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「本当にかわええな、ころりんは」
ゆかりんがころりんを手の平に乗せて頭を撫でている。
今日はゆかりんが私の部屋に泊っている。
パジャマの代わりにジャージの体操服を着ている。
下着類は売店で購入した。
一緒に寝る準備は万端なのだが。
「ねぇ、ゆかりん。そろそろ寝ないと」
もう夜の十時。
明朝は新聞配達なので、いつもならもう寝る時間だ。
「桃華ちゃん、うちの分まで代わりに寝てて」
「……もうしょうがないなぁ」
私は布団に入って目を閉じた。
そして――
「って、私が寝ても意味ないじゃん!」
「ノリツッコミするには遅すぎるやろ? もう朝やで。ころりんが寝てるから静かにしてな」
「あ、ごめん……ゆかりん、もしかしてずっと起きてたの?」
ゆかりんはスマホで寝ているころりんを撮影していた。
目の下に隈ができている。
コロリンも―――
「だって、寝てるころりんが可愛くて――」
「もう、少しでも寝ないと」
「でも、コロリンにとって今のこの瞬間は今しかないんやで?」
「ちゃんと寝ないと先生に言いつけて、ころりんを寮でお世話するのも禁止にしてもら――」
「おやすみ、桃華ちゃん!」
ゆかりんが布団の中に入った。
当然、今から寝ても十分な睡眠時間が確保できるはずもなく、授業中も何度も舟を漕いでいた。
ただ、うちのクラスって四人しかいないから、居眠りしたら百パーセント先生に見つかり怒られる。
だから寝ない。
たぶん有名進学校と同じくらい居眠り率が低いはずだ。有名進学校の居眠り率なんて知らないけど。
なのに――
「明智っ! 私の授業で二度も眠るとはいい度胸だな」
「はっ、ミサせんせー、ごめんなさい」
「一度目は許してやったが、二度目はダメだ。私は三度目まで許す仏ほど甘くないからな」
三ノ瀬先生が仁王立ちでゆかりんの机の上で立っていた。
怒ると怖いと噂の三ノ瀬先生が不敵な笑みを浮かべて立っている。
怒っているはずなのに笑われるって、こんなに怖いんだ。
「あの、三ノ瀬先生。体罰とかやめてくださいね」
「安心しろ、山本。このご時世、体罰などしたら問題になるからな。そんなことはしない」
三ノ瀬先生が私に言った。
それを聞いて私は安堵した。
「こういう場合の指導要領が既に出来上がっている。体罰があった方がよかったかもしれないが我慢しろよ」
こうして、コンプライアンス的に全然OKな罰がゆかりんに与えられたけれど、その内容をここで語ることは私には憚られたので割愛する。
そして、なんとか授業が終わった。
「由香里、今日は帰って寝てください」
「え、でもうち昨日も早く帰ったし」
「そのような調子でダンジョンに来られても迷惑です」
スミレちゃんが怒ってる。
でも、無理からぬことだ。
ダンジョンは遊びではない。
身代わりの腕輪で死ぬことはないと言っても、その身代わりの腕輪が砕ければそのまま退学になる。
ましてやゆかりんの武器は剣という近接武器。
一番前で戦うのに、その―――
「そうね。私もスミレの意見に賛成よ」
鏡さんも言った。
私も同じ意見だった。
「そうだね。ゆかりん、今日はもう寝たほうがいいよ」
「……そう。うん、じゃあ、桃華ちゃん、悪いけど」
「私の部屋で寝てもいいけど、ころりんは紅先生に預かってもらうことになったから、寮には連れて帰れないよ」
「え!? なんで――」
「だって、ころりんがいたらゆかりん、絶対寝ないでしょ?」
だって、眠たいのなら昼休みとか少しでも寝たらいいのに、職員室で預かってもらっているころりんに会いに行くんだもん。
「由香里、今日は家に帰って。二日連続家を留守にすると、おじさんとおばさんも心配するから」
「……そやね。うん、わかったわ」
ゆかりんは小さく呟いて頷くと私たちに背を向けた。
その背中はとても寂しそうに見えた。
私はなんて声をかけたらいいか迷っていたら――
「明智さん。あなたがダンジョンに行く理由。ちゃんと考えて」
鏡さんがそう言った。
ゆかりんは振り向いて、何も言わずに頷いた。
ゆかりん、本当に大丈夫かな?
私は心配になった。




