第二百七回目 悪徳庄屋、再び
一杯目としてグラスに赤い液体が注がれる。そっとユウトが口を付ける。ワインのようだが度数は低め、酸味も苦味も少なくチョッピリ甘い。美味しいとは思わないが、飲めないほどではない。
拍子抜けした。二杯目が注がれペネがそっと口を付ける。ペネも不思議そうな顔をする。美味しくはないが、飲めないことはない。
瓶が交換され三杯目が注がれる。今度の液体は黄色味がほんのりある。さっきのが赤ワインならこれは白ワイン。やはり、美味くもなければ、飲みづらくもない。四杯目が注がれペネも飲むが、簡単に飲み干す。
アクシャが何を狙っているのかがわからない。ペネは警戒しているが倒れてはいない。こうなってくると観衆も異変に気付く。
ネズミの一党の誰かが口を出す。
「残った酒をこっちに回せ」
酒場の給仕がアクシャをチラリとみると、アクシャが頷く。
瓶に残った赤ワインをグラスに分けて客に出す。飲んだ客が驚く。
「なんだこりゃ、これは水じゃねえか」
別のネズミの一党の人間が白ワインを飲んで意見する。
「水じゃねえが、かなり薄いぞ。こんなの酒じゃねえ」
観衆がざわめく、ネズミの一党ではない客が口を出す。
「次は俺に飲ませろ。インチキじゃねえのか。それならタダじゃおかねえぞ」
客の言葉にユウトは不思議に思った。ネズミの一党が騒ぐのはわかる。だが、何の関係もない客が勝負に異議を唱えるのはわからない。
仮にどっちが勝つか賭けていても同じだ。ソフトドリンクの飲み合いでもいつかは決着する。
なんかおかしいなと思っていると新たな瓶が開けられる。飲むと一杯目と同じ味だ。瓶を確認するとラベルは全く違う。だが、味は同じにしか思えない。ペネがグラスに口を付けると顔色が変わった。
酔いが顔に出たわけではない。驚きと怒りの顔だ。ペネはキッと後ろを振り返ると、ネズミの一党の一人が「ヒッ」と小さく叫んだ。何かが起きた。たが、意味がわからない。
空だったアクシャのグラスにアクシャが残る酒を注ぐ。アクシャが意地悪く告げる。
「どうする、ペネ。負けを認める? それとも続ける」
普通なら続行だが、ペネは怒りの顔でアクシャを睨む。意地の悪い顔でアクシャがペネに確認する。
「続けるならいいわよ。庄屋様が飲めなくなるまで酒は出すわ。酒に問題はないのはペネがよく知っているものね。だってこれはネズミの一党が扱っている品だもの」
読めた。ペネは偽酒を売っていた。結果、ネズミの一党から商品を仕入れた酒屋や料理屋は売上を落とす。資金繰りに困った店は高利で金を借りざるを得なくなった。
怒り出した客は騙された人間だ。ペネの態度からしてペネは仲間の一部が偽の酒を売っていた事実を知らなかった。薄々は気付いていたかもしれないが、ここにきて決定的になった。
アクシャがグラスの酒を飲み干そうとする、酒を要求していた男が怒る。
「待て! それは俺に飲ませろ」
アクシャは構わず酒を飲みほす。怒った男が前に出ようとすると、店の用心棒が立ちはだかる。酒を要求した男は店の用心棒に怯んだ。
怒りの籠った声でペネはテーブルをガンと殴る宣言した。
「わかった。私の負けよ」
ここで負けを認めないと、次々と偽の酒を出される。偽酒を売った事実を被害者に暴露されては堪らないとの判断だ。
客達が怒る。
「ふざけるな! 金を返せ。賠償しろ」
客たちが騒ぎだす。一通り口を出させたあとで、アクシャが瓶を地面に叩きつける。
「面白いことを言うわね。もう酒はないのよ。本物か偽物かなんてわからないわ。美味くもないボッタクリ料理を出しておいてよく言うわね。味のわからない奴と、お客を馬鹿にしていたが、まともな酒すら用意できない店でしたと認めるの?」
傲慢不良料理屋が悪徳酒屋に騙された。こうなると、どちらを守る必要もない。ならば、アクシャに堂々と肩入れできる。勝負を仕切る女の裏には悪徳庄屋がいた、の形になったが、今に始まったことではないので気にはしない。
客の誰かが武器を抜こうとした。ライエルが先に剣を抜く。
ライエルは剣でテーブルを真っ二つにする。ライエルが静かに告げる。
「お静かにお願いします。ペネ殿は庄屋様からの望みを聞かねばなりません」
ライエルの技を見て、只者ではないと悟ったのか男は剣から手を離した。
ペネがキッとユウト顔を見るので、ユウトは希望を伝える。
「鋼糸を作ったんですが、売れなくて困っています。これを全て買ってください。お金はないようですので、代金の支払いは九十日後でいいです」
ペネの顔色がサッと冷静になる。マタイの言っていた通り、ペネには売る宛てがある。
ユウトは気にせず、話を続ける。
「残念ながら鋼糸を売ってもペネさんの利益はほぼ消えます。利益分は裁判費用と被害に遭われた方の弁済に充てます。売れなかった時でも、代金は私が回収しますがね」
酒場の空気が変わる。ここで騒いでも金は返ってこない。ネズミの一党に襲い掛かっても結果は同じ。弁済に街の権力者が絡むのだから、途方もない嘘話でもない。全額は無理でも、金は九十日後には返ってくるかもしれない。
誰かがおずおずと口を出す。
「弁済っていくらだ」
ライエルが冷たい眼差しで男を見ると男は黙った。ユウトがアクシャに告げる。
「鋼糸の受け渡し。価格の設定。代金の回収はアクシャさんにしてもらいます。弁済額は民事訴訟を起こして手に入る額が基準です」
ユウトの申し出にアクシャは機嫌を良くする。アクシャにしてみれば苦労はするが、ペネの体面を保ちつつ、ペネを助けられる。
「鋼糸を売り切ったら、この件は手打ちにできるわ。庄屋ちゃんは随分と優しいのね」
ペネは助かるが、恩着せがましくしてはいけない。ユウトは悪ぶった。
「どうでしょうね。鋼糸は安い物ではない。かといって、誰でも売れるものではない」
アクシャとユウトがペネを見る。ペネは覚悟を決めた。
「一家の子が絡んだ不祥事よ。鋼糸を売って親の私がケジメを付けるわ」
色々と骨を折ることになった。ペネが販路を見つけてくれるのであれば無駄骨ではない。
アクシャが中に入るのであれば、不良店側もふっかけることができない。ネズミの一党も鋼糸の代金を持ち逃げできない。
鋼糸の持ち逃げは可能だが、売れないのであれば丈夫な糸でしかない。




