第百六十五話 ユウトの裁定
処分を決めるためにパパルを屋敷に呼んだ。サイメイがパパルを連れてやってきた。
パパルの表情は暗い。老いても元気だったパパルだが、目の前のパパルは年相応に老けて見える。
服装はこざっぱりしており、顔も綺麗洗ってある。このまま処刑状場に連れていかれてもいいような身なりだった。
パパルの顔を見る限り、言い逃れできないと覚悟している。
ユウトから質問した。
「よくも俺を騙してくれましたね。弁明があれば聞きましょう」
パパルはユウトを見て節に弁解した。
「庄屋様を騙して悪いと思っています。処刑も覚悟します。でも、これだけはわかってほしい。肥料は空気から作れるのです」
パパルは自分の身の心配より、自分の理論の正しさを訴えていた。パパルがユウトを騙した理由が見えた。パパルは儲けたかったのではない。自分が正しいと、世に証明したかったと感じた。
あえてユウトは冷たく突き放す。
「でも、肥料は空気からできなかったのでしょう」
パパルは真摯に訴えた。
「違う! 肥料はできたんだ。だが、製造過程に問題があった。機械を改造すれば肥料はできる。儂の理論は間違っていない」
「だから俺を騙していい、と思っていたんですか?」
「こうなれば虚しい言い訳に聞こえるでしょう。騙しても結果が出れば問題ないと思ったんです。成功はもう目の前だと……」
パパルの言葉は最後に小さくなり消えた。あとちょっと、あとちょっと、と思っていたが、超えられない壁があった。それで使い込みが多額になった。
サイメイの顔をちらりとユウトは見る。サイメイの顔は険しい。サイメイはパパルを詐欺師だと判断している。同時に温情は不要とも見える。
ユウトにはパパルの心情に同情していた。
「結果は出なかった。貴方を追放した学者たちが正しかった、そう思いませんか?」
処刑寸前と覚悟したのかパパルは叫んだ。
「違う! 儂は間違っていない。このまま処刑されるのは構わない。だが、儂の考えは正しいんだ」
これ以上、弁解させて無駄とサイメイは思ったのか、ユウトに尋ねる。
「パパルの処分をどういたしましょう。街に与えた損失は大きすぎます。処刑して広場に晒しますか?」
ユウトはパパルの意志の固さを確認したかった。ユウトはわざと優しい声を出した。
「パパルさんは町に大きな損害を故意に与えた。だが、自分が間違っていたと悔い改めるなら温情をかけましょう。空気は肥料から作れるとまだ、俺を騙そうとしますか?」
パパルはグッと表情を悲しく歪ませる。
「たとえこのまま無罪放免になっても儂に残された時間は少ない。なら、儂は信念に従って死にたい。庄屋様、肥料は空気から作れるのです」
パパルにもう一度騙されるかもしれないが、ユウトは決断した。
「罪人パパルは縛り首にします」
ユウトの宣告を聞いてパパルはそっと目を閉じた。
「ただし、刑の執行は空気から肥料ができた後にします」
ユウトの言葉を聞いてパパルは信じられないとばかりに目を見開いた。
「庄屋様は空気から肥料を作れると、信じてくれるのですか?」
「パパルさんは信用しません。ですが、空気から肥料を作る理論は嘘だと思えません」
ユウトの言葉にサイメイが激高して声を上げた。
「まだそんな馬鹿げた夢を見るんですか! 街の今後を考えれば無駄な金はないんです」
「俺は夢を見ます。パパルさんには引き続き空気からの肥料の製造研究をさせます。予算も足りないのであれば、追加しましょう」
涙を流しパパルは尋ねた。
「研究を続けて良いのですか? 儂はすでに一度失敗した。庄屋様も騙した。それなのに信じていただけるのですか?」
「勘違いしてもらっては困ります。俺はパパルさんを信じません。空気から肥料を作る理論を信じています。俺はパパルさんを追い出した学者とは違う」
ユウトの言葉を聞いてパパルはボロボロと涙を流した。だが、サイメイは納得しない。
「法を曲げてはいけません。それでは法を守る者がいなくなります」
「嫌な言い方ですが、この街は俺の支配下にあります。領主様との結婚も間近です。現時点では俺が街の法です」
ユウトの言葉にサイメイは怒りを露わにした。
「できるかどうかわからない怪しげな研究に金をつぎ込めば、街の財政は破綻します。庄屋様は怪しげな儲け話のために、重税で街の民を苦しめるおつもりですか!」
サイメイほどの才女にしても空気から肥料を作るのは夢物語だと決めている。サイメイですら理解してくれないのだから、他の人間にはもっと馬鹿げた研究に見えるだろう。
「金の事なら心配無用。街には貯めた裏金がある」
「庄屋様は馬鹿です! 今はよくても今後は苦しくなります。金は空から降ってきません」
ここは曲げられないとユウトは頑張った。
「いいや、空気から肥料ができれば金は空から降ってくると同義だ。その間に必要な金は俺がどうにかする。今までもそうしてきた。これからもそうだ」
ユウトの決断にサイメイは今までにないくらい怒った。
「庄屋様は今まで上手くいったので図に乗っています。物事はそんなに思い通りに進まない」
「ならば進むように努力してください。方針は俺が決める。それでもダメで俺が野垂れ死にするなら、俺の死を笑ってくださってけっこうです」
ユウトが引かないとわかると、サイメイは怖い顔で睨んだまま何も言わなくなった。
ユウトはパパルに強い視線を送る。
「これで街もパパルさんの研究と一蓮托生です。もう、できないは許されません。また虚偽の報告をしたら今度こそ研究は闇に消えますよ」
思わぬ展開にパパルは驚きながらも誓った。
「儂の命が終わり、露と消えようとも、成果だけは残していきます」
覚悟は決まった。ユウトはサイメイに告げる。
「方針は決まりました。支払われることになっていた下層民への残りの支払いは分割でいいので払ってください」
ムスッとした顔でサイメイは承諾した。
「庄屋様の仰せのままに。ですが今の決定で街が滅んでも知りませんよ」
どこまで行っても、難題が続く。庄屋業がこれほど険しい道程とは思わなかった。下手な冒険よりもずっと危険だと、昔の自分に教えてやりたい。




