第百五十八話 領主様の来訪
秋が深まってくると、町では塩の値段がジリジリと上がり始めた。また、様々な物が売れて好景気の気配がある。村や町の人間は喜んでいる。インフレに導くためのマナディの策なので素直に喜べない。
今はロックが動いて物価を調整しているが、それでも限界はいずれ来る。
ユウトがテルマからの返事を待つと、館にテルマの使者であるパヤがくる。
パヤは微笑を湛えていた。だが、顔と心の中が一致している保証はない。
「庄屋殿も大変ですね。大貴族のマナディ候と張り合うなんて」
「争いは好まないのですが、こうなっては戦うかしない。ですが、独力で勝つのは不可能です。テルマ様ならどうにかしてくれると思い頼りました」
「皇帝陛下の信頼が厚いテルマ様です。マナディ侯爵の暴挙を止めるのは容易いです」
パヤとて嘘を吐く。だが、テルマの信用を落とすような嘘は吐かない。
ニコっとパヤは笑う。
「マナディ侯爵への働きかけはします。他に何かありますか?」
パヤの言葉はおかしい。引き換えにあれをしろ、これをやれ、がない。
難題を命じられると頭から予想していた。ユウトはあまりに何もないので不安になった。
「テルマ様に動いてもらうに当たって条件はありますか?」
「いいえ、ありません。貴族の横暴から民を守るのもテルマ様の役目です」
怪しい、とにかく怪しい。世の中にはタダより高い物はない、と父も教えてくれていた。
要件が済んだのかパヤは帰った。あまりにすんなり約束してくれたので逆に不安になる。
テルマは実はマナディと手を結んでいるのではないだろうか? 動く素振りして何もせずユウトを追い詰める作戦なのか、と疑いたくもなった。
パヤが帰った三日後にハルヒがくる。内容は南東の村に増設予定の老人ホーム二号店の話だった。問題なく建設が進んでいるのか、ハルヒの顔は明るい。
「来年の夏前に完成するとの報告でありました。二号店が完成後に保養所も整備する手はずです」
なんでも問題だらけでは異常だ。なにか一つくらい順調に進んでくれてもいい、とユウトは安心した。すると、ハルヒが帰り際に世間話をしてくる。
「町に来られたパヤさんが町に観光できています。お年寄りたちの間を歩いて昔話を聞いています。どんな話が聞きたいか教えてくれれば私が案内しますよ」
要件が済んだパヤが帰っていない。観光が目的とは思えなかった。ハルヒにはマナディとの経済戦が起きている事実を話していない。まだ、知らないでいてくれたほうがいい。
「余計な気を回すのは止めておこう。自分の足で話を探すのも旅の醍醐味だよ」
ユウトの提案をハルヒは疑わなかった、ハルヒが帰ると、センベイを呼んだ。
「パヤを見張ってくれますか。危険は冒さなくいいです。何を調べているのか知りたいです」
大勢の間者を見てきたセンベイの顔は曇っていた。
「パヤなる男はかなりできます。こちらの工作が露見すると思いますが、よろしいでしょうか」
ユウトが探りを入れてくるのはテルマの計算内だ。だとすれば、露見してもユウトに危険は及ばない。
「動きが気になります。できる限りでいいので探ってください」
何も掴めないかもしれないが、何もしないのは不安だった。
しばらく経つと、塩の流入量が増えた。塩の値段が下がり元の価格に近づいていく。資金の引き上げがあったのか、景気の過熱も収まった。テルマが動いてくれたのだが、安心していいとは思わなかった。
その後は特に問題がなかった。あったとすれば、いつ見てもサジがボロボロだったことぐらいだ。サジは恨み言をユウトには言わない。ママルは不機嫌だが、泣いている姿は見ない。
ソナム家の中でどうにかサジは使えるとママルは見込んだ。ならばとばかりに武の英才教育を開始したのかもしれない。もし、ここでサジが逃げ出さなければ、サジの成長が見込めた。
平和な日々が続くと思うと、センベイがやってくる。
「領主様がお見えになられました。近くに寄ったから会いたいとのことです」
事前通告がない来訪だった。領主が自分の領地を見て回るのは普通の態度。なので、真意がわからない。わかるのは庄屋の身分であれば持て成さなければならない。
「すぐに料理と宿泊の準備をしてください。できうる限りの歓待をしましょう」
「領主様から接待は不要だと仰せつかっております。庄屋様に会えればいいそうです」
東の地に赴任してきて初めて領主と会う。どんな人とかとユウトはドキドキした。
良い服にユウトは着替えようとすると、ドアがノックされる。着替える前に領主が来た。
「今、開けます」とユウトが言うと、扉が開いた。扉の先には小柄な女性がいた。髪と瞳は黒く、肌は白い。また紅を塗っているのか唇は赤い。服装は飾り気のない茶の服を着ている。
元から肌は白く、城の中から出ないので陽にも当たらない。それにしても異常に白い。また、二十六歳との話だが、十歳は若く見える。ハーメルと同じ吸血鬼なのかと疑った。だが、今は昼である。吸血鬼なら外には出られない。
透き通るような声で領主様は語りかけてくる。
「町と村の管理、ご苦労様です。ユウトの働きによりこの地の豊かになりました。最新の統計では東の地の生産力は二十万石となりました」
十万石を軽く超えるのは見えていた。経済の発展による利潤と検地のやり直しによる増加分では二十万石までは増えない。二十万石まで増えたのならユウトが管理してない村や町での増収分だ。他の村が大きくなって町にまで発展した報告はない。
領主様の居城がある地域と古城があった地域は元から町である。町周辺部の穀物生産量が大きく増えた報告はない。ならば、町での商取引が活発になったに違いない。結果として、町での経済規模が膨らみ石高が増えた。
トリスタン卿による城の修繕の費用がどこから出ていたのか謎だった。旧王国と東の地を繋ぐ要所である二つ町からの税収で賄っていたのなら説明が付く。
町を運営したから理解できる。マオ帝国による極東の国への出兵を勘案しても領主様はかなりのやり手だ。
澄ました顔の領主が席に座って、用向きを伝える。
「今日は結婚の話をしにきました」
突然の来訪かと思ったら、重要案件がきた。ユウトは緊張しながら席に着いた。




