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第百八十六回 ネズミの一党との闘争開始

 男とライエルが向かい合う。始めの合図の前に男が動いた。さっと距離を空けてライエルの剣の間合いの外に男が出る。男はライエルの剣が届かない距離から小さいナイフを多数、投げた。


 ライエルが相手でなければ有効な策だった。つまらなさそうな顔で、ライエルは軽く剣を振り、何本かナイフを叩き落とす。


 ここで周りが暗くなった。ペネ側の人間が灯りを一斉に隠した。見えなければライエルとて躱せない、とのペネ側の甘い判断だ。普通の相手なら有効だが、ライエルには通用しない。


「グッ」と男が呻く音がする。闇の中でも予想ができる。ナイフを避けるのが困難になったのはライエルではない。男のほうだ。ナイフを拾ったライエルにナイフを投げ返えされた。


 ゴロンの鈍い音の後で、ドタと音がした。辺りに血の匂いが漂う。見えなかったが想像が付く。

 男は不利を悟った。暗闇ライエルにナイフを投げる作戦を中止した。


 ライエルの手が届きづらく、足が向きづらく、死角になる方角から男は襲撃した。


 男はベストポジションと考えたかもしれないが、ライエルにしてみれた「またか」の範疇でしかない。どこから仕掛けてくるかわかったので、男はライエルの一撃で首を刎ねられた。


 ザザッと大勢が動く音がした。五十人が同時に仕掛けてくるのかと、ヒヤッとした。予想に反して、音はすぐに遠ざかった。ランプの灯の一つが灯った。ランプを持つマタイが辺りを照らす。ユウトの予想通り、男の死体が転がっていた。


 ライエルの顔には勝利の喜びも人を殺した悲しみもない。一仕事をやりおえた傭兵の顔があった。勝負には勝ったが、相手が全員逃亡したのがユウトには気懸かりだった。


「ネズミの親分どころか一党に逃げられました。また仕掛けてくるでしょうか」


 マタイの顔には不安は微塵もない。

「無理でしょう。この一戦でペネは失脚に向かいます。すでに、ネズミの一党の中から、次の親分になりたいので、後ろ盾になってほしいとの要望が来ています」


 ネズミの親分と呼ばれてはいたが、統制は緩んでいた。すでにユウト側に寝返りたいとの人間が出ている。


 マタイが静かな顔で質問してきた。

「このままネズミの一党を翻弄して葬りますか。いまなら残党が出ても狩るのは容易です」


 マタイの顔には憎しみはない。今の顔が本心ならマタイはさきの言葉と違いさほどペネを恨んではいない。だが、こればかりはわからない。


「マタイさんとペネの間に何があったかは知りません。鋼糸事業に手出ししないのなら、ネズミの一党も親分も葬る必要はないでしょう」


 マタイはユウトの言葉に呆れていた。

「甘いですな。おそらくペネは約束を守らないでしょう。必ず時期を見て反旗を翻します。その度に許すつもりですか」


 ネズミの一党は昔からこの東の地にいた。ならば、山の民や極東の国の人間とは違う扱いをするのも有りだ。山の民なら山へ、極東の国の人間なら故郷へ帰れる。だが、ペネたちには逃げ場はない。


「ペネはずっと従わないつもりですかね。それともあと何度か思い知らせたら、従うと思いますか? 従うのなら解散や殲滅は望みません」


 ユウトの方針にマタイはふんと鼻を鳴らす。マタイは皮肉を込めた言い方をした。

「面白いことを仰りますな。庄屋殿に服従するまで、何度も許して、何度も痛い目を見せるのですか」


 上下は付けなければいけない。だが、下に付くならそれなりの待遇をする。

「絶対に従わないのなら、殺すしかないでしょうが、俺はやりたくない」


 軽蔑したようにマタイは確認する。

「可哀想だからですか? 安直な人博愛主義ですな」


「いいえ、勝って強くなる戦しかしたくないんです」


 ユウトの言葉にマタイの顔が真面目なものに変わる。

「此度を入れて四度、許すといいでしょう。それでペネは庄屋様に屈する」


 マタイの言葉を聞いてマタイもペネたちを滅ぼしたいわけではないと知った。


 マタイはネズミの一党を知っている。規模からいってユウトと争っては先がない。ならば、ネズミの一党の命だけは残してやろうと、温情でマタイは動いていた。


 マタイが乗り気ならやる価値はある。

「四度の、根拠はありますか?」


「ペネだけなら何度でも襲ってきます。ですが、ネズミの親分は、親分でなければいけない。そこまで負けたならネズミの一党は表面的に従っても、心の内では誰もペネを認めなくなります」


 孤立させペネを挫く策だ。ペネの最後は寂しくも残酷なものになる。回避はしてやりたいが、それではネズミの一党そのものが救われない。


「ペネには鋼糸事業に手出しさせないように言い聞かせてください。ペネの後釜に座りたい人には、一時的にユウトに従うようにペネに吹き込ませてください」


 方針は決まった。ネズミの一党を手懐ける。ペネには何度か手は差し伸べるが、拒絶され続けたら諦める。


 マタイがユウトの考えを皮肉った。だが、マタイの顔にいつもは見られない悲しみが滲んでいた。

「許したように見せて許さず、失敗を重ねさせて味方からの信頼をなくさせる。意地の悪いやり方ですな」


 ユウトは最終的な意思確認をマタイに向けた。

「陰謀の片棒を担ぐのはお嫌ですか?」


「いいえ、庄屋様の策のほうが子ネズミたちも安心できる。素直に向けられた善意をネズミたちは誤解します。ですが、裏のある善意なら逆に安心するのです」


 マタイには何か経験がある。内情を熟知しているのなら上手く行く気がした。


 決闘の翌日、ユウトの下にアクシャがやってくる。アクシャの態度は前と変わらずフワフワしていた。今回はアメイと一緒ではないが、アクシャの後ろにはママルが佇んでいる。


 ママルとは長い付き合いだからわかる。ママルはアクシャを警戒していた。ママルから殺気は感じないが、一撃でアクシャを殺せる位置にママルはいる。


 アクシャはユウトに微笑む。

「庄屋様、今日はお礼を言いにきたわ。ペネを殺さないでくれてありがとう」


 どういう繋がりかはわからないが、ルーツを山の民に持つ者同士と考えられる。


 アクシャは冗談のように言う。

「もし、庄屋様がペネを殺していたら、私は庄屋様と刺し違えたわ」


 口調は冗談だが、ペネは本気だと思った。ママルがいた理由もハッキリした。


 女であるアクシャよりユウトのほうが男なので力は強い。部屋には剣もある。だが、アクシャが本気になればユウトを殺せるとママルは判断している。


 ママルの表情は変わらないが、心中はわからない。

 余計なことをママルの前ではアクシャには言って欲しくなかった。


 アクシャはユウトを殺せる。だが、ママルが相手ならアクシャは瞬殺される。


「思いとどまってもらってありがたい。ですが、そう何度もペネを許すわけにはいきません。俺の忍耐にも限度があります」


 ふふふ、とアクシャは笑った。

「何度も、ってことは、まだ許すんだ。何回まで我慢するの?」


 下手に回数を教えるとあとが面倒になる。されど、アクシャを仲間に入れておきたいなら、きちんと教えるべきとも思った。


「限度は今回も入れて四度です」


 アクシャの表情は柔らかい。

「そんなに許すのなら咎めないって言えばいいのに。身近に置いて可愛がればいい。女遊びが知りたいなら教えるわよ」


 アクシャの冗談を軽く流す。

「結婚が控えている俺を遊びに誘わないでください。永遠に続く許しがないのも、世の中です」


 微笑みアクシャはユウトを褒めた。

「庄屋ちゃんは気が小さいようで、大きい男ね。ペネを許せなくなったら私に教えて。私が友だちとしてペネを始末するわ」


 アクシャの言葉は本気だと感じた。アクシャはペネがやり過ぎた場合は責任を取るといっている。だからこそ、任せてほしいし、相談もしてほしいとの頼みだ。


 呼び名が『庄屋ちゃん』に変わったのは気にしない。ネズミの一党とペネの存在は将来的に悩みの種となる。同時に種から育ち咲く花は毒にも薬にもなる予感があった。

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