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第二百四回目 父の悩み、姉の悩み

 アイアン・アントの駆除は簡単だった。巣の近くに殺虫剤の蟻有りコロリン入りの団子を置けば終わる。庄屋はする仕事がない。一日あれば終わるとのことなので、パメラとバルジャンに任せて先に街に帰った。


 街に帰ると父のアンドレが待っていた。見るからにアンドレは困っていた。

 やや不作ではあるが、小麦はもうすぐ収穫できる。穀物取引に問題はないはずだった。


「どうしました、お父さん。穀物相場に異変がありましたか?」


「商いに問題ない時はない。そんなことはどうとでも対処できる問題だ。解決が困難なのは娘のセーラと義理の息子であるヨアヒムの問題だ」


 姉一家の問題は話し合いで決着しなかった。

「姉さんはこの地に来たくないと?」


「旧王都はセーラにとってよく知っている場所だ。発展していて学校も充実している。子供の教育上、好ましいのはわかる。だが、やはり家族一緒に住むべきだ」


 セーラがどうのと言っているが、父のアンドレは孫たちと暮らしたい。また、アンドレはセーラを可愛がっていたので、傍にいてほしいとの気持ちもわかる。


 旧王国の家族観では家族が一緒に住むのは当然とされているのも事実だ。


 姉の家の事情は姉のセーラとヨアヒムで解決してほしいのだが、このままではずっと平行線だ。ユウトが王都で商人をやっていれば、夫婦間の問題と静観してもいい。だが、現実は違うのでそうはいかない。


「住む場所が離れているせいか、姉さんや姉さんの子供たちの近況はわかりません。姉さんの子供は頭が良いのでしょうか? 学者か役人になりたいのでしょうか?」


「家族のことだから正直に教える。セーラの子供たちは長男も次男もそれほど頭が良くない。学者には不向きだ。ただ要領はそこそこいいので、小役人にはなれる」


 ユウトの兄である次男のニケは官僚だった。父としてニケを見ていたので、国の官僚になるにはどれほどの頭脳が必要なのか父は知っている。官僚ならではの苦労も知っている。その上で父はセーラの二人の息子は成功しないと判断している。


 冷徹なようだが、父は娘と孫を心配している。昔のように大商人であれば、セーラの息子たちの将来も金の力でどうにかできたが、今は違う。


「貴族としてはやっていけますかね」

「貴族ぐらいならどうにかなるだろう」


 名門貴族や大貴族の価値を父は知っている。だが、商才でのし上がってきた父は貴族にいい印象がない。ユウトとは違う価値観だが、善し悪しは論じても無駄だ。


『貴族ぐらい』と父は簡単に言うが庄屋でも大変だ。まして、王国が滅亡しても貴族であり続けるのなら、凡人には無理だ。


 アンドレは家族の愚痴をユウトに続ける。


「セーラの息子たちはよく言えば素直だが、人の顔色を窺っているところがある。小事には聡く、大事には疎い。あれでは、大一番で判断を誤る」


 ユウトは親にも祖父にもなったことはない。だが、父であるアンドレは人をよく見ているなと感心した。


 父が義理の息子ヨアヒムをどう見ているかも気になった。

「ヨアヒム義兄さんをどう評価していますか?」


「あれは小さな失敗はするが、大きな失敗はしない。運が味方しなくても、自分で道を開ける男だ。剣の腕前はよくわからないが、人の上に立てる男だよ」


 貴族を下に見るアンドレだが、ヨアヒムは人として評価されていた。セーラが結婚する時に「もっと大貴族を選べ」とアンドレは命じなかった。


 女の子なので「家を継がないから好きにしていい」ではなく、ヨアヒムを評価して結婚を認めたのだとユウトは初めて知った。


 マオ帝国は巨大な版図を持った。これからは、戦争は落ち着き、治世が始まる。だからといって、平穏とはならない。旧王国人にとっての試練はこれからくる。


「姉さんは東の地に来たほうがいい。俺もトリーネと結婚します。いま来てくれれば、セーラ姉さんの息子の将来を約束しましょう」


「それではダメだ。セーラは損には鈍いが、得には敏感だ。具体的な見通しと利益がないと動かない。それどころか検討もしない」


「二人いる息子のうちどちらかから、ヨアヒム義兄さんの跡を継がせる。もう一人の子についても、貴族として取り立てるのはどうでしょう」


 父と姉を気遣ってのユウトなりの真心だが、アンドレは渋った。


「お前は本当にそれでいいのか? 無能な身内を高い地位に付けると、お前が苦労することになるぞ。余計な苦労を背負いこむかもしれない。娘と孫のためにお前に犠牲を強いたくはない」


 アンドレは孫に厳しいのではない。末息子のユウトも可愛いとの親心だ。アンドレの指摘はごもっともだが、能力や野心だけ高い人間を入れても、東の地は運営できない。


「俺も姉さんのことが好きです。俺が苦労して済むのなら問題ないですよ。それに、トリーネはいま領内を身内で固めようとしています。今ならいい条件が引き出せるでしょう」


 スッと身を屈め、アンドレは表情を厳しくする

「この機会だから聞いておく。領主様はマオ帝国に反旗を翻す気があるのか?」


 新しい領内人事と新たな築城。目敏い人間は既にトリーネの動きに怪しさを感じている。

「俺は何も聞いていません。ただ、東の地を更に発展させたいとは思っています」


 アンドレはユウトに苦言を呈する。


「お前の周りには生粋のマオ帝国人が多い。だから耳に入ってこない。追いやられた旧王国人でマオ帝国を恨む人間は多いんだ。落ちぶれた旧王国人は時勢が見えていない。その場の勢いで愚行に走る」


 ユウトの信頼するママルもサイメイも生まれながらのマオ帝国人。ハルヒにしてもマオ帝国の出身者だ。旧王国人が下手にマオ帝国のことを悪くいえば、誰が聞いてるかわからない。それくらいは、成人前の子供でもわかる。


 影のある顔でアンドレはユウトに教える。


「東の地は成功している。ここに来れば旧王国人でもチャンスがある。結果、不満を心の底に抱えた旧王国人が集まっても、夢があるから何も起きない。だが、生活が悪化すれば違う」


 山の攻略のために色々な国から人が来ている。一番近くの旧王国人だけが来ないわけがない。何かをきっかけに不満が爆発すれば、祖国復帰運動からの民族紛争が起きる将来をアンドレは危惧している。


 街の発展が止まって、希望が消えた時には大きな混乱が東の地に起きる。


「お父さんの心配は当たっているでしょう。俺には父さんと違うところがあります。俺は街を発展させることができる。俺の働きで不満の爆発は止められる」


 優しい顔でアンドレは感慨に浸る。

「スプーンでスープをボタボタと零していた子供が、こんなに立派になるとはな」


 父から見たら子供はいつまでも子供かも知れないが、ちょっと気恥ずかしい。


「姉さんにはいま来るなら子供に良い将来を残せる。現状だと旧王国人にとって旧王都は危険だ。東の地ならば俺が守れる。子供たちの将来も明るいと教えます」


 東の地は成長を続けている。他の旧王国領では発展はあっても旧王国人は恩恵に預かれていないのであれば、アンドレの危惧は現実のものとなる。父が帰った時に外に出ると、空は曇っていた。

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