第百四十話 菜っ葉
実りの秋が訪れた。村々では小麦の収穫がすっかり終わった。冬になる前に保存食を作るための塩が町に運ばれる。東の地には海がない。塩は輸入品であり、昔は貴重品だった。
村が町に発展したので塩の流入量が増えていた。持ち込む人間が多ければ、塩の値は下がる。
ムドウが消えたあとハルヒは落ち込んでいた。だが、今は立ち直っていた。
ハルヒの立ち直りは空元気かもしれない。ユウトはそっと見守るしかなかった。
ある日、ハルヒが館を訪れた。
「庄屋様、西の三つの村から届くキャベツが減っています。今年はキャベツが不作です。北と南の村で収穫される小松菜も不作です。お年寄りが漬物を作るのに不自由しています」
夏は気温が高く、雨も充分に降った。町の東側の小麦は豊作だが、西側の野菜が凶作だった。小麦や米等の穀物は税に大きく関係しているから注視していた。葉物野菜には目が届いていなかった。
北西と南西の村は貧しい。何か手を打っておかないと、村はすぐに困窮する。冬には新鮮な野菜は手に入らない。冬が本格化する前に野菜を使った保存食が充分に確保できないと、影響が出る。
「漬物の件は動いてみるよ。あと、北西の村と南西の村にも手を入れて困窮しないようにするよ」
ユウトの食卓には漬物は普通に出ていた。情報を得るためにユウトはママルを呼んだ。
「家では漬物が出ていますよね。漬物はどこで買っていますか?」
ママルはユウトの言葉を訝しむ。
「漬物を売る店はありますが、自分たちで漬けたほうが美味しいですよ。町では漬物用の塩、麹、野菜を売る店も多いです」
台所に立たないからわからないが、町では自家製造が主流だと知った。
ユウトが現状を理解すると、ママルが言葉を続ける。
「漬物は私が漬けていますが、味が変でしたか」
ママルの漬物は美味しい。塩抜きが上手なのか塩味がちょうどいい。
「いいえ、町で漬物用の野菜が不足していると聞きました。現状を知りたかったんですよ」
ママルは不思議そうな顔をする。
「野菜不足とは聞いておりませんが」
ハルヒが間違った情報を持ってくるとは思えない。
「キャベツや小松菜が品薄ではないのですか?」
ユウトの言葉を聞いて、ママルは納得した。
「それなら値上がりしていますね。でも、玉葱、人参、大根、茄子、南瓜は市場にふんだんに出ていますよ」
文化の違いだ。旧王国人は葉物野菜の漬物を好む。だが、マオ帝国人は根菜類の漬物を好む。マオ帝国領は東の地より温暖なので、葉物野菜が出回る時期が旧王国領より長い。
結果、葉物野菜を秋に漬物にして、保存する文化が発展しなかった。
「葉物野菜の漬物が作りたい場合はどうしたらいいですか?」
「葉物野菜の漬物は私は詳しくないですが、メリカの店で売っているのを見ましたな」
憤怒のメリカと呼ばれていたが、今のメリカは総菜屋として暮らしている。魔法の腕は一騎当千だが、漬物の腕はどれほどのなのだろうか。
メリカの総菜屋は繫盛している。ピーク時に行くと邪魔になる。夕方前の売り切れる頃を見計らって、メリカの店に行った。店に着いた時にはもう店仕舞いが始まっていた。
相変わらずの繁盛ぶりだ。ユウトが顔を出すと、メリカがいた。
白い帽子にエプロンをしていると、完全に総菜屋のおばちゃんだ。
ツンとした態度でメリカはユウトを見る。
「なんだい庄屋か、もう総菜は完売だよ。総菜以外のことなら御免だよ。さすがに、戦場に出る齢ではない」
機嫌が良くない。だが、戦いの話ではないのなら相談に乗ってくれる。
「今日は漬物の相談に来ました。町の住人が漬物用の葉物野菜が足りなくて困っています。何かいい知恵はないでしょうか」
話題が戦闘関連ではないとわかったせいか、メリカの表情が和らいだ。
「確かに今年の葉物野菜は高いね。でも、野沢菜、芥子菜、白菜なら市場にあるよ」
「なんだあるのか」と、わかるが疑問に思った。
「じゃあなんで漬物を作らないんですかね? キャベツの代わりになるのに」
目を丸くしてメリカがユウトを叱った。
「あんた馬鹿かい! 味が全然違うだろう。食べ慣れないものは敬遠されて当然だよ」
食文化によっては先入観からメジャーにならない品もある。野沢菜漬けや白菜漬けがそうなのか、だが食べれば美味しいはず。
メリカが教えてくれる。
「野沢菜や芥子菜は西にある三つの村でしか作っていない。町に運ばれる流通量が少ないのさ。白菜は最近、町に入ってきたが、生産量が少ないのでまだ高い」
町で芥子菜や野沢菜の漬物を流行らせれば問題を解決できる。問題は野沢菜や芥子菜の流通量の確保できるかだ。
机の前で考えていても良い案は浮かばない。それにたまには現地に顔を出さないと、評判も悪くなる。
ユウトはキリンに乗って北西の村に出掛けた。
北西の村の年寄役は急にユウトがやってきて驚いた。
「庄屋様、いい所に来てくださいました。私のほうから陳情しに町まで行こうとしていたところです」
村を任せている年寄役が「いいところに来た」とホッとするのなら注意が必要だ。ユウトにとっては、悪い知らせが届こうとしていた状況を意味する。
野沢菜と芥子菜の相談をしに来ただけなのだが、別の問題も解決しなければいけない。
問題を解決するのが庄屋の仕事だ。平穏な北西の村が抱えた問題の大きさが気になる。




