百五十九話 領主トリーネ
領主様はユウトをジロジロと一度見る。
「いいでしょう。結婚しましょう」
一目惚れにしては、視線が違った。家具でも買いにきてこれでいいか、のように決めた感じだ。大恋愛を希望するわけではない。だが、これはあまりにも雑な扱いだ。
「なぜ、俺と結婚する気になったんでしょうか」
当然の疑問である。ユウトはやり手の庄屋だ。同世代の男性より金も権力もある。だが、領主の立場があるのならもっといい縁談だって望める。
「ユウトの人柄です」と領主はサラリと言った。
人間性を認めて結婚してくれるのなら嬉しい。だが、領主と会ったのは今日が初めてだ。ユウトの人柄なんてわからない。
「どの辺りが気に入ったのか教えてくれますか」
シーンとなる。四秒ぐらいしてから領主はとって付けたように答える。
「優しく、誠実なところです」
さすがにユウトでも嘘だなと感じた。
領主の答えは誰にでも当てはまる当たり障りのない答えだ。
「解決した話題はさておき、話を進めましょう」
断れない話だとわかっていたが、領主の態度はあまりにも冷たい。結婚生活が始まったらどうなるんだろうと不安になる。
領主はユウトの気持ちなど気にしていそうもない。領主は自分のペースで話を進める。
「東の村に城を建てます」
いきなり大規模な公共事業の話が出た。東の村に防衛施設ができれば山の民からの守りはより堅固になる。だが、築城は困難だ。場所が山に近いせいもあるが、財政面で厳しい。
「どの程度の規模になさるおつもりですか」
「私とユウトの居城にします」
この地を治める領主の居城となれば大掛かりな物になる。庄屋の立場としてはご勘弁願いたい。
「既に領主様には北西に居城があり、南西にも古城があります。さらにもう一つ城を作る必要があるでしょうか」
「北西の城、南西の城、これに東の城が三つできればこの地は安泰です」
領主の言葉を聞いてユウトは引っかかった。東の城が必要な理由はわかる。だが、西の二城の先はマオ帝国領だ。西で反乱の兆しがあるとは耳にしていない。領主の言葉を聞くと、西への備えも必要と聞こえる。
領主はマオ帝国に反旗を翻すつもりなのだろうか。だとしたら無謀過ぎる。マオ帝国が反乱の鎮圧に乗り出すとする。北西の城と南西の城を落とさないと、東の地には侵攻できない。だが、もって一ヶ月だ。
山の民と極東の国の支援を受ける気かもしれない。だが、そうすると東に備える城を築城する意味がわからない。独立するのなら東と西に備える計画は理解できる。
独立は反乱より悪い。東の地では食料は調達できるが、塩が入ってこない。また、鉄も不足する。
真意を糾しても教えてはくれない。仮にマオ帝国と敵対する話をされても困る。領主の動向には注意が必要だとユウトは危機感を持った。
ユウトの想いはどうでもいいのか領主は話を進める。
「築城に伴い東の地を整理します。エリナとヨアヒムを加増して北西の城に配備します」
エリナの家は領主の家に仕える昔からの家臣。加増して城主にする理由は説明が付く。だが、ヨアヒムは功績がほとんどない新興の家臣だ。理由があるとすればユウトの義理の兄だ。
領主の転封の話は続く。
「南西の古城はトリスタンを城代に任命します。補佐にはニケを付けます」
トリスタンはエリナと同じく城主の昔からの家臣である。ニケはユウトの実の兄だ。ここも旧臣とユウトの家族を配備だ。
残りの新興の家臣であるカフィアの処遇を尋ねる。
「築城予定の東の村はカフィア様の領地です。カフィア様はどうするのですか?」
「北の村と銀山の間に新たに村を作ります。カフィアには北の村、新たにできる村を所領として与えます。また、銀山を管理させましょう」
カフィアにとっては大出世だ。されど、別の見方もできる。北に長い領地を持たせて戦力を分散させる。東の地が独立した時に内側から反乱を起こしづらくしているとも見える。
領主は城を自分の親族と譜代の家臣で管理する。新たな城にはユウトと一緒に入る。マオ帝国と敵対した時には内側から崩されない配置だ。
領主による加増と転封は家臣の全てに恩恵がいきわたる。東の地の経済規模が倍になっているので、当然の施策といえる。だが、マオ帝国と領主が戦うのなら誰にとっても最悪の結果がくる。
思い過ごしであって欲しいが、嫌な予感しかしない。ユウトは遠回しに尋ねた。
「二十万石に達した東の地を領主様はどうなさるおつもりですか」
ニコッと領主が微笑む。
「それはもう皆が豊かで自由に暮らせる地にします」
領主の顔は笑っている。だが、心の中はわからない。効率的な経済政策は理論的な裏付けがないとできない。領主が理論派なら、なぜユウトの問いに抽象的なのかが非常に気になる。
領主は言いたいことをいったのか立ち上がる。
「それとユウト、結婚するのだから領主様とはもう呼ばなくいいですよ。私のことはトリーネと呼びなさい」
「トリーネ、では築城の図面ができたらお持ちします」
「よろしい」とトリーネは微笑み出て行った。
トリーネと結婚する以上、トリーネがマオ帝国に反旗を翻したら一蓮托生だ。おそらく、どんな言い訳も通用しない。それはニケやヨアヒムとて同じである。
トリーネのほうがユウトより立場は上。だが、トリーネの手綱はユウトが握らないと危険である。
「キリン以上に扱いが大変だな。たかだか二十万石で帝国に喧嘩を売ったりはしない、よな」
トリーネとの結婚は決まった。結婚式がいつあるかわからない。結婚式はささやかでいいユウトは思う。だが、トリーネが派手な挙式を望むならユウトの意向は関係ない。
名人碌と商標独占による金で結婚式の費用は賄える。問題は急浮上した築城計画だ。どの程度の規模をトリーネが望むかわからない。絢爛豪華な名城になればさすがに増税だ。
頭が痛いと思っていると、ママルがやってくる。
「僧正様、チャド殿が見えてます。なにやらご相談したいことがあるとか」
チャドにはチョモ爺ともどもお世話になっている。困った時だけ頼るのも悪い。
「通して話をきこう」
チャドの顔は珍しく曇っていた。チャドは応接室に入ってもすぐに口を開かない。言いにくい内容だと思ったので、ママルに席を外してもらった。
チャドの顔を見ればわかるが、本当に困っていた。
ママルがいなくなりチャドが口を開いた。
「今日は相談がある。親父のことだ」
チョモ爺の問題か、老婆・ロードの力が及んでいるので介護関連ではない。チョモ爺とチャドなら腕力で解決できる問題でもない。チャドはわからんがチョモ爺は金銭にルーズではない。
はてなんだろうと思っていると、チャドが口を開いた。
「親父が恋をしている。相手はハルヒさんだ」
なんとも厄介な問題が持ち込まれた。




