第百十三話 御用商人マリア
ロックから使いが来る。カレー粉は無事に駐屯軍詰所へと送られた。請求書を見るとかなりよい金額が書かれていた。一回目は寄贈にしてもいい。だが、そう何度もタダでは渡せない金額だった。
夕方前に銀山から輸送体が戻った。輸送体は銀塊を銀座に運ぶ。その傍ら、商人が大きなミカン箱のような箱を二つ置いていった。品名は『銀山試掘品』となっていた。倉庫に運んで中身を確認する。
上に被さっている藁を避けると、大小の黒い石が入っていた。黒い石を取り上げると、石が仄かに黄金の光を放つ。密貿易品の召喚石だ。
ユウトは拳大の大きさの召喚石を三つばかり袋に入れる。箱のラベルを『鉱石類』に変更して、武僧を呼ぶ。
「街に持って行って研究する品です。領主様の出入りの商人が取りに来るまで寺の倉庫に預かっておいてください。貴重品ですので盗難には注意してください」
武僧たちは僧正であるユウトの言葉を疑わずに運んでくれた。翌日、街に待機していたミラの息が掛かった御用商人がくる。身分を証明する手形で身元を確認した。
行商人はマリアと名乗る四十前の女性だった。旧王国人なのか、白い肌をして、金色の髪をしている。女性という以外、御用商人はどこにでもいる普通の行商人に見えた。密貿易品を扱う商人には見えない。
「庄屋様、ミラ様から領主様への品を運ぶように命じられたマリアです。以後よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。大事な品なのでくれぐれも無くさないようにお願いしますよ」
にこりとマリアは笑う。
「きちん信用できる護衛と一緒に運びますのでご安心を」
ユウトは準備していた引き渡し証にサインしてマリアに渡した。二人で寺に向かう。
「マリアさんはミラさんとお付き合いはどれくらいになります?」
「ミラ様とは十二年ですね。領主様とは領主様が成人する前からよいお付き合いさせてもらっています」
領主様と付き合いが長いのか、これは好都合。領主様について知る人がいないから色々と聞いておきたい。
「領主様はどんなお人ですか?」
「お美しい、聡明なお人ですよ。子供はいないですが、子供好きな方です」
悪い人ではなさそうだが、出入りの商人が『悪人です』とは言わない。子供にしか優しくなく、老人には厳しく、男は尻に敷くタイプではないことを祈ろう。
マリアの言葉は続く。
「華美を嫌い、無駄なお金は使いません。ただ、必要な時にお金を惜しみません」
しっかり財布を管理するタイプか。浪費家や見栄っ張りよりはいいが、管理魔だったら、結婚後は息苦しいかもしれない。
「領主様の政治的な手腕はいかほどですか?」
「人並ですが、よく人を見ておられる方です。有能な家臣を多く揃えております。人を見抜く力は統治者として優れています」
名将は名馬より速く走る必要はなし、の言葉もある。知恵がなければ知恵者を雇い、強兵が必要なら名将を使えばよい。そういう意味では統治者として優れているのか。
「ご趣味は何かおありでしょうか」
「美食に興味はなく、装飾品や衣装にも興味を示されません。ただ、古書の収集が趣味です。歴史を好み、占いが好きです」
一般的な貴族のイメージとは違うな。ただ、美容や健康に傾倒して散財するタイプではない。占い好きなのが気にかかる。悪い占い師に騙されなければ良いんだけど。
「アインと名乗る占い師が特にお気に入りで、年に何度かお城に呼んでいます」
ユウトは少しどきりとした。俺の前に現れたオーバー・ロードもアインと名乗っていた。アインなんて名前はよくある名前。偶然の一致だろうか、もし領主の信頼する占い師がオーバー・ロードならこれはなにやら陰謀の匂いがする。
話しているうちに寺に着いた。寺の庭には飛竜二頭がいた。一頭には護衛が乗っている。もう一頭は荷運び用の装備をしていた。ユウトが武僧に挨拶をする。
「この方たちは荷物運搬人です。領主様への荷物を運んでもらいます。先日、運んだ荷を倉から出します」
ユウトの言葉に従って武僧が倉まで案内してくれた。マリアは護衛に手伝ってもらい、荷を飛竜に積む。
「庄屋様、確かに荷物を預かりました」
夕暮れ前だが、マリアは飛竜に乗って飛んでいった。ここまでくればユウトの仕事は終わり、あとは換金されて銀行に送金されるのを待つだけ。高く売れると良いなと思う。
館に帰ると、冒険者が待っていた。顔はなんとなく見覚えがある。フブキと一緒にハーメルとの交渉に出した冒険者だ。冒険者が畏まって伝える。
「こちらの準備ができました。庄屋様が東南の村まできていただければいつでも会談ができます」
今からキリンに乗って出れば東南の村には夜中に着く。ハーメルは夜中にしか活動できないのでちょうど良い。会談が終わって村を出れば朝には戻ってこれる。結構なハード・スケジュールだが我慢しよう。ハーメルとの会談が失敗すれば蝿の駆除に別の対策を考えなければならない。
ハーメルの性格からして襲ってくる可能性が捨てきれない。ママルを連れていこうかと思うと、ムン導師が玄関から姿を現した。
「僧正様、何やら不吉な気配が漂っております。よろしければ、私をお連れください」
会談の準備のためにムン導師が来ていたのか。ムン導師の実力は今一わからない。キリンには二人しか乗れないので、ムン導師を連れて行くなら、ママルは乗せられない。
どうしようかと思うと、ママルが穏やかな顔で推薦してくれた。
「ムン導師をお連れください。きっとお役に立つでしょう」
ムン導師は武僧ではない。だが、ママルが推薦するのだから、役立たずなわけはない。武人枠でフブキが先行している。なら、ムン導師でも良い気がする。ハーメルに街にはまだ凄い人間がいるとわからせたほうが得かもしれない。
「ムン導師、今晩に会う相手は危険ですが一緒に来てもらえますか?」
「この老いぼれ、歳だけは取っておりますゆえ、多少の事には驚きません」
ムン導師が頼もしく見えた。ママルが二人分のお弁当を渡してくれたのでキリンに乗る。ユウトとムン導師はキリンに乗り東南の村に向かった。
東南の村に着いた頃には月が昇っていた。村の門の前ではフブキを先頭に五名の冒険者が待っていた。ダミーニが見えない。やられたとは思えないので伏兵としてどこかに隠れていると思った。
「フブキさんお待たせしました。行きましょう」
「上手く行けばいいのですがね」
冒険者の一人が信号弾を夜空に打ち上げる。一行はハーメルと以前に会った場所まで進んだ。暗がりの中で待つと、一分もしない内に何かが歩いて来る気配がする。
奇襲を用心していると、ハーメルが一人で現れた。だが、背後の闇には潜む気配があるので眷属を連れてきているとみてよかった。
恭しく頭を下げてハーメルが挨拶する。
「庄屋殿、今日は月が綺麗だ。出歩くには気分が良い。それで、ご用件はなんですか? 村の一つも渡す気になりましたか」
「村はやれませんが、銀を払うので蝙蝠を貸してほしい。夏の間だけでよいので夜間に街に出る蝿や蚊を駆除してください」
ハーメルがつまらなさそうな顔をする。
「私に害虫駆除業者の真似をしろと?」
「山の蝙蝠の餌は血ではなく虫だと聞きました。たまには眷属にたらふく食べさせてあげたらどうですか?」
少しばかり考える素振りをしてハーメルンは切り出す。
「高級ワイン二本で手を打ちましょう」
やけに物分かりが良いなと疑った。
「街の人に手を出すのはなしですよ」
ハーメルが歯を見せて笑った。
「一般人には手を出しません。約束しますよ。ただ、この場から無事に庄屋様が帰れたらの話ですがね」
すっと、ハーメルが後ろに下がって、背後からぶよぶよとした巨大な肉塊の巨人が現れた。




