第二百十一回目 マスター・モンクの秘儀
ウンカイがアモンを試合で殺すぐらいなら、神前試合に負けたほうがいい。神前試合でウンカイがアモンを殺しても流儀に則れば罪はない。罪がないからといって、気にせず今後は仲良くとはならない。下手をすれば宗教紛争開始の合図だ。
もちろん逆もある。アモンがウンカイを殺しても報復は始まる。そうなれば、もうユウトでは止められない。
「ウンカイ様、申し訳ありませんが、神前試合に出る選手はこの日のために鍛錬を積んできました。突然交代させられたのでは無念でしょう」
ウンカイはジッと次に出る選手を見つめる。
「ユウト様とは親交があるので念慮なく申し上げます。次に控えているデンクウではアモン様に勝てないでしょう」
デンクウと武僧の名前を呼んだのだから、ウンカイとデンクウは面識がある。ウンカイならデンクウの腕を知っている。親切心からの申し出かもしれないが、ウンカイの善意を信じるのは危険すぎる。
ウンカイがユウトの説得に出る。
「神前試合は鍛錬の場を披露する見世物ではありません。己の命を懸けて信念を神に問う試合です。この日のために練習してきた、ではダメなのです」
仰る事はごもっともだ。それはウンカイの言葉を素直に信じれば、の話だ。
厳しい顔でウンカイの説得は続く。
「大僧正不在の件も元はといえば、拙僧とアモン様の考え方の違うせいで起きました。ならば神前にて、その技と精神を披露することで解決するやも知りません」
ウンカイの言葉にサモンが喰いついた。
「それはこの一戦に大僧正の地位を懸けるのですか?」
大事になる前にユウトは止めた。
「待った! 大僧正を決める件はこの後に話し合う予定です。今回の神前試合の結果とは関係がない」
冷静にアモンは発言する。
「ユウト様がおっしゃる事は至極まとも。今は神前試合の選手を誰にするかの話です」
天徳派ではアモンの言葉は絶対。アモンの言葉を聞きサモンは黙った。
ウンカイとアモンを戦わせては危険だ、とユウトは判断した。
「私の心配をしてくれて有難うございます。ですが、私は選手を変えません」
ウンカイは粘るかと思ったが、引き下がった。
「ユウト様が選手をデンクウに決められた。出過ぎた真似をお許しください」
「ふー」という言葉がどこからか聞こえた。気持ちはわかる。最終的は大僧正は神前試合で決める結果になるかもしれないが、今ではない。また、いきなりやられても困る。
デンクウは良く戦った。アモンを苦しめるまではいかなかったが、無様な試合にならなかった。アモンは予想通り強い。観戦したが、勝てる武僧はママルぐらいだ。そのママルとて勝利を確実視できない。
神前試合は終わりを告げる。結局、天徳派に十一勝された。負けて良かったとは言えないが、ウンカイかアモンがどちらか死ぬよりはズッとマシな結果だ。
信徒には神前試合は盛況だったので、布教の役には立った。ウンカイもアモンも表向きには無表情だ。神前試合が終われば敵も味方もなし。同じ天哲教の仲間が、基本である。
ユウトはウンカイとアモンを食事に誘った。
「さすがはアモン様が指導する天徳派だ、お強い。地徳派の武僧も参加していただけたので助かりました。どうでしょう、この後、一席設けてあります」
ウンカイより先にアモンが口を開いた。アモンの顔に感謝の現れはない。
「ユウト殿には天徳派と地徳派を繋ぐために並々ならぬ努力をしていただいており感謝しております」
「嫌味か!」と言いたいが飲み込み微笑む。アモンが言葉を続ける。
「このまま食事をしても困りごとを抱えていては美味しくない。先に大僧正の決定を話し合いましょう」
「おかしい」とユウトは疑った。このまま大僧正の話をしても平行線は変わらない。アモンが街でコソコソと動いていたが、何か切り札を手に入れたのか?
ウンカイが何かに理由を付けて断るかと思ったが、これも予想が外れる。
「やはりそうなりますか。各々の秘伝を持ち寄り開祖に意思を問うのですね」
宗教関係の勉強はおろそかにしてきた。「なんか天哲教の僧正なら知っていて当たり前ですよね」の前提で会話されても困る。だからといって、僧正の立場で「それって何ですか?」と言い出すのが非常に格好悪い空気だ。
ユウトは時間稼ぎに出る。
「マズい飯を喰わせるようで、申し訳ない。大僧正の件は時間がかかる。私は先に食事をしたいです」
アモンとウンカイは顔を見合わせてから「では、後ほど」と短く了承した。三人で飯を喰う雰囲気ではないので、各派別々での食事となる。ユウトは急いでママルを呼んだ。
「開祖の意思を問うってどういうこと?」
ユウトの問いにママルは驚いた「知らなかったんですか!」と言いたいのを我慢している顔だ。これは後から天哲教について学ぶ必要があるが、今は恥でも聞くしかない。
情けないと思っただろうが、ママルは教えてくれた。
「天徳派、地徳派、人徳派の三つの秘伝を持つ者が大僧正です。ですが、三つを持つと、三つを修得するのは違うのです」
意味はわかる。剣を所有すると、剣を使いこなすは違う。
「三つを修得できる者が現れた時、秘伝は惹かれ合い開祖であるタイソウ様の心に通じます。開祖の御心が示されるのです」
「なんでそんな面倒な事をするんです? 修得者が大僧正になればいいでしょう」
「開祖はその時に秘伝修得者を大僧正にするとは限りません。また、開祖は大僧正の資格なしとした者を罰するともいいます」
究極の解決法だ。アモンは開祖ならウンカイを破門すると読んだ。ウンカイは秘伝により開祖の声が聞こえなかった時は、アモンに大僧正の資格なしとする気だ。どちらも行き当たりばったりの賭けになる。だが、ウンカイもアモンも落ち着いている。
「成功すると開祖が現れるの?」
「それはわかりません。天哲教二千年の歴史で開祖が現れたのは、四回だけと記述があります」
これは成功しない儀式だ。それゆえに色々な解釈が成り立つ。アモンとウンカイはもう話し合いによる解決は不可能だと考えた。ゆえに、袂を分かつ気だ。必要なのは大義名分だ。
ユウトとしては天徳派と地徳派があらそっても影響は少ない。人徳派は人徳派で両方と仲良くやればいい。
食事後、寺の本堂に三僧正が集まる。三方を囲むように僧正の後ろに高僧が座る。
アモンが祈りを捧げて手を高く掲げると。光る玉が現れる。ウンカイも当然のように同じ姿勢を取ると光る玉が出た。ユウトは不安だが同じようにすると、光る玉が出た。
三つの玉が合わさると、人の形になり人の形を取る。
「見事なものだな」と感心していると、後ろからリーの声がする。
「開祖タイソウ様が降臨された!」
アモンとウンカイを見ると両者とも驚いている。本来なら起きないはずの事象が起きた。




