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ロゼルの孵化  作者: 汐の音
十四歳篇

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35/41

34 語らい(後)

「エルゥ。あいつらって、求婚してきた?」


「あいつら?」



 きゅっ、きゅ。


 ふわふわの雪を防寒仕様のブーツ裏で踏みしめる。

 バード邸の庭は森のような佇まいで、植えられた木立に規則性は一切ない。

 よって(こみち)は気まぐれに湾曲し、細さもまちまち。行き止まりも当然ある。彼女と連れだって歩く先は一体どこに通じているのか。正直なところ、ロゼルにもよくわかっていない。

(エルゥと迷子なら、かえって楽しいかも)

 昔話で森に迷い込んだ兄妹は、魔女の家へと辿り着いたらしいけど。


 不本意だが、ロゼルは森ではなく年頃の娘らしい煩悶にがっつり囚われ、さ迷っている。見た目は少年なのに。


「レインとグランだよ。好かれてるでしょう? 相変わらず」


「あぁ……」


 繋いだ手の先。すぅっと流した視線が青い瞳に行き着くと、湖色のまなざしがぐるりと逸れた。

 わかりやすい。目が泳いでいる。


「そ、そうね。普段は二人とも何も言わないのに、二人きりになると何かしら、してくるの。特にグラン」


「『何かしら』。……由々しいね。殴ってきても?」


「だめよ」


 憮然とするロゼルに対し、エウルナリアは銀鈴(ぎんれい)を振るうようにきらきらと笑い声をあげた。


(エルゥって)

 聞き惚れる。ぼうっと見とれる。

 彼女は春を思わせる類稀(たぐいまれ)な美少女だが、こうして雪のなかで眺めるのも格別だった。

 自然と満ち足りた気持ちがたちのぼり、ロゼルは表情を和らげた。しみじみと感嘆のため息が漏れでる。


「…………綺麗だよね」


「? そうね。雪って綺麗。降っても、積もっても。つめたくて寒いけど、ロゼルと雪のなかを歩くの、好きよ。とっても楽しいわ」


「そう?」


 主語をすり替えられた。

 まぁいいか、とロゼルは笑む。


「そうよ! 男の子なんて、なに考えてるか、さっぱりわかんない。急にひとの手をポケットに引っぱり込んだと思ったら、そのぅ……ぞわっとする感じに触ったり。変なの」


 ふん、ふんと怒っているらしいエウルナリアとは真逆に、ロゼルの周囲は一段と冷えきった。


「殺していい」

「だめ。寝てるのに」


 そういう問題――?

 疑問は脳裡(のうり)を掠めたが、ロゼルは受諾した。他ならぬ彼女が、そう言うならば。


 ふと気づく。


「ねぇエルゥ。……もしも、私が男で。あいつらと同じようにきみに求婚したら、どうする? やっぱり困ってた?」


「ロゼルが?」


 きょとん、と瞬いたエウルナリアは束の間(ほう)けた。考えたこともなかったらしい。「考えてみて。まじめに」と、付け足してみる。

 黒髪の美少女は空いた手の指先を唇に添え、熟考の構えとなった。視線を足元に落としている。


 ぴたり。歩みが止まる。

 しんしんと雪が降る。

 無音のさ中。


(……)

 見守るロゼルも考えていた。もし、そうだったら。――――()()だったとしたら?


「!」


 ハッとする。

 降って湧き、しずかに染み透った答え。胸に居場所を得た『何か』の感触に、わずかに深緑の瞳がみひらく。


 同じころ、エウルナリアも詰めていた息を吐いた。

 肩から力を抜き、ゆるりとロゼルを見つめる。まなざしに、いとおしむ光を乗せている。


「もし……もしも、レインやグランと出会う前で。婚約したのがあなただったら、何も迷わなかったわ。あなたのこと、大好きだもの。

 でも……かれらと同じころに出会って。競うように求婚されてたら、戸惑ったと思う。『大好き』になったとしても。だから」


「……だから?」


 再び歩み始める。

 時おり、すれ違いざまに触れあう枝を引っ張っては弾き、いたずらに雪を振りまきながら。

 綿花のようなそれらは、音もなくふわりと地面の新雪の上にこぼれた。


「私、ロゼルが女の子で良かったわ。こうして、色んなお話ができる。きっと、お互いお婿さんを迎えて子どもが生まれたとしても、ずっと特別な一番でいられるもの」


 (こみち)の向こう、雪に埋もれた泉や石のベンチを尻目に二人は歩く。やがて森を抜けて。



「……一周しちゃったね。起きてるかな、グラン(あいつ)


「さぁ」


 低められた声に、やはりバード邸の少女はくすくすと笑った。


「さ、中に戻りましょ? お茶を淹れ直しますわ。ロゼル様」


「ありがとう。お言葉に甘えます、エウルナリア嬢」


 令息然とした幼馴染みは、簡易の貴族の礼を返して口の端をわずかに上げた。

 彼女特有の、特徴のある微笑み。




 冬の日の昼下がり。

 穏やかな少女の語らいは、夕刻の手前までゆったりと続いた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ。 このまったり感、良いですね~~~ エルゥとロゼルは同性・女の子同士で本当に良かったと思います。 男の子のようなロゼルだけど、それでも女の子。 エルゥとわかり合えることはきっとこれか…
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