第二百十八回 ラジットの話(下)
最後に到着したのはユウトの屋敷だった。最後に尋ねる人は、俺かとユウトは思ったが予想は裏切られた。
ラジットは人力車に乗るパルテイーヤを指名した。母親が指名を受ける展開にダイダとバルジッとは驚いた。
「ダメでしょうか?」飄々とした態度でラジットがお孫様に尋ねる。自分たちの母親が皇帝陛下より救世主を偉いと判断するわけがない。ラジットの指名は敗北宣言と同じだ。
ここまでラジットの行動を見て反感を持っていたダイダは勝負に拘った。
「お母様、答えてください。皇帝陛下と救世主どちらが偉いですか?」
突如指名がきたのでパルテイーヤは驚いた。拒否する訳にもいかず答える。
「それは皇帝陛下です」
パルテイーヤの答えにダイダの顔は勝ち誇る。ここでラジットが質問する。
「それでは質問です。皇帝陛下とお子様どちらが大切ですか?」
ラジットの声に「ふっ」とパルテイーヤは笑って答える。
「我が子以上に大切なものなどないのです。私は皇帝陛下をよく知っています。ですが……」
言葉を途中で切り、パルテイーヤは人力車を下りた。パルテイーヤは子供二人の後ろに立つ。
パルテイーヤはまずダイダの肩を引き寄せる。
「皇帝陛下よりバルジットのことをよく知っています」
パルテイーヤは次にバルジットをそっと引き寄せる。
「同じく皇帝陛下よりもダイダのことを知っています。両方、知っているのですから間違いありません」
お孫様二人の顔がグッと歪み泣きそうになる。ラジットは微笑み語る。
「ダイダ様、バルジット様、この度はこのラジットの完敗です。これは確かです。歩くのすら辛くなるまでお二人に付き添ったパルテイーヤ様の言葉なのですから」
ダイダが母に抱き付いて泣き顔を隠す。ダイダは涙声でラジットに抗議する。
「汚いぞ、ラジット。こんな勝ち方は嬉しくない――」
そう言いかけて、ダイダは言いかえる。
「いや、嬉しい。とても嬉しいぞ。願いを言う。俺の願いは、ラジットの望みを一つ叶える事だ」
「それでしたら、お願いがあります。予定より早い訪問でしたのでいい宿が準備できませんでした。なので、今日は庄屋様の屋敷に泊まってください」
そんなわけはない。宿には特別料金を払い空けてもらっている。部屋はある。
ラジットの言葉が続く。
「ただ庄屋様の屋敷は狭いです。それぞれに一室を準備することはできません。申し訳ありませんが、今日は三名で一室をお使いください」
「一緒の部屋なんていいの?」とダイダが呟くと、パルテイーヤは二人の頭を抱く。
「本来ならよくはありません。ですが、ないものは仕方ない。ここはラジットの顔を立てあげましょう」
ママルの案内により三名は屋敷に入っていった。
「これで三人の仲が良くなると接待役としても嬉しい」
ユウトが喜ぶとラジットが微笑む。
「あとはよろしくお願いします」
「任せておけ最高のお持て成しをするよ」
「そうではなく、あちらです」
ラジットが指し示す方向にはムカッとした顔の使用人たちがいた。使用人もお付きの護衛も予定をぐちゃぐちゃにされて怒っていた。とりあえず、中へと応接室に侍従長を入れる。
キレそうになっている侍従長にどう納得させようかと思案した。
フブキが怖い顔で口出しする。
「実は母上様とお孫様お二人を暗殺しようする者が街に入っています」
フブキの言葉に侍従長が顔を険しくする。
「だったら、この屋敷は使えない。警備を固めないとダメだ」
「使用人の皆さんの顔を屋敷の人間は知りません。また、皆さんも武僧の顔を知りません。ここは身代わりとして、別の者が宿に泊まり暗殺者を攪乱します」
屋敷と宿どちらに誰がいるかわからなければ暗殺者は五分五分の賭けに出るしかない。宿なら部屋の格からどこに誰がいそうか目星は付く。庄屋の屋敷となると間取りはわかっても、どこに誰がいるかわからない。
三人一部屋なら守り易い。屋敷でママル、ライエルの警備で付けばカトウでも投入しなければ暗殺は不可能である。ラジットはここまで読んでいた。
暗殺が確実なら、フブキの進言は有効である。侍従長は悩んだ。
「逗留はまだ続きます。失礼ですが、この屋敷はいささか古く狭い。今日明日は良くてもその後はどうします?」
自信タップリにフブキは請け合う。
「明日の朝までに暗殺者を始末できる算段があります」
そんな話は聞いていない。フブキが警備担当なので任せてあるが、本当に暗殺者の排除なんて可能なのか?
侍従長は不安なのかフブキに聞いた。
「どなたが対処なさるのです」
「街一番の傑物で名をマタイといいます」
マタイができるというなら、できる。だが、どういう手段を使うか怖くもある。フブキが嫌いなマタイに任せるのだから、かなりの確率で暗殺者は動く。また、マタイなら止められるとフブキは判断した。
侍従長はマタイを知らないのか、ユウトに尋ねる。
「聞いたことがない男ですな。そのマタイなる男は信用できるのですか?」
信用できるか、信用できないか、で聞かれたなら「信用できない」だからといって正直に言うのは馬鹿者である。ユウトもフブキの暗に乗った。「信用できる」と言わずに「腕は確かです」と答えた。
侍従長は腕組みして目を閉じた後に決断した。
「では今晩中に決着させてください」
長い夜が来るのかと、ユウトは覚悟した。




