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第百四十三 犠牲

 ユウトの言葉にコジロウは目を細めた。カオリを救う策があるとは思っていない顔だ。


 作戦の内容をユウトは伝える。

「カオリは東の地よりさらに奥に逃げたことにします」


 すかさずコジロウが突っ込む。

「無茶だ。この東の地より西に竜士が住む地があるとは聞いた覚えがない。あったとしても、カオリはそこまで行けずに途中で捕まる。そうなれば死刑だ」


 コジロウの読みは妥当だ。だが、ユウトの策を理解はしていない。

「本当に逃げるのではありません。町に入れるための創作です。カオリは別人のカオリとして町で暮らします」


 コジロウはユウトの策を強く否定する。

「そんなのすぐにばれる。カオリを引き渡さないとする決定のほうが嘘よりいい。騙されたとわかれば、竜士の里は引き下がれない」


 コジロウの指摘をユウトはわかっている。だが、ユウトの策はここで終わりではない。


「カオリは竜を置いて逃亡しました。逃亡を手助けした人間はコタロウさんです。庄屋として竜士の里の長には首謀者のコタロウさんの首を送ります」


 ユウトの言葉にコジロウが目を見開いた。

「そんなのダメだ!」とコジロウは叫ぶが、コタロウは違った。


「儂はもう長くない。こんな老いぼれの首で孫のカオリを救えるのなら安い物だ。庄屋様の英断は誠にありがたい」


 コタロウの言葉にコジロウが驚いた。コタロウはコジロウに言い含める。


「よいか、人間なんてものはいずれ死ぬ。ただ、竜士として生きる者には死に時がある。儂の死に時は今だ。コジロウ、儂の首を持って里の長に差し出すのだ」


 あまりの展開にコジロウが言葉を失った。無理もない。コジロウは父親に捨てられ里を出なければならなくなった。そんな心細いコジロウを支えてくれた存在は祖父のコタロウだ。そのコタロウの首を刎ねるなんてできない。


 コジロウは納得できてない。時間が必要だ。


 ユウトは作戦を微修正する。

「すぐに首を刎ねて持っていく必要はありません。もし、竜士の里から遣いの者がきたら、捜索中だと申し開きをしましょう」


 何も答えられないコジロウに代わってコタロウが答える。

「手紙が届いてから時間が経っています。竜士の里が痺れを切らさないか心配です」


「手紙は手違いがあって今日、届いたのは事実です。これからコジロウにはやってもらう仕事があります。俺の仕事が終わってからコジロウが捜索に加わります」


 コジロウに構わずコタロウが話を進める。

「二ヶ月は引き延ばせますか。じゃが、儂が死んでいれば、首は腐りますな」


「首は塩漬けにして送りましょう。そうすれば死亡時期を操作できます」


 ユウトとコタロウで話が進んで行く。コジロウが立ち上がり叫んだ。

「そんなのダメだ。お爺ちゃんが罪人になる」


 コタロウがキッとコジロウを見据える。

「お前と一緒に里を出た時点から儂は罪人同然だ。ここでもう一つ罪が増えたとてなんら問題はない。お前の我儘で将来ある竜士を殺すのか」


 コタロウに叱責されてコジロウはゆっくりと座った。

 あとはコジロウとコタロウの問題だとユウトは判断した。


 大事なことなので、ユウトは付け加える。

「カオリが乗っていた竜は町で回収したことにします。竜士の里に返還はしたいのだが、竜の移送は困難です。なので、金銭を代わりに払う案を竜士の里の長に提示してください」


 ショックから立ち直れないのかコジロウは黙っている。


 代わりにコタロウが相談に乗ってくれた。

「難しいでしょうな。竜士にとって竜は売り物ではない。また、極東の国にとって竜は軍事力兼軍事機密。金では渡さないでしょう」


「金で解決できない時は竜を諦めます。ですが、最初から竜を返す、とは言ってはいけません。コジロウの説得で、俺が折れた形を取ってください」


「竜を回収したければ、庄屋様に敵対しないほうがいい形を作るわけですか。竜士の里もカオリを逃がした罪人の首と竜の回収ができれば、それなりの面目は立つ」


 落としどころは見えた。だが、コジロウが何も言わない。


 コタロウが目を見開いて怒った。

「いい加減に腹を決めろ! コジロウ。それでも竜士か、儂の最後の大仕事を無駄にする気か。返事をせい!」


 コタロウがぐっと目を閉じてからゆっくり開く。

「庄屋様のお気遣いありがとうございます。カオリの代わりに感謝いたします」


 コタロウの顔が和らぐ。コタロウの口調は柔らかくなった。


「竜士は人の命を奪う者だ。同時に命を繋ぐ者でなければならない。最後に竜士の死に様を見せる。儂の死に様をもってコジロウへの最後の教えとする」


 コタロウとコジロウの腹は決まった。あとは竜士の里の長が納得するかだ。


 以前に聞いた話では竜士の里の長は冷たい人間ではない。ただ、里を率いる立場上、里を第一に考えなければならない。また、政治がわからない人間でもない。


 ゼロ回答でなければ、充分に交渉できる相手だ。

「では次の議題に入ります。北西の村から漬物と水産物を運んでください。売って北西の村人の収益とします」


 コタロウが打って変わって明るい顔で質問する。

「運賃はいかほど貰えるんですか? まさか、タダではないでしょうな」


 カオリの処遇は決まった。ここからは普段通りの会話だ。

「金は出ますよ。ただし、町からの竜舎の運営費の増額です。短期な竜一頭分の餌代にはなるでしょう」


 フッとコタロウは笑う。

「いやはや、庄屋殿もやりますな」

「いえいえ、コタロウさんこそ」


 コタロウとのやりとりはこれが最後になるかもしれない。

 ユウトはコタロウとは笑って別れたかった。北西の村を悩ます竜の問題は解決が見えた。


 館に帰るとウインが待っていた。キリンの旗で進展があったのか、さらなる問題が発生したのかわからないが、こちらも先延ばしにはできない。

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