第百二十一話 貴族の外交
ユウトが屋敷に戻ったのは夜遅くだった。ユウトをセンベイが出迎えてくれる。
「遅くまでご苦労様です。軽食を用意しておりますが、どうなさいますか?」
嬉しい気遣いだった。ユウトは眠る前にサンドイッチと豆のスープで腹ごしらえした。ユウトとセンベイは二人だったのでセンベイに頼んだ。
「先ほど一緒に出掛けて行ったオオバさんの身辺を洗ってください。交友関係を中心に調べてもらえますか。また、誰かから仕事を頼まれていたかも知りたい」
センベイは柔和な笑みを浮かべて了承した。
「諜報において重要なのは人と人との繋がりです。私はまだ街で人脈のネットワークが拡がっていないので少々お時間をください」
無理に急いでも失敗するだけ、オオバは街に積極的に危害を加えようとしているわけではない。時間の経過は大きな問題にはならないだろう。
「緊急の案件ではないのでお願いします」
ユウトの用件が済むと、今度はセンベイが話を振ってきた。
「街の治安が悪化する傾向がございます」
ユウトは感じてなかったが、治安の問題は捨てては置けない。街の権力者だから安全が確保されている。また、日々暮らしているので少しずつ悪化して気付かないだけなら要注意だ。
「原因は何ですか。極東の国の間者の流入ですか? それとも、荒くれ冒険者が増えているとか? いや、ゴロツキが徒党を組んだとか?」
センベイは憂いの表情を浮かべた。
「問題は街にいる駐屯軍です。最近は風紀の弛みが見えます」
予想していない答えだった。レルフ中将とは上手くやっている。軍は街の要請にも応えてくれているので、安心していた。
センベイは粛々と教えてくれた。
「駐屯軍の内部で下士官クラスの兵士が入れ替わっております。ロシェ閣下と一緒にやってきた優秀な人間が退役していっている影響でしょう」
ロシェは優秀な司令官で、下にいる兵は古強者だった。ただ、年齢の問題を抱えていた。「国のために尽くしてくれた者を死ぬまで働かせるのも酷だしな。上層部は老兵に不安を抱いたのもあるのかもしれない」
優秀な下士官たちがいなくなり、怖い先輩もいなくなれば風紀の弛みがあって当然。
ロシェが生きていたら「なっとらん」とばかりに鍛えたのだろうが、レルフでは統率がとれないか。ロシェが優秀過ぎたので後任に同じ働きも求めても無理か。
フブキが残っていればまだましだった。軍の上層部の政治が悪い影響を出した。
センベイの分析が続く。
「今の内に動かないと、住民と諍いがいずれ起きるでしょう。そうなれば、街の防衛に支障がでます」
平時なら杞憂と言える。だが、現在は戦時下であり、極東の国の工作員が入ってきている。住民と駐屯軍の切り離し工作は有り得る。その後に内通者の確保や、暴動の扇動まで進められたら危険だ。
「貴重な話が聞けた。さっそく対策を練ろう」
翌朝、まだ眠い中、ママルに起こされた。
「筆頭代官のミラ様がお見えです。用件は抜き打ちの監査です」
やはり来たか、事前に察知しているので監査は問題なく終わるだろう。
問題があるとしたら、その他の用件を携えて訪問していた時だ。
「ミラ様は今どちらに行っていますか?」
「僧正様がまだ寝ていたのでサイメイ様と一緒に役場に行っておられます」
サイメイが付いているなら急いで役場に行く必要はないな。かといって、ゆっくり休んでいたら「弛んでいる」と嫌味を言われる。ユウトは起きてミラを歓迎する準備をする。
昼過ぎにミラはユウトの屋敷に一人できた。監査が終わるにしては早い時間だった。
監査は部下に任せてミラはユウトの元に来ている。
仕事熱心なミラが部下に任せきりとは怪しい。本題は抜き打ち監査ではない。
昼食の席を設けてユウトはミラを接待した。ミラは微笑み招待を受けた。
ミラの微笑みはほとんど見て記憶がない。なにか嫌な予感がする。
「庄屋殿、近々領主様が街に来訪いたします。用件はお見合いです。領主様が自ら出向くので失礼のないようにお願いします」
意外と早くに動いたな、でも城から出ない領主様が直々に来るとは珍しい。てっきり呼ばれるのだと思っていた。
「気に入られるように精一杯にお持て成しをさせていただきます」
今回のお見合いはユウトに拒否権はない。領主様が気に入るかどうかだ。
お断りされてもいいが、気分を害されると左遷や降格は当然にある。
微笑みを浮かべているミラが切り出した。
「そこで二つやってほしいことがあります」
「二つもか」と愚痴りたいが黙ってポーカー・フェイスを心掛ける。だいたいミラの頼みは断れない上に、重たい懸案が多い。
「領主様の婚姻のための資金を準備しなさい。もちろん、臨時に徴税を認めます」
「簡単にいってくれるよな」と苦く思う。結婚式の規模によっては額が膨らむ。ミラの性格上、資金を納めて結婚がなくなっても理由を付けて金は返さない。きっと流用される。
「心得ました」と頭を下げる。
「次にマナデイ侯爵との和解を進めなさい。結婚式にはマナデイ侯爵も招待します」
マナデイは俺が落ちないとわかると、上から手を回してきたか。でも、ミラの言葉はちょっとひっかかる。サイメイをマナデイの元に帰せではなく、和解を進めろとの表現だ。
ミラの言い方だと、サイメイを帰さなくてもマナデイが納得すれば良いと解釈できる。
ミラとしてはマナデイ侯爵と領主様を親しくさせたいはず。今までならユウトを抑えつけるように話を進める。
ユウトと領主様が結婚すればユウトと喧嘩できないための配慮ともとれるが、本当にそうであろうか? かといって、余計に掘り下げた結果、サイメイの引き渡しを迫られても困る。
「マナデイ侯爵にはこちらの立場をご理解していただいた上で誼を通じるように努力いたしましょう」
「誼を通じます」ではなく「するように努力します」としておいた。努力義務の宣言なんてミラは認めないかと思ったが、ミラは追及してこない。
ユウトを追い詰めない話し方はミラの思惑を超えているとの判断だ。領主様にはマナデイと喧嘩してほしくはないが、無理に媚びる必要はなしと判断していると推測できる。
俺の知らないところで、貴族同士の外交戦が起きているな。宮廷内の権力闘争が絡むのならロックから情報を仕入れておかないと痛い目をみる。
ミラは仕事を済ませたのか他になにも言わず、夕方には監査を終えて引き上げていった。




