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二百六回目 庄屋 対 ネズミの親分

 アクシャがユウトを裏切る可能性もあったが、ユウトはアクシャにペネとネズミの一党への対応を任せた。翌日の夕方にマタイの訪問があった。


「築城の進み具合についての報告ですか? それとも別件ですか」


 おどけてマタイが語る。

「城はワシが手がけているのですぞ。城の方は問題ありません。モルタは頭の硬い男ですが、殴り合えばわかる男です」


 築城にあたってモルタとマタイは上手くいっていないとの報告は受けている。だが、暴力事件としての報告は上がっていない。モルタからも苦情がない。『殴り合い』といっているので、マタイがモルタを一方的に殴ってはいないのだろう。


 フッとマタイが真顔になる。

「聞きたいのはペネのことです。ペネを釈放したのはなぜですか?」


「アクシャさんからの頼みです。アクシャさんがペネを説得するそうです」


 即座にマタイが否定する。

「嘘だ。アクシャではペネを説得できない」


「勝負を申し込んでペネを負けさせると聞いています。アクシャさんではペネには勝てないですかね」


 マタイがペネを憐れむ。

「逆でしょうね。ペネではアクシャに勝てない。それはペネもわかっている。だが、ペネはネズミの一党を率いる以上は逃げるわけにはいかない」


「ならば俺としては問題ないですが、マタイさんの意見は違うようですね」


 マタイは静かに頭を下げた。

「ペネが負けた時には慈悲を掛けてほしい」


「違法高利貸しをして負けた人間に甘いですよ」


 マタイはペネに思い入れがあった。

「ペネは時代に乗り遅れた人間の集まりを押し付けられた。ペネだけなら助かったが、ペネはそれをしなかった。馬鹿な女です」


 犯罪者は犯罪者と切り捨てるのは容易い。成功しなかったのはペネが悪いと断じるのも容易だ。その結果、旧王国領は爆弾を抱え込むことになった。善悪は法律家や宗教家が論じればいい。政治は別だ。


「ならば負けた時の逃げ道を用意しましょう」


「それなのですが、ワシに一つ案があります。そろそろ鋼糸ができるでしょう。鋼糸をペネに売り付けなさい。代金の支払は九十日待ってやると言うのです」


 高級品の鋼糸だが現時点で売り先がない。品物ができたが販路の開拓はこれからだった。

「鋼糸はできましたが、鋼糸は簡単に売れる品でしょうか?」


「ネズミの一党ならば売る宛があるのです。勝負に負け無理難題な仕事を庄屋に押し付けられる。逆手にとって難題をやり遂げて利益を得た。となれば、負けたペネにも格好が付きます」


 負けるには負けたが、やり返したとする。もし、宛てが外れて売れない時はマタイがどうにかするつもりだ。売るのが難しい鋼糸が売れるのなら、ユウトにとっても利益がある。


「ペネが負けた時はその案を採用しましょう。鋼糸を売るのは、裁判費用と被害者への弁済とします。ペネは犯罪をして捕まったが、罰金刑で済んだと訴訟上は処理します」


「庄屋様の優しいこと。ワシなら厚かましくてもそこまでは頼めません」

 悪い役人と悪い庄屋の話は付いた。


 マタイが帰った次の日に、アクシャがユウトを呼びにくる。


「ペネの出所祝いの席を設けたわ。そこで勝負する。庄屋ちゃんも立ち合いにきて」

「勝負って何をするんですか」


「乱暴な事はしないわ。飲み比べよ」


 互いに強者を出して殺し合うよりは穏やかだが、酒が強いかどうかは見た目でわからない。不安な勝負でもある。見にいかないのも不安だ。勝負は夜なので、ライエルを連れて行く。


 勝負の場所は場末にある怪しい酒場だった。外から見て百席はありそうだ。場所と外観から、独りなら絶対に行かないような店だ。店の前には用心棒の大男がいる。


 大男二人がジッとユウトを見下ろしている。

「アクシャさんに呼ばれたユウトだ。通してくれ」


 一人の大男が丁寧な態度で接する。

「オーナーから話は聞いていますどうぞ」


 アクシャの役料で買える規模の店ではない。賃貸にしてもこの規模なら着実に利益を出さないと潰れる。ユウトが中に入ると、店内はガラの悪そうな男女で満席だった。ユウトが入るとピタリと会話が止まる。


 店の客の半分はネズミの一党だ。ネズミの一党はユウトよりライエルを注視している。前にライエルの実力を見たので警戒は当然だ。


 店の真ん中は不自然に空いていた。テーブルにはアクシャとペネが向かい合っている。

 テーブルには一つ空いている席があるのでユウトは席に着いた。


 ペネの顔は険しい。大してアクシャの顔は涼しかった。

 アクシャが店の奥に目をやると、ボーイがグラス三つと酒瓶を一つ持ってくる。


 アクシャは三つのグラスに酒を注ぎニコっとする。

「釈放、おめでとう。今日こうして祝えることを嬉しく思うわ」


 険しい態度でペネが尋ねる。

「挨拶はいい。勝負って何よ」


 今日の勝負の内容をペネは聞いていない。

「そんな話もしていたわね。せっかく美味しい酒があるのだから飲み比べなんてどう」


 ムカッとした顔でペネは拒否した。

「断る。きっと何か仕掛けがあるんでしょう」


「ないわよ。ペネはお酒が強くなかったわね。じゃあ、不利にならないように庄屋様と勝負でどうかしら」


 急に話を振られたが、流れは知っているので驚きは少ない。

「俺は嗜む程度しか呑めませんよ」


「よかったじゃない。ペネにも勝ち目があるわ」

 静かだった場にヒソヒソと話声が出る。勝負は行われるが、先行きが見えない。


 かといって、ペネがここで席を立って帰れる雰囲気ではない。

「わかったわ。その勝負は受けるわ。ただし、庄屋と私の飲む酒は同じ酒瓶から酒を注いで」


 ユウトが同意する前にアクシャが話を勧める。

「疑われるのは悲しいわ。でも、それでいい。酒を零したり、飲み残したり、したら負けね」


「待て! 零したら負けはダメだ。零した場合は注ぎ直しにしろ。それと、一杯目は庄屋から呑んでもらう」


 まっとうな意見だ。ユウトがペネだったら同じ提案をした。


「ペネは疑り深いのね。私はいいけど」


 アクシャはユウトを見る。ペネの条件変更はアクシャの計算の内だ。頃合いが良いのでユウトは一つ条件を提示した。


「ペネさんの提案は飲んでもいいですよ。ただし、ペネさんが条件を出すのなら、こっちも条件を出す。ペネさんが負けた場合は俺の希望を一つ叶えてください」


 ペネの顔がキッと厳しくなる。場の雰囲気はユウトとアクシャに味方していた。ペネからは断りづらい空気だ。アクシャがチラリとユウトを見るので、ユウトはニコっと微笑む。


 ユウトから条件追加の話をアクシャは聞いていない。なのでユウトの表情を窺っただけだが、ペネは嵌められたと感じたのか顔は険しい。アドリブ続きだが、飲み比べが始まった。

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