第百十一話 カレー王子
三僧正会談について準備を進める。地徳派と天徳派からやってくる僧侶は三十名ずつ。
これに人徳派の僧侶が四十名なので合計百名。団体旅行だがもう準備に使える日数が短いので宿の手配と料理の手配が大変だった。
街の集会場も急遽宿として手配する。接待役の人徳派の人間には庄屋の館を解放するにしても足りない。
安い宿を手配するとママルたちの体裁が悪いので高級旅館に特別料金を払って押さえた。
宗派によっては忌避される食材もあるので、献立も工夫がいる。本山の僧侶は良いものを食べているので、安い食材は使えない。どんどん必要経費が積み上がる。
結構な額が必要なのでママルに質問する。
「会談の経費って請求できますかね?」
澄ました顔でママルは答える。
「本山で会談をやる場合は基本開催地の宗派が費用を全部負担します」
街は人徳派の本山ではない。だが、街は人徳派僧正のユウトの支配地同然。となると、地徳派と天徳派は人徳派持ちと当然と見ている。
人徳派の本山からは費用負担の話はない。人徳派の僧侶は僧侶で『うちの僧正様は大庄屋だから金も持っているに違いない』と思っている節がある。各自に寄付を募ればもらえるだろう。『人徳派の僧正はケチだ』と噂が立つ分にはいい。だが、ママルたち街の武僧の悪評が立つのは申し訳ない。
かといって、街の金を三僧正会談のために使うのは資金流用である。帳簿を操作すればばれないだろうが、ミラに見つかったら何を言われるかわからない。
また、街の人間にも悪い。ユウトの個人資産から出すことになる。手痛い出費だが、ここは我慢すると決めた。大僧正が決まればそうそう僧侶が街に集まる事態はもうないだろう。ユウトは見栄を張った。
「今回の会談にかかるお金は全部、俺が持ちます。請求書はこちらに回してください」
「わかりました。では、執行部でそのように取り計らいます」
サジが苦い顔をして部屋にきた。
「僧正様。マリクと名乗る軍人が僧正様に会わせろと来ています。かなり怒っていますが、どうします?」
やはり、きたな、香辛料に飢えたカレー王子が。
ママルが目を細めて申し出る。
「この忙しい時に事前に面会予定を取るわけでもなく押しかけるとは、無礼者め。僧正様、ぶん殴って追い返しましょう」
「余計な波風は避けたいです。それに用件はわかっています。通してください」
心配だったのかママルが部屋の隅に控える。少しすると、ずかずかと靴音がしてマリクが入ってきた。マリクは怒っていた。
「庄屋! いったいどうなっている! カレー粉が届かないぞ」
「補給線については軍の司令部と相談されてはどうですか」
「司令部で街への物流がおかしくなったのは庄屋のせいだと聞いた。どうにかしろ」
マリクの目は半ば血走っている。さながら、薬物が切れかけた中毒患者に見える。カレー粉に依存性があるとは思えないが、これはかなり危険な状態だ。おかしな受け答えをすると刃物沙汰になりかねない。マリクを武力で追い返すのは簡単だ。
だが、ここまで困っているのなら、助けておいて恩を売っておくのもよい。マリクは激戦地にいるので恩返しをする前に亡くなる可能性もある。だが、リスクのない投資はない。
香辛料を買い占めていたのは極東の諜報部。極東の国の作戦ではもう香辛料を使って病気の馬の肉を売りさばく段階を終えている。
市場では香辛料の大きな買い手がいなくなり、売りそびれた商人が在庫を抱えている可能性が高い。マリクは知らないが今なら、金を出せば買える。
「香辛料関係は輸入品ゆえ値上がりや品薄は普通にありえます。ですが、お困りのようならお助けしますよ。ただし、これは貸しですよ」
マリクはギロリとユウトを睨む。噛みつかれるのではないかと思った。マリクは静かに言葉を吐く。
「いいだろう。俺たちにはカレー粉が必要だ」
「では、一週間以内に街の駐屯軍詰所にカレー粉を届けます」
マリクは怒鳴った。
「ダメだ、三日だ! 三日で用意しろ」
なんか人質を取った凶悪犯と話している気分だ。ユウトはマリクを落ち着かせるために優しい口調に努める。
「せっかちな人ですね。いいでしょう。三日以内にカレー粉を駐屯軍の詰所に運びます。輸送の算段をレルフ中将と付けてお待ちください」
ギロリとマリクはユウトを睨んで大股で出て行った。手間だが、ロックに会いに行く。
秘書に『急ぎで会いたい』と伝えるとロックは会ってくれた。
「急遽、カレー粉を中心とした香辛料が大量に必要になりました。高くてもいいので手配をお願いします」
ロックは笑顔で答える。
「庄屋様のとこにもマリクさんが来ましたか? マリクさんはかなり噂になっている」
「もしかして、カレー王子とか呼ばれていますか?」
ロックは苦笑いして応える。
「私の口からはなんとも」
確実に裏で呼ばれているな。却って好都合だな。ここでカレー粉を買って軍に送れば、俺の株があがるな。また、誰かがカレー粉の在庫を抱えて困っているなら、売り時を窺っているはず。ロックが動けば今がチャンスと売ってくる。
在庫を抱えた商人は高く売りたいが、ロックを相手にして高値で売り付けるのは不可能。ロックならほどよい値段で大量に仕入れてくれる。
「話が早そうだ。三日以内にカレー粉を駐屯軍の詰所に送ってください。代金は街から払います」
「安くは買えないでしょうが、お金をいただければ量は確保できます」
さすがはロックだ。頼もしい。ユウトは礼を言って立ち去ろうとした。
「庄屋様、私からもお願いがあります。山の民が持つ召喚石ですが少しでいいので手に入らないでしょうか?」
密貿易の話をどこかで掴んだか。ロックは切れ者だが、少し切れ過ぎる。
密貿易をするにあたり、庄屋の取り分がある。予定した商人に売らず、荷を抜いてロックに渡せばよい。ロックなら、密貿易品を取り扱う危険性も理解しているし、金を払わないこともない。だが、ロックの狙いがわからないのがちょっと気持ち悪い。
信用するか? どうする? ユウトは迷うとロックは少しばかり引いた態度に出る。
「庄屋様を困らせるつもりはありません。不可能ならやめましょう。もちろん、カレー粉はきちんと入手しますよ」
即断はしないで言葉を濁しておく。
「難しい品ですが、手に入ったらこっそりお知らせしましょう」




