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第百八十九回 デモ隊

 集団は二百人前後の規模があり目立つ。犯罪者集団にしては目立ち過ぎる。このまま道を進むとぶつかる。


「俺は庄屋だ。お前らが道を開けろ」等と主張する気はない。道の端にそそくさと避ける。


 集団が近付くに連れ、主張が聞こえてくる。


「軍は国のために働いた人間を見捨てるな」「軍は約束通りの金を払え。物資はタダじゃない」「俺たちを使い捨てにするな」「敗北の責任は上層部にある」


 山への侵攻作戦は二年以上に及んでいるが終わらない。詳細な犠牲者の数は報告されていないが、かなりの死人を出している。先の冬には大敗を喫して多くの占拠地を失った。


 マリクとキリクの証言からもわかるが、元より兵士の待遇には不満を抱えていた。街中での抗議活動が始まった。参加者はかなり怒っている。


 兵士によるデモ行進は懲罰の対象だ。それでもやるのだから不満に火が付き始めている。また処分も覚悟の上だ。道の横に避けて、黙って通り過ぎるのを待つ。抗議デモ参加者に肌の色が黒く、髪が赤い人がいた。名前はわからないが、見覚えのある顔だ。


 おそらくとしか判断できないが、マリクの部隊からの参加者だ。マリクの隊はマリクのカリスマと指導力で纏まっていた。それでも、不満が出るのならかなり危険だ。相手もユウトに気付いて、歩を止めた。


 危険を感じたのかサジがユウトの前に出た。ユウトはサジに命令した。

「俺の心配より、ミラさんを安全な所へ誘導してください。僧正命令です」


 咄嗟の判断だが間違っていない。ユウトは軍人でもなければ、貴族でもない。怒りの矛先が向いても殺されはしない。


 数秒サジは迷ったがミラの手を取り移動を開始する。ミラは迷うことなく退避した。デモ参加者の一人が止まると、周りの人間も足を止める。集団が止まった、集団がユウトを見ている。


 集団が囁きあっているので、ユウトが庄屋だとばれた。逃げたいがユウトの周りには野次馬による半円形の空間ができている。デモ隊はユウトを拘束していないが、実質逃げられない状態になった。


 デモ隊にいたマリクの部下がユウトの前に進んできた。表情は厳しい。最悪、人質にされるかもしれないが、慌てたところでよい展開は期待できない。


 マリクの部下に続いて、デモ隊の人間も寄って来る。

「お前は街を治める大庄屋か?」


 怒りが籠った声ではないのがまた不気味だった。


「そうだ」と短く答える。不穏な空気が流れる。誰かが走って来る音がした。まずいなとユウトは苦く思った。駐屯軍がここに少人数で乗り込んでくれば争いになる。


 ユウトとマリクの部下が向き合っていると、現れたのはハルヒだった。

「庄屋様、お屋敷にお戻りください」


 どこかで事件を知ったハルヒが駆けつけてくれた。ハルヒはか弱い女性である。戦力にはならない。それどころか、殴られたら大怪我する。ユウトは連れ去られる覚悟はあったが、ハルヒを巻き込みたくない。


 マリクの部下がハルヒに凄む。

「俺のほうが先だ。庄屋には話がある」


 怯えることなくハルヒは言い返す。

「いいえ、ダメです。先とか後とか関係ありません。庄屋様にはお仕事があるんです。優先度が高いのは私の用件です」


 場がシーンとなる。嫌な空気だった。すると、一人の老人が声を掛ける。


「お若いのそこまでじゃ。庄屋殿には重要な仕事がある。お前さんたちとてそうじゃろう。敵の奇襲の知らせがあるのに、順番だからと先に飯の準備をする奴がいるか?」


 声を挙げた老人の顔には見覚えはない。

 兵士が老人をギロリと睨むが老人は怯えない。


「そうそう止めなされ」と他の老人も声を挙げた。声を挙げた老人は一人ではない。男が六人に女が三人だった。合計九名の老人が兵士と間に壁となって立ちはだかった。


 見覚えのない老人がユウトとハルヒを守っていた。


 デモ参加者の誰かが声を荒らげる。

「爺と婆は引っ込んでいろ」


 老婆が答える。

「いかにもワシは婆じゃ。世の中に不要と切り捨てられた婆じゃ。じゃが、ワシは世の中を恨んでも、人様に迷惑を掛けるような婆じゃない」


 老人もしゃがれた声で答える。

「ワシも単なる爺で死に損ないじゃ、この年になっても命は惜しい。じゃがな、ハルヒさんを見捨てて生き延びるくらいなら、ここで死ぬくらいの覚悟はある」


 老人はユウトを助けているわけではない。老人たちはハルヒを守るために声を挙げた。ユウトに背を向ける、老人たちの顔は見えない。だが、背中から気迫は伝わる。街にいる老人たちは皆が皆、強いわけではない。だが、デモ参加者は黙っている。


 兵士だからこそわかっている。目の前にいるのは九人の老人ではない。死を覚悟した古参の九名の兵士だ。自分たちに十倍以上の数がいても、死兵を相手に戦った時の怖さを兵士は知っている。


 どちらから仕掛けるわけではないが、ぶつかれば死者は出る。

 この場を収められるのはユウトしかいないと、思った。


「ハルヒさん、迎えにきてくれてありがとうございました。あと、そちらの中に私に用事がある人物がいるようです。代表者の方と話しましょう」


「いいんですか?」とハルヒが驚いた。


「街の人からの陳情を受けるのも庄屋の仕事です。相手が職人であれ、商売人であれ、軍人さんでも同じです」


 デモ隊から一人の人物が進み出る。片目を負傷して、片耳を失った若い男だった。髪は赤色で肌は浅黒いのでマリクと同じ西の国の出身と思えた。


「私が庄屋殿に陳情をしに行こう。他の者はこのまま予定通りに行進をしてくれ」

 男はデモ隊のリーダーだったのか、兵士はユウトから離れてまた行進を再開した。


 男はハルヒにまず詫びた。

「私の名はダレイ。お嬢さんには怖い思いをさせて済まなかった」


 次にダレイは老人たちに謝罪した。

「私がもっと早く止めれば良かったのですが、私には度胸がなかった。そのため、年配者の手を煩わせて申し訳なかった」


 老人たちは顔を見合わせるが怒ってはない。ハルヒが無事ならそれでいいといったところだ。最後にダレイはユウトに頭を下げる。


「急な陳情になって申し訳ない。ですが、なにとぞ我らの胸の内を聞いてもらいたい」


 反乱を起こした兵士と話してもユウトにデメリットしかない。問題に対して様子を見るのは良い結果を生まない。ダレイに何を頼まれるかわからないが、愚痴を聞いて終わりにはならない予感がした。


 事態は終息に向かったので、ユウトはハルヒに財布を渡す。


「この後、食事の予定があったのですが用ができました。急なキャンセルは店に迷惑を掛けます。そのお金で勇敢な御老人たちを労ってください。場所は家庭料理のバハラです」


 ハルヒだけで食いに行けと言えば辞退する。老人たちも一緒でいいといったので、ハルヒは礼を言う。

「ご厚意を有難く頂戴します。皆さん一緒にご飯を食べに行きましょう」


 ハルヒは老人たちと一緒に料理屋のバハラに向かった。デモ隊はいなくなり、老人たちもハルヒに従いて行く。いつも通りの日常が戻ってきた。

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