第二百十七回 ラジットの教え(上)
ラジットと二人のお孫様の勝負が始った。
「それでは」とラジットがキョロキョロすると、バルジットが口を出す。
「聞く人間はラジットが決めるな。予め仕組んである可能性がある」
ラジットが弱った振りをする。
「それは困りました。ダイダ様やバルジット様が選ばれると。今度は私めがインチキに遭うかもしれません」
ダイダはムッとする。
「無礼な。俺はそんな卑怯な真似はしない」
「ではこうしましょう。私が聞く人を選びます。ダメなら、お二人のどちらかが拒否するのではどうでしょう」
「それならいいか」とダイダは了承するが、バルジットは浮かない顔をしている。
「では質問する人を探すので移動しましょう」
一行は外に出る。総勢五十名近い人間が動くので目立つ。武装した護衛に、明らかに身分が高い人間。それに庄屋がペコペコして後ろを従いて行くのだから、一般人は警戒して道を避ける。
「どちらに行きますか?」宿を出たところで、ラジットがダイダに質問する。ダイダは街の地理なんて知らない。だが、ラジットに選ばせる危険性は知っている。
「こっちだ」と指摘する。そうして、行き先を決めずに移動する。街をブラブラする旅行になった。お付きの人間や護衛が戸惑っていた。母親のパルテイーヤは息子たちが楽しいなら、なんでもいいと思っている。
さすがに暗い道や危険がありそうな道は母親として止める。お二人のお孫様は宛てもなく異国の街を歩く。お二人とも文化の違いに興味を示している。
ラジットが一つの屋台に目を止める。いたって普通のクレープの屋台だ。
「あの屋台の主人に聞いてもいいですか?」
屋台の人間ならいる場所は決まっている。だが、屋台があった場所へは、ダイダが選ばねば着かない。予め仕込んだ人間とは思えない。
「いいだろう」とダイダは了承した。ダイダもユウトと同じく仕込みの人間ではないと判断した。
ラジットが屋台の主人にクレープ五枚を注文してから尋ねる。
「御主人に伺いたい。皇帝陛下と救世主。どちらが偉いと思いますか」
屋台の主人は一行を見てから、遠慮がちに答える。
「それは皇帝陛下のほうが偉いでしょう」
ほら見たことかと、ダイダが誇るとラジットが質問を続ける。
「それはなぜでしょう」
「皇帝陛下はこの大きな国を治める方で、大金持ちだ。救世主といっても皇帝陛下ほど稼いでいないから、大きな宮殿には住めない」
「救世主は大きな宮殿に住んでいないから救世主は偉くない。では、貴方は皇帝陛下が住む宮殿を見たことがありますか?」
「いや、ないけど」
何かおかしいと感じたのかバルジットは口を出した。
「話をおかしな所に持って行くな。勝ちは勝ちだぞ」
ラジットは恭しい態度で答える。
「仰る通りです。一勝目おめでとうございます。あと三勝でお二方の勝利です」
クレープを食べながら歩く。パルテイーヤは子供たちが屋台の食べ物を口にするのは嫌っていたが、お孫様たちは気にしない。むしろ、宮殿では出ない食べ物に喜んでいた。
再びブラブラと歩くと、次に一向に道を開けた冒険者を見てラジットがダイダに聞く。
「あの者でもよろしいですか」
ダイダから見ればアウトローの人間に見えるだろう。アウトローなら皇帝の権威に反感を持つ者もいる。
ダイダは疑ったが、「よい」とバルジットが認めた。バルジットは勝負に勝つより、ラジットの企みが気になっている。
ラジットが冒険者に尋ねる。
「そこのお方、一つ質問させてください。皇帝陛下と救世主どちらが偉いと思いますか?」
冒険者の一行もタダごとではない集団に質問され戸惑った。答えないわけにもいかないと思ったのか、リーダーの若い男の剣士が答える。
「それは皇帝陛下だろう」
「それはなぜでしょう?」と再びラジットが問う。剣士は戸惑いながら答える。
「皇帝陛下には強い軍隊がいる。救世主がいてもあれほど大きな軍隊を持っていない」
「大きな軍隊を持っていないから、救世主のほうが偉くない。では、貴方は皇帝陛下が率いる軍隊をみた事がありますか?」
「いや、ないけど」
「ありがとうございました」とラジットが丁寧に頭を下げる。
バルジットが確認する。
「これでこちらの二勝だな」
「はい、そうでございます」とラジットは笑った。
街をブラブラする旅は続く。ダイダとバルジットは街に興味を持っているが、先ほどと目つきが違う。楽しむだけでなく、何かを感じ取ろうとしている。
三人目の質問者は昼の休憩時まで見つからない。
歩き慣れていないので、パルテイーヤは疲れていたのでユウトは気を使った。
「お母様は宿に戻られて休まれますか?」
「息子たちが心配なので従いていきます。今日の息子たちはいつもと違う」
元気な子供は疲れ知らずだ。母親としては苦労があるのだとユウトは案じた。事態を予見していたのか、フブキが人力車を用意してくれていた。パルテイーヤは人力車に乗る。
次の質問相手に休憩中の老婆が選ばれた。ラジットがまた同じく尋ねる。
「質問があります。皇帝陛下と救世主どちらが偉いと思いますか?」
近付いてきた仰々しい一団を見て老婆が遠慮がちに答える。
「それは皇帝陛下様だよ」
「それはなぜでしょう」
「皇帝陛下は随分と長く生きておられる。人ってのは、生きた分だけ賢くなる。最近現れた救世主は若いからそれほど賢くもないだろう」
「賢くないから救世主が下といわれる。なら、貴方は皇帝陛下と話されたことはありますか?」
「いや、ないよ」
ラジットが老婆に礼を言ってから、お孫様に向き合う。
「これで私の三連敗ですな」
項垂れてバルジットが答える。
「もうよいラジット。皆が皆、皇帝陛下に会ったことがなく、救世主に会ったこともない。なのに皇帝陛下が偉いと讃える。その理由にも確たる根拠がない」
バルジットの言葉にダイダがバルジットの顔をパッと見る。
バルジットはダイダに言い聞かせる。
「私たちは救世主を知らないが、皇帝陛下は知っている。宮殿の大きさも、軍隊の大きさも、賢さもだ。だから、救世主と会えば違いがわかる。だが、それには何の意味もない」
ダイダがバルジットを見る目に敬意があった。バルジットは続ける。
「人は自分がわかる物差しで人を判断する。基準も人により変わる。人は知らないのに、さも知っているように振舞う。それなのに偉いだの偉くないだのいう。これは愚かだ。救世主を知らない私たちも同じだ。救世主を、ああだ、こうだと、言っている」
弟の方のバルジットのほうが年上に見えた。バルジットを演じているのがダイダだから実際には年上だが、ダイダ自身も賢い。
疲れていたパルテイーヤだがバルジットを見る目は優しい。
ダイダはバルジットに反抗した。
「何を言うのです。兄上、これとそれとは別です。勝負はまだ付いていない」
遠慮がない。子供らしい言葉だ。ラジットは休憩を終えて立つ。
「ダイダ様のおっしゃる通りです。ワシもこのまま負けたくありません。最後の一人に聞きましょう」
ラジットが立ち、歩いて行く。今度は別れ道にきてもラジットはどちらに行くかダイダに聞かない。どうやら、最後の一人がいる場所は決まっている。




