやってくる。

「庄屋様、怪我人の治療が終わりました」

「亡くなった方はどれくらい?」


「三人です」

 少ないとはいえ、人が死んだ。次はもっと多い。


 ハルヒが控えめな態度で教えてくれた。

「元ハンターのミハエルさんが教えてくれたんです。御山には雪山に似た龍が棲むって。今回の化物がそうでしょうか」


 おっと、いたね。情報を知る人が。知は力。

 情報が集まれば突破口も開けるかもしれない。

「ミハエルさんに会いたい。案内して」


 ハルヒは寂しげに首を横に振った。

「ミハエルさんは年が明けて少しすると、亡くなりました」


 新年会の頃か。もう少し長生きしてくれていれば。

「そうか、残念だな。ミハエルさんの御遺族は?」

「身寄りはありません。荷物はこれから処分します」


 待てよ。ミハエルは雪山龍に対抗するヒントになるものを残していないだろうか。

 ハルヒに案内してもらい、ヒントを探す。日記があった。


 だが、日記はここ一年のもので、雪山龍に関する記述はない。

 ハルヒたち世話人に関する感謝だけが書いてあった。

 がっかりしたが、嬉しくもあった。念のためにミハエルの日記を持って帰る。


 ママルが困惑した顔で待っていた。

「僧正様、ナム老師から手紙が届きました」


 ナム老師は亡くなった。とすると、亡くなる前に書いた手紙か。

 自室に帰って手紙を読む。手紙には一文しか書かれていない。

『ミハエルに手紙を書きなされ。さすれば村は救われる。これぞ人の秘伝なり』


 亡くなった人宛てに手紙を書いても無意味な気がした。

 だが、気になる。ナム老師は雪山龍に村が襲われると知っていたのだろうか。


 テーブルに向かってミハエルに手紙を書く。

『雪山龍から村を救う方法を教えてください』


 封をして宛名を書く。体の中が熱くなる。手紙が光った。

 手紙も熱くなっていた。手紙を開くと中身が書き換わっていた。


『呪物を使え。春が村を救う』

 日記と同じミハエルの字だった。これが秘伝の力なのか。


 武僧の秘伝など、てっきり戦闘技術に関するものだと予想していた。

 違うのか。人の秘伝は時を超えて手紙を送るための術? 


 それとも、死者と文通する術なのだろうか。詳細はわからない。

 だが。村を救えるかもしれない。


 ハルヒに頼んで呪物に詳しい老婆を紹介してもらう、名前はオオバ。

 今年で百歳になる腰が曲がった体重百㎏の老婆だった。


 オオバは紫色のローブを着ており、いかにも魔女らしく見えた。

 オオバは不機嫌だった。

「呪物を探したいのですが協力をお願いできますか」


 オオバはぶっきらぼうに言う。

「いいけど、金をとるよ」


 額を訊くとけっこういい金額を請求された。

 村の危機に対抗するためなのだから、もう少し安くしてもらいたい。


 だが、オオバの顔はむすっとしている。

 ハルヒが柔らかい顔で頼む。

「美味しい料理を作って、ワインと一緒に持ってきます。それで、許してください」


 オオバは不機嫌な顔で言い放つ。

「随分と安く見られたね」


 ハルヒは丁寧に頼む。

「お願いします。このままじゃ村人が凍えちゃう」

「私も寒いのは苦手さ。いいよ。付き合ってやるよ」


 オオバはミハエルの家に入ると、ぐるりと中を見回す。

 つかつかと歩いていき、古びた一振りの剣を手に取る。

「あったよ。これだよ」


 剣は動物の骨を削って作られたものだった。切味は悪そうだ。

 こんな古い一振りの剣で雪山龍の進行を防げるのか?


 オオバが威張った顔をして命ずる。

「私の仕事は終わったから帰るよ。料理とワインは早めにね」

「これをどうやって使ったらいいんですか」


 オオバは露骨に舌打ちした。

「使えない庄屋だね。あんたの家にでも置いときな」


 オオバは巨体をゆすって帰って行った。

 効果のほどはわからないが、二階のベッドルームに剣を安置した。


 翌朝、まだ暗い中、敵襲を知らせる銅鑼が鳴る。

 二階から顔を出すと雪山龍が見えた。だが、前回とは様子が違う。


 雪山龍は村から三百m手前で停止。

 そのまま、村から距離を空けて周囲をぐるぐると回っている。


 明らかに村に近付けない様子だった。

 弓もハンマーも届く距離ではないので攻防はない。


 雪山龍は村を三周する。

「ボゲー」と大きく鳴くと雪山龍は撤退して行った。


 兵士たちも武僧たちもわけがわからない顔をしていた。

 気になったので剣に触る。剣は温かくなり、なにかしらの力を発揮していた。


 カクメイがママルを連れてやってきた。

 呪物の剣が雪山龍を遠ざけたと伝える。


 カクメイは涼しい顔で予見する。

「敵はこの剣を狙ってくるでしょう」


 ママルはふんと鼻を鳴らす。

「賊が侵入しようものなら討ち取ってくれる」


 ママルは頼もしいが、万一もある。

 ユウトは提案した。

「偽物を四本作りましょう。五本の剣を警備が厳重な箇所にバラバラに安置するんです」


 危険分散だった。

 本物がどれかわからなければ、敵は確率二十%の勝負に出るしかない。


 カクメイはもう一工夫を提案する。

「庄屋殿にも影武者を用意しましょう」


 なるほど。どれが本物かわからないなら、俺を人質に取るかもしれない。

 ママルは意気込んで申し出た。

「僧正様の影武者は孫のサジにやらせます」


 未熟でもサジは武僧。侵入者を捕まえられるかもしれない。

 気になったので聞いておく。

「敵が来なかった場合はどうします?」


 カクメイは微笑む。

「来なければ、困るのは敵のほうです」


「なぜです?」

「冬が終われば雪山龍を操るのは困難だからです」


 雪山龍の本能を抑え込むのは至難の業か。

 作戦は決まった。村の職人に急ぎダミーを作ってもらう。


 職人は久々に腕が振るえるとあって喜んでいた。

 二日で一本ができた。鞘から抜かなければ偽物だとわからない。


 兵舎、寺院、庄屋の家、食糧庫、ロシェの宿舎に剣は安置された。

 ユウトは大浴場の釜番に変装する。


 二週間が経過する。気温は四℃を超えるようになり冬の終わりが感じられた。

 大浴場の釜番小屋で寝ていると、銅鑼が鳴った。


 外に出ても、雪山龍は見えない。

 だが、全長五mの飛竜が庄屋の家から飛び立つところだった。


 騒ぎが収まってから庄屋の家に行く。

 ママルが申し訳無さそうな顔をして謝る。


「僧正様、面目ありません。サジが賊を取り逃がしました」

「呪物の剣はどうなりました」


「奪われました」

 敵に見事にやられた。だが、剣はダミーの可能性もある。


 確認が必要だった。

 朝になり、家に戻るとカクメイがやってくる。


 カクメイの顔に、暗い色はない。

「ロシェの宿舎にあった剣が本物です」


 ほっとした。ダミーを用意しておいて正解だったな。

「もうすぐ春がきます。村は防衛できたと思っていいんですね」

「少なくとも今年の冬までは安泰でしょう」

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