第百八話 ドラゴン・ゾンビ 対 ムン導師
朝起きて朝食を摂っていると北東の村から急ぎの使者が来た。使者の強張った顔から火急の用だとわかった。
「申し上げます。ドラゴン・ゾンビに村が襲われました。救援をお願いします」
ドラゴン・ゾンビか、冒険者から聞いた覚えがある。動きは鈍いが空を飛び、毒のブレスを吐く厄介な敵だ。ドラゴンより知恵は劣るが、耐久力ではドラゴンを凌ぐ。偶発的に発生したドラゴン・ゾンビの可能性はゼロではない。だが、操る者がいたなら厄介だ。
「駐屯軍には知らせたのか?」
「ここに寄る前に知らせました。ですが、準備を整えて救援が出るには数日かかります。村には守備兵がいるので今日、明日は持ちこたえられるかもしれません。ですが、日数がかかると危険です」
北東の村は義理兄のヨアヒムの領地であり、ユウトが担当する村。見捨てる訳にはいかない。
「対策を講じる。館で待機してくれ」
ドラゴン・ゾンビは簡単に倒せる相手ではない。急ごしらえで、集めた兵で守り切れるかは危ういところだった。ユウトは竜舎に急ぐ。コジロウを呼んで相談する。
「北東の村がドラゴン・ゾンビに襲われた。街の氷竜で撃退は可能か?」
同じ竜種なら勝ち目があるかもしれないとの計算だった。氷竜は馬よりも速く動ける。コジロウの表情は雲った。
「竜士が操る氷竜ならドラゴン・ゾンビには勝てます。ですが、それは氷竜が成竜の場合です。いま、無理に戦うと氷竜を失う危険性があります」
大金を投じて育成している竜を失えば損失が大き過ぎる。氷竜の卵はまた取ってくればいい。だが、万一、出撃してコジロウを失ったら目も当てられない。かといって、時間をかければ、村が落ちる。ユウトが悩むとコジロウが提案した。
「ここは軍に動いてもらうしかありません」
「駐屯軍の出撃には時間がかかる」
「最近、山でグリフォンによる輸送隊をよく見かけます。飛行経路は予測が付くので、氷竜を飛ばせば連絡が取れます」
キリクが指揮するグリフォン騎士団か。頭の固い隊長なら『任務外です』と断わられるが、キリクは話のわかる男だ。それに、キリクはこの東の地を治める領主様の親戚。助けてくれる可能性は高い。
「キリク隊長の部隊を探してください。事情を話してすぐに救援を要請します」
コジロウはすぐに氷竜を駆って空に飛んだ。ユウトは館に帰ると、戦支度をしたムン導師と五十人からなる武僧が待っていた。ママルが説明する。
「なにやら急を要する話でしたので、寺に使いを出して招集しました」
気が利いている。武僧は身軽である。鍛錬を積んだ武僧なら、北東の村まで駆け抜けることができる。第一陣として武僧、第二陣としてグリフォン騎士団。第三陣として駐屯軍が応援に来るのなら北東の村は救える。
「救援に向かいましょう」
待たせてある使者に馬を乗り換えさせ先に出す。
ユウトはキリンに乗り、後ろにムン導師を乗せた。ユウトは武僧を従えて北東の村に急いだ。普通の兵士なら長距離を走って移動するなら何度も休憩を必要とする。だが、さすがは武僧だった。
ユウトが傍にいれば体を半世紀以上も鍛えている武闘集団も同様なので、休憩は二回だけで北東村まで走り抜けた。脱落者は一人もいない。村についても陽はまだ高かった。
ユウトの姿を見ると。村の門番が驚いた。
「救援が来るとさっき聞いたのですが、もう着いたのですか? 少し前に使者が戻ってきたばかりです」
「これは第一陣です。日を置いて、第二陣、第三陣が到着します」
「それは心強い」
村の年寄役が急いで駆けてきた。
「あまりにも早い到着に驚きました。村の中では毒に冒された人間が多数、出ております」
ムン導師がキリンから下りる。
「武僧には毒や怪我を治療する術を心得た者が多数おります。すぐに、手当に当たりましょう」
ムン導師とユウトはキリンに乗って移動したから疲れてはいない。だが、さすがに走り通してきた武僧には辛いと思った。ユウトが振り返ると、武僧のリーダーが威勢よく答える。
「僧正様、我らにお任せください。これぐらいの道のりで弱音を吐く者は我らの中に一人としておりません」
頼もしい限りだ。見渡せば、座り込む武僧は一人としていない。
「治療をお願いします」
「承知しました」と武僧は手分けして村人の治療に向かった。
武僧が治療に当たっている間に、年寄役に状況を尋ねる。
「被害状況について教えてください」
「兵士に多数被害が出ました。先頭に出て戦った隊は特に重症です。守備兵の三割が戦闘不能です」
ドラゴン・ゾンビ一体を相手にしては犠牲が多い。敵は一体ではないのか?
年寄役が強張った顔で教えてくれた。
「夜襲だったため、敵の全容はわかりません。ですが、敵は一体だけではないのかもしれません」
強力なドラゴン・ゾンビが数体いるなら武僧五十人では不安だな。キリクたちの到着が待ち遠しい。
ムン導師と一緒に村の中を見て歩く。村人は壊れた道具を片付け、毒を洗い流していた。村人の顔には疲れや不安が見て取れた。だが、絶望はしていない。
ムン導師が村人に聞き込みをして帰って来る。
「被害の痕跡を調べましたが、ドラゴン・ゾンビの直接攻撃を受けた箇所は少なかった。敵のドラゴン・ゾンビは一体でしょう」
「年寄役の話と違いますね? 恐怖で被害が大きく見えたのでしょうか?」
「いいえ、人型の敵による破壊の痕跡があります。ドラゴン・ゾンビの襲撃の混乱に合わせて押し入ってきた一団がいると思われます」
ドラゴン・ゾンビは大きくて目立つ。派手に暴れて注意を引く。夜目が効く種族で少数精鋭部隊を作り襲ってきたのか。異種族の死体発見の報告はなかった。襲撃部隊は被害ゼロで帰還したとみていい。
「このままでは一方的にこちらの戦力を減らされますね」
ムン導師は自信たっぷりに申し出る。
「まだ、グリフォン隊が到着しておりません。敵はこれ幸いと今日も夜陰に乗じて来るでしょう。これを迎え撃ちます。お任せください」
武僧は強いが今日は行軍と治療で疲れている。現状で敵の襲撃部隊とドラゴン・ゾンビを相手にするには不安だった。夜まで待つがキリクの部隊は現れなかった。いれば、心強いが、いないものはしかたない。
ユウトは領主の館に指揮所を設置して待機する。村では警戒のためにあちらこちらで篝火を焚かせた。村の広場に一際大きな火が焚かれていた。
「あれは?」と、気になったので、警備の武僧に聞く。
「ムン道師が神仏の助力を願うために立てた護摩の祭壇です」
ムン導師が何かやる気らしい。窓から温い風が入って来る。嫌な風だなと。村の篝火がいくつも消え始めた。なんだ、と思うと何かが飛んでくる。敵襲を知らせる銅鑼が村の入口で鳴る。
腐敗臭が強くなる。空に魔法の光が打ちあがった。全長十五mの緑に変色した、ドラゴンが見えた。ドラゴン・ゾンビだった。
村から矢が飛び、ドラゴン・ゾンビに当たる。ドラゴン・ゾンビは痛くも痒くもないのか気にしていない。大きな口が開かれ、毒の息が撒かれようとした。
「祈り願う。明王が浄化の猛き炎よ。怨敵を討ち滅ぼしたまえ」
ムン導師の呪法を唱える言葉が聞こえた。
ドラゴン・ゾンビの口に青白い炎が灯った。ドラゴン・ゾンビの毒の息と炎が混ざり爆発した。衝撃でドラゴン・ゾンビが村の広場に落下した。青白い炎がどんどんとドラゴン・ゾンビの体に燃え広がっていく。
ドラゴン・ゾンビがのたうち火を消そうとする。
ムン導師の祈りが聞こえた。
「祈り願う。明王が鎮座の一撃」
ドラゴン・ゾンビの上に大きな鬼のような仏像が出現して上から押しつぶす。ドラゴン・ゾンビが動けなくなって燃えていく。神仏を召喚して戦わせる。これがムン導師の真の力か。
村を覆う木壁が弾けとんだ。侵入者かと疑ったが、爆発は壁の内側から外側へ向けておきていた。襲撃犯が強行突破で退却した。ドラゴン・ゾンビはそのまま朝まで燃えて灰となった。
明るくなると、ムン導師より報告があがる。
「襲撃犯と思われる人間の死体六体を確認しました。何名かは取り逃がしました」
全員倒せればよかったが贅沢は言うまい。だが、敵の部隊を潰して、ドラゴン・ゾンビを倒したのならとりあえず危険は取り除けた。




