第百六十四話 肥料騒動
帰るとすぐにセンベイとサイメイを呼ぶ。
服に匂いが付いていたのか、サイメイは部屋に入るなり鼻をつまんだ。
「臭いですよ。庄屋様、どこに行っていたんですか?」
「肥料工場だよ。何か妙だった。パパルは何かを隠している」
センベイは匂いに慣れているのか、全く気にした素振りがない。
「何か、とは何でしょう? 漠然とした話では調査に時間がかかります」
「肥料工場の下層民が知っている可能性がある。センベイは肥料工場に関わる悪い噂を集めてくれ。サイメイは肥料工場でおかしな金の動きがないか調べてほしい」
「仰せのままに」とセンベイはペコリと頭を下げた。
臭いのせいもあるかもしれないがサイメイの表情は苦い。
「町で支出している金はあらかた知っています。肥料工場でおかしな金の動きはありません」
否定的なサイメイにユウトは食い下がった。
「いや、あるはずだ。何かを見逃しているはず。肥料に詳しい人間をチームに入れて調べてくれ。肥料のプロに心当たりがないなら、ハルヒを頼ってくれ」
巌としたユウトの態度にサイメイが意見を変えた。
「あると思って探せば見つかることもあります。御婆様も疑う時は徹底して疑えと教えていました。やってみましょう」
センベイとサイメイが退出した。
酷い環境の中でも護衛にとして従いてくれたサジにも礼を言う。
「護衛ありがとうございました。また何かありましたら、お願いします」
サジはすぐに下がらず、ユウトに進言した。
「思い過ごしかもしれませんが、下層民にはかなり不満が溜まっていました」
下層民の顔が浮かぶ。確かに荒んでいた。
「生活が苦しいのかもしれない。でも、街から福祉に回す予算はないよ」
「僧正様は甘いです。いつ暴動が起きてもおかしくない気配でした。ですが、暴動が起きていないのは誰かが抑えているからです」
下層民にはリーダー的な存在がいる。下層民のリーダーが誰かはわからない。アモンたち天徳派ならば、注意が必要だ。暴動は起きないのではなく、機会を窺っているなら、手を打たねばならない。
「寺から貧者救済の目的で、下層民の居住区に布教の僧を出してくれ。布教に当たっては施しも行う」
ユウトの言葉にサジは目を細めて疑問を唱えた。
「街には福祉の予算がないのでは?」
「街にある寺の僧侶に托鉢に出てもらってほしい。寄進も募る。僧侶が集めたお布施と寺の財産をもって、天哲教として貧困救済に当たってくれ」
ユウトの言葉にサジはちょいとだけ首を傾げて確認する。
「人徳派ではなく、天哲教として施しを行うのですか?」
「各宗派による手柄の争いに意味はない。天哲教としての行動ならアモン様も邪魔はしないだろう。協力もしてくれる」
「天徳派が手柄を独り占めにしようとしたらどうします?」
「アモン様はそんな卑しき人ではない。だが、手柄を欲しいならくれてやれ。下層民の暴挙を止めているのがアモン様の天徳派なれば問題ない」
サジの顔は渋い。ユウトの考えには賛同していない。表立っての反論もない。
「寄進は俺から始める。寄進者名簿の先頭に名を記帳してもいい。庄屋のユウトが寄進をしています、と他の寄進者にわかるようにすればいい。最初の一人が出れば後に続きやすい」
ユウトの提案にサジは表情を柔らかくする。
「人徳派が主体で救済に乗り出すが、主張はしない。誰がやっても救済は善行とのお考えしかと受け止めました」
大僧正の地位に固執するなら対応は違う。僧正としての仕事をほとんどしていないのに大僧正に執着するなら、信徒にしてみればとんだ不誠実者だ。
それに、下層民の困窮に気付けたのはアモンのおかげでもある。
サジを送り出すとママルがやってきた。
「僧正様、肥料工場への視察に出られた後に、キリク殿がお見えになっていました」
暴れ馬の時にも屋敷を訪ねていた。何か用があったのだろうが、なんだろう。
「用件を聞きましたか?」
「いいえ、また来ると言ってお帰りになられました」
急ぎの要件ではないのか? こちらから使者を出してもいいが、キリクが気を使っても困る。少し様子を見よう。
しばらくは何事もない日々が続いた。問題続きだったのでやっと気が休まる。
雪がちら付き、年越しの準備が街で始まった。今年もこれで年が終わりかとしみじみと感じていると、サイメイがやって来た。サイメイの顔は厳しい。
「庄屋様の予感が当たりました。パパルが不正をしていました」
やっぱりかの思いが胸に過る。内容が気になる。サイメイの報告は続く。
「工場での肥料生産は全く上手くいっていません。有機肥料を機械で作った肥料と称して納入していました」
昔ながらの肥料にしては結果が出たのが気になる。
「機械は動いていたけど、使えない肥料だったのか?」
「機械から何かしらの肥料はできていたようです。ですが、空気から製造したかは疑わしいです」
製造工程と機械の仕組みはいまだに街の学者では解明できていないとわかった。
サイメイの報告は続く。
「機械からできたとする謎の肥料は想定の量を大きく下回っています。コストも当初の見積もりより三倍以上に膨れ上がっていました」
大量の有機肥料に少量の化学肥料を混ぜていたのか。
「なぜわからなかった?」
サイメイの顔は苦い。
「肥料の質を見極められる者がいませんでした。空気から製造できる肥料を理解する者もおりませんでした」
先進的な技術だけに評価できる人間がいなかった。手痛いがこれはパパルの発明を手放しで喜んだユウトの落ち度だ。
沈んだ気分になったところにサイメイが追い打ちを掛ける。
「パパルは街に申告したより低い額しか下層民に給与を払っていませんでした」
パパルは私服を肥やす悪人には見えなかった。人物を見誤ったか。
「浮かせた経費を横領したのか?」
「いいえ、機械の改造と開発に使っていました。目標の量と、目標とするコストを実現するためにです。ですが、結果は思うように出ていません」
一つの嘘を繕うために、嘘をもう一つ、二つと吐いて収拾がつかなくなった。夢の技術を追い求めた結果の大失敗だ。
「パパルはどこにいます?」
「容疑が固まったので捕縛しています。事件が事件だけに普通の裁判では裁けません。庄屋様の判断をお願いします」
技術開発を続けるためにパパルを許せば、街のためと称してユウトを欺く者が今後も出る。かといって、パパルを処刑すれば、夢の肥料製造技術が失われる。
街の運営には肥料による増収を当てにしている部分がある。肥料製造技術がなくなれば街の財政への影響は大きい。街を預かるユウトは決断を迫られた。




