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第二百九回目 凶主

 ハーメルとは南東の村の郊外で会う。いつ建てたのかわからない屋根とベンチだけがある木製の小屋があった。公園にあるなら休憩場所だが、周りには荒涼とした原野しかないので使う人間は皆無だ。


 無許可でハーメルが建てた。ハーメルにしてみれば、人間側が無許可で村を作ったとも言える。なので、小屋の存在について口は出さない。


 一人で会うと危険なのでママルとフブキを護衛に付けた。緊急時に逃げられるようにキリンもいる。用心のために村には氷竜とコタロウを待機させている。


 ハーメル側は三人だった。一人は執事のバンパイアで、もう一人は古びた外套をきた男の子である。髪は金髪で白い肌なので旧王国人に見えるが、そんなわけはない。


 ハーメルが敬意を払っているので、ハーメルの主だ。


 席に着くと子供から自己紹介がある。

「初めまして、山の中に城を構え、生活している者です。山の者は凶主と呼んでいます」


「お初にお目に掛かります。街に暮らしている者です。街では庄屋と呼ばれています」

 凶主が名乗らなかったので、失礼だと思いつつもユウトも名乗らなかった。


 ユウトの自己紹介を聞いて凶主はフッと笑った。

「名乗らなかったのは失礼でしたね。アレク・アウロス・ガレアです。長い名前なので凶主でいいですよ」


 山の中には古代帝国と呼ばれる滅んだ国がある。ガレアは歴代皇帝の親族しか名乗れなかった。古代帝国が滅んだので山の中で自由に名乗れるようになったのかもしれないが、違う気がする。


「私は商家の出なので大層な名前はありません。ユウトです。私の名前は短いので庄屋でもユウトでもお好きな方で、どうぞ」


「では、御夫君と呼んでもいいですか?」


 旧王国があった頃なら東の地の情勢なんて山の民にはどうでもいいことだった。今は戦争中なので色々と情報を集めている。少なくともトリーネとユウトの結婚は知っているぞ、との意思表示だ。


「どちらでもいいですよ。それで凶主様のご用件はなんでしょう」

「愚痴を言いにきました」


 抗議、苦情、要求でなくて愚痴? そんなつまらない事をいうために顔も知らない街の庄屋を呼んだのか? ユウトが不思議に思っていると、凶主は顔をちょいと顰める。


「私は御夫君を快く思っていない。御夫君にしても私を嫌っているでしょう。ですが、これからは、嫌いだから付き合わないは通用しない」


 この地で生きるなら従えとは、なんとも高慢ちきな考えだ。

「戦争が絡むからですか?」


「いいえ、違います。マオ帝国は山を征服できないので、私にとっては他人事です」


 山の征服が不可能なのは山の民の常識であり、現状である。戦争が無関係ならなおさら街の庄屋には用がない。臣従を要求する意味もない。親交を深める必要もない。


 憂鬱な顔で凶主が語る。


「私の客人としてアインがいる。アインの盟友にトリーネがいる。トリーネに夫ができる。私と御夫君の仲が険悪になると、お互いに困りますよ」


 オーバー・ロードのアインと凶主は繋がりあると噂されていた。領主トリーネは教えを学ぶ名目でアインとの付き合いがある。トリーネと付き合うアインとオーバー・ロードのアインは同一だった。


 予感はあったが、確証は何もなかった。凶主の情報が、トリーネの教師アインとオーバー・ロードのアイン、二人を繋いだ。


 展開がわからないので、ユウトは探りに出る。


「妻になるトリーネに対して、あいつと付き合うなと言うような器量の小さい夫ではありませんよ。また、凶主様とも敵対するつもりはありません」


 ユウトの言葉は偽らざる心境だった。味方は多い方がいい、敵は少ない方がいい。


 凶主がサラリと示す。

「敵対は賢くない。トリーネの前の夫であるお二人も同じ考えでしたよ」


 トリーネが結婚した二人の夫は死んでいる。凶主は前のトリーネの二人の夫とも会っていた。思わせぶりな言い方だ。敵対すれば次はお前が亡くなるとでも脅すつもりか?


 ユウトの不快感が顔に出たのか凶主は謝った。


「気を悪くされたのなら許してほしい。トリーネの夫となるのなら、トリーネを怒らせないほうがいい。苦労しますよ。私はアインと結婚していませんが、いつも泣かされています」


 ユーモアを挟むが、好意的には見えない。


「何をおっしゃりたいのかよくわかりません。言いたい事があるならハッキリ言われたらどうですか。雪は降っていませんがここは寒い」


「これは失礼、人間にはこの夜は辛いと忘れていました」

 気取り屋で、もったいぶった言い回しがユウトは好きではなかった。


 ハーメルと凶主の小さな声でのやり取りが聞こえる。

「陛下、客人に温かい茶を出すは無理ですが、火ならすぐにご用意できますが」


「いや、いい。御夫君が気を使う」

 気を使う気はないが、あまり長く話したくもない。


「急がせるようで申し訳ない。何をお望みですか」


 凶主はキョトンとする。

「何もかもありませんよ。私の愚痴に対してアドバイスや提案は必要ですか?」


 意味がわからない。本当にトリーネの夫を呼び出して「あんたも大変だけど、俺も苦労しているんだよ」的な話をしたかったのか? 


 確かに愚痴を言い合う会合なら着々と進んでいる。だが、本当にそうか?


 凶主が取り直す。

「私の愚痴だけ聞いてもらうのは申し訳ない。御夫君も愚痴を言いたいのならどうぞ。私も聞きますよ」


 人を馬鹿にした奴だとは感じ悪いが、質問していいなら聞きたい話もある。


「トリーネが大きな城に住みたいって言うんですよ。生活するにはあんなに大きな新築の城が必要ですかね。今あるのでも充分な広さがあるんですよ」


「ほう」と応えてから凶主がちょいと目を瞑ってから答える。


「御夫君にとっては無駄遣いに見えても無理はない。だが、城ならいいでしょう。実用性がある。また今の居城の場所だと利便性が悪い」


「これから大きな城が必要になる事態が起きる。マオ帝国より山に近い方がトリーネにとって都合がよくなる。凶主様はそうお考えですか」


「なる、ならない、は未来の話ですからなんとも言えませんね。ですが、私なら無駄な買い物とは考えないでしょう。むしろ必要な保険でしょう」


「なぜです?」


 凶主は小馬鹿にして答える。

「理由は私ではなく。御夫君の妻にきいてください」


 トリーネとアインは東の地で何かをしようとしている。凶主は計画を知っており、山の情勢に影響するので、手札を増やすためにユウトに接触してきた。人脈が拡がっていくが、良い方向に拡がっているのかは別の問題。


 凶主との顔合わせは済んだので帰宅する。他にもやらなければいけないことはある。今年の冬は何かと忙しい。

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